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アライアンス!  作者: 松脂松明
序章
4/54

初めての戦い

 丘からエルフが顔を出す。古い漫画に出てくるような度の強そうなぐるぐるメガネをかけており、長い耳が無ければエルフの一般的なイメージとは程遠い。

 エルフの名をグラッシーという。


 グラッシーはきょろきょろと周りを見渡すと、後ろを向き手を振る。

 探索における斥候偵察がグラッシーの役割だった。この世界に出現したときの建物から外に出て、エルフという種族は目がいいということがわかったためだ。種族としての設定だけでなくグラッシーが【弓術】適性を選択していることも影響しているようで二人の仲間よりも遠くを見通すことが出来た。

 加えて、【軽装】の適性を選んでいることも彼女が偵察に選ばれている理由の一つだ。重い鎧を着ていないために身軽なのだ。


 『トライ・アライアンス』では適性と呼ばれるスキルツリーを3つまで選んで、その組み合わせで職業名が決まるシステムだった。職業名には何の意味もなく、重要なのはどういったスキルを持っているかである。

 例えばグラッシーなら【弓術】【騎士】【軽装】で【弓騎兵レベル80】といった具合であった。


(半端な構成だと思ってたけど、意外とこんなところで役に立つとは思わなかったわねぇ)


 ――実際はPvPでは意外と使える構成なのだが、グラッシーは知らない。

 アクティブスキルの使用法は未だ不明だが…目がいいのには、弓術のパッシブスキルが効果を発揮しているからのようだった。ちなみに分厚いメガネには何の意味も無い。

 パッシブスキルとは能動的に使用せずとも常時恩恵を与えるスキルのことを言う。アクティブスキルは剣技などのようにコマンドアイコンをクリックすることで発動するスキルのことだ。


 所持している【馬笛】で馬を召喚することもできたが、馬が死んでしまった場合にどうなるかわからないため一行は徒歩で移動している。騎士のスキルの内幾つかは無駄となってしまうが、どの道アクティブスキルが使えない以上マトモに戦えるとは思えないため問題はない。

 グラッシーは軽装のお陰で、他の二人より移動が速く、高所にも軽々と登れる。何か起こった場合でも逃げ出すことが容易になるからこその人選であった。



 合図を受けた仲間が、こちらに駆け寄ってくる。凄まじい速度であり漫画のような土煙が立ち上っている。


(馬使わないのは、あれが癖になってるだけよね)


 この世界における彼らの身体能力は、ゲーム時代に合わせてあるようで非常に高い。

 そのため、この世界での全力疾走は自動車並みの速度が出る上、余程長く続けない限り息切れもしない。グラッシーも経験したが、流れていく景色と相まって気分は最高だった。


「どうでしたか?グラッシーさん」

「周囲にはまだ何も見当たらないっすよ団長。というか広すぎ…っすよこの世界」


 ゲームの時と変わらない口調でいようと決めたもののついついつけ忘れることが多い。時折「っす」を付け直すために言葉を切りながら、グラッシーは見たものをケイとタルタルに伝えた。


「大まかな地形は同じように思えますが…マップ画面があればと思いますよこういう時」


 ゲーム時代であれば大陸の端から端まででも、二時間もかからなかった。馬ならその半分だ。

 しかし探索を開始して既に1日以上経過しているが、未だ人里は見えてこない。設定通りなら、出発した廃城から西にしばらくすれば村があるはずなのだが…。


「最初からこういう世界があったのか、異世界化したため広がったのか。後者だと何か人為的な感じがしてきませんかね団長」

「その辺りは、現時点で考えても仕方ないですよタルタルさん」


 ケイはタルタルが時折見せる目が気になっていたが、段々と掴めてきた。この世界に巻き込んだ存在に対しての怒りなのだろう。仲間には相変わらず気のいい人柄だが。

 ケイは元々の世界に対しての執着が薄れてきているため、彼の怒りに強い共感ができずにいた。ケイはタルタルの気を落ち着かせるためにも宣言した。


「…このあたりで休憩にしましょう」



 ハーブティーをマジッグバッグから取り出し、二人に分ける。コップは前日の