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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
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棒人間の恐怖

「ギシシシシ…」


 トワゾス騎士団の拠点は突如として現れた強敵によって混乱に陥っていた。

 恐るべき戦闘能力を誇る敵を相手に団員達は尚、立ち向かおうと取り囲んでいる。重騎士であるタルタルによって、体躯に恵まれた団員達に大盾の扱いが教授されて新編された部隊が最前線。否、そこより数歩先に団長であるケイ自身を初めとした主力達…即ち星界人が敵を打ち倒さんと構えを緩めない。

 しかしながら敵の武威は本物。星界人達をして一対一では確実に勝てるとは保証できない。故にただ一体の相手に複数で取り囲むという、古き良き騎士にあるまじき光景が展開されているのだ。

 


 柄を長くした【山賊の剣】を腰だめに構えながらケイは物思いに耽った。戦闘の最中に悠長なことではあったが、そうしたくなるのも無理は無いというものだろうと自身に言い聞かせる。

 このにらみ合いは既に何時間続いただろうか?いや、実際には数分も経っていないのかも知れなかった。そうした感覚を失うほど、敵は強く、出現は唐突だった。


「ギシッ!ギシシ!」


 敵が耳障りな軋み声(・・・)を上げる。意思はあるらしく、時折細くも鋭い手を振り回し不快気な様子を見せてくる。その声には不可思議な力があり、見た目と相まって緊張感を奪いケイの構えを緩めようとするかのようだ。


「うん。仕方ないですよね。これ…真面目にやるとか無理ぃです…」


 団長だとか騎士だとか貴族だのの見栄をかなぐり捨ててケイは素に戻った。恐らくはかつてのゲーム仲間…今では掛け替えのない同胞達にすら見せたことの無い、ただ一人の人間としての言動だ。

 

「団長殿!しっかりしてください!貴方が要なのですから!」

「気持ちは分かりますが、アレの強さは洒落になってないですから!」


 団員達が必死に鼓舞してくる。なんと素晴らしい部下達なのだろうか…大体兜を被っているので正直、顔とかあんまり覚えていないけれども。

 そんな君達には申し訳ないですが、アイツを相手に戦意を維持するとか無理です。


 改めてケイは敵の姿を視界に入れた。

 丸い宝石のような頭部。それに針金が巻きつけられて、さらに手足まで形作られていた。背丈は人間の腰ほどまでしかない。絵が下手な人間が適当に描いたような“棒人間”の姿がそこにはあった。


「来るぞ…!飛んだ!?ゲォ!?」

「ガルバー!しっかりしろ!食い込んだ鎧を剥がすぞ!」


 棒人間は恐るべき軽快さで団員…ガルバを大盾ごと蹴り飛ばした。一瞬遅れて、背後から振るわれたケイの〈アサルトスラッシュ〉は見事なステップで躱された。


「ああ、もう!その見た目で強いとか卑怯だろ!?」


 なぜこんなことになったのか…それには少しだけ時を遡る必要がある…。



 インニョート遺跡群を攻略したケイ率いるトワゾス騎士団には規定通りの報酬…発見された財宝の3分の1が支払われた。流石にそれだけではルーチェ国もマズいと思ったのだろう。遺跡群自体の領有と管理権も認められた。なにせ国側は一兵も派遣してはいないのだから。

 インニョート遺跡群自体が何がしかの耕作や採掘に適している訳でもない上に徘徊するゴーレムの類が強力なため、余人が保有していても仕方ないというわけだ。

 遺跡群を攻略したとは言うものの、中核を成す大遺跡を制覇しただけで小さな遺跡はまだ残っている。しばらくは忙しくなることが予想された。飛び地である拠点と遺跡を往復する日々の始まりだ。


「…それで?珍しく出てきたと思ったらいきなり呼び出して。何の用ですかビーカーさん」


 やることは山積みでも拠点に帰ってくるとホッとする。そんな安堵の日が始まる朝に突然ビーカーから呼び出しがかかったのだ。呼ばれたのはケイだけだが物見高いグラッシーも付いてきている。

 ビーカーの小屋は研究室として使っているようで訳の分からぬ薬草の青臭さや機械油の臭いが鼻につく。異性の部屋にお邪魔するのは初の経験だったが、想像していたような甘酸っぱい空間には程遠かった。机の上のみきちっと整理されており床にはガラクタが散乱している。

 今日のビーカーは白衣姿だ。課金アバターだったはずだが、この世界に来てから作ったのかもしれない。


「よくぞ聞いてくれました!見たまえコレを!」

「…棒人間?」

「棒人間っすねぇ」


 丸に近い宝石に針金が巻きつけてあり、辛うじて人型を成している。マジマジと見てみればその宝石に見えた物が岩騎士の核だと分かる。一体、どうやってバランスを取っているのか直立していた。


「研究の結果…岩騎士を初めとしたゴーレム達の核を解析することに成功したのだ!」

「おおっ!」


 ケイは思わず声を上げた。それは本当に凄いことだ。ビーカーは肉体あるいは魂に付随した〈スキル〉としてではなく、この世界の魔術理論を理解したことになる。NPCやエネミーにしか使用できなかった魔法系のスキルを習得することが可能になるかもしれない。

 

「そしてさらに!岩騎士の核を用いたこの【針金くん1号】を起動させることにも成功した!まさに今朝!」

「おおっ…ってネーミングセンス無いっすね。ビカちゃん」


 それでケイ達を呼びつけた理由が分かった。これほどの偉業だ。人に自慢のひとつもしたくなるのは当然のこと。

 ビーカーが核に手を当てると棒人間が痙攣した後、動き始めた。核の部分が目として機能しているのか“きょろきょろ”と言った具合だ。


「あははっ!こうなってみると岩騎士も可愛いもんっすねぇ。うりうり」

「ギシシ…?」


 グラッシーもやはり女性らしく棒人間の動作から愛くるしさを感じたらしい。屈んで突っついて遊ぶ。エルフが童女のように戯れる姿は中身を知っているケイとて顔が綻んでしまう程、和やかな光景だった。…だった。


「ぶぉっ!?」


 棒人間がその場で一回転したと思うと、グラッシーの姿が忽然と消えた。超人の視覚でケイはそれを見ていた。棒人間がグラッシーを細い腕で叩いたのだ。

 右手の側を見やると漫画のように人間大の穴がビーカーの小屋に空いていた。棒人間はそこから出ていく。


「…おい、ビーカーさん」

「ん?なんだい団長くん」

「…命令は書き換えたんですよね?」


 親しみのある人間に使うのとは違う底冷えのする敬語はケイがキレて(・・・)いる時のもので、戦闘中に稀に聞こえる声音だ。歴戦の猛者であろうと震えが来そうなソレを聞いてなお、ビーカーは豊かな胸を張った。


「私は解析に成功したと言ったぞ?書き換えに成功したなどと、言ってはいない」

「全員、戦闘配置だー!」


 拠点にケイの命令が響き渡った。



 …そして現在に至る。

 棒人間は素早く、強い。元があの巨体を動かしていたのだ、身体が軽くなった現在の動きはケイとグラッシーすら上回る速度である。何よりも厄介な点は一度撃破したケイを強敵と認識しているのか、逃げ回ることだった。

 流石にこの冗談のような存在を外に出すわけには行かない。結果として団員総出で何とか拠点に押さえ込んでいた。


「くそっ!タルタルさんがいればなぁ…!」


 タルタルは現在、ウガレト方面への下見に出ている。トワゾス騎士団の盾たる彼がいれば取れる手段も多くなったのだろうが…。

 兵舎の屋根の上を飛び跳ねながらグラッシーが追いついて来た。先の一撃から復帰してきたのだ。


「まだ痛むっす。乙女の柔肌をなんと思ってるんっすかね?あの針金君」

「なんで眼鏡割れてないかのほうが気になるんですが…」


 軽口を叩き合いながら駆ける。時折ケイとグラッシーも遠距離攻撃を仕掛けるが、まるで当たらない。細いというのは厄介なものだった。

 棒人間が両手を上げながら走る姿を見ていると気が抜けてくる。なんだってこんなことをしているのか。アレを逃しても誰もケイ達が原因だとは思わないだろう。大体にしてビーカーが悪いのだから…。


「そうだ!ビーカーさんです!」

「一人で納得しないで欲しいっすよ…、呼ぶにしてもアタシらが追撃から抜ける訳にも行かないっすよ」


 ケイが唸っていると、横道からドルファーとアルレットが見えた。いいタイミングだ。ここに来るまでの棒人間の動きから思いついたことがあった。


「…団長!」

「アルレット!ビーカーと団員を広場に集めて置いてくれ!そっちに追い込む!」


 拠点には井戸を中心とした開けた場所があった。そこをケイ達はなんとはなしに広場と呼んでいたのだった。選んだのは単に分かりやすいからだ。


「グラッシーさん!撃ちまくって進路を変えていきますよ!」

「はいはいっす」



 棒人間の動きにはある規則性があるためか、予想していたより容易く進路を限定できた。広場に棒人間が入ると同時に大盾部隊が道を塞ぐ。長くは保たない上に、飛び跳ねられれば終わりだ。打ち合わせ無しのぶっつけ本番になる。

 屋根の上から追っていたグラッシーが反対に回り込んでいた。強敵と認識している存在に挟まれた棒人間の動きが一瞬止まる。ケイは叫んだ。


「ビーカー!氷でそいつの四方を塞げ!」

「いきなり呼んでなんだい。全く…〈アイススパイク〉!」


 それはこちらの台詞だ。ケイは内心で毒づいた。

 極大の氷柱が降り注ぎ、棒人間を取り囲む。棒人間ならば氷程度砕いてしまえるだろう。だが、コイツはそうしない。ここに来るまでの間も兵舎を壊さず、道なりに動いていた。恐らくは岩騎士だったころの習性で建造物を出来る限り破壊しないように造られているのだ。


「で、ビーカーも一緒に来てもらいますよ!っと」

「ああ、なるほど」


 ビーカーの首根っこを捕まえて標柱の上に飛び、降り立つ。


「ギシィっ!」


 予想は的中し、棒人間は唯一の通路となった上へと飛び逃れようとしてきた。敵を視認した棒人間が見た目とは裏腹の恐るべき突きを放ってくる。自身より速度で勝るその一撃をなんとかケイは受け止めることに成功した。


「ほいっとな」


 その隙にビーカーが棒人間の核に触れた。起動させるときもそうしていたのだから、止められる筈だと踏んだのは誤りではなかった。

 かくして棒人間は停止した。


「あちゃ…折角の記念品だったのに曲がってしまった」


 【山賊の剣】がこんな下らない事件でくの字にへし折れてしまったケイは肩を落とした。ケイはいずれビーカーに弁償させようと誓うのだった。



「…で、今度こそ本っ当に大丈夫なんでしょうね?」

「疑り深いな君は…。ちゃんと検証が済むまで手足をつけて起動はさせないから大丈夫だよ。理屈としては遺跡の主だった死体の記憶を我々にすり替えるだけで済むから、少し待てば実用化できると思うよ」


 後年、トワゾス騎士団の最終兵器となる【針金君・改】はこうして誕生したのだった。

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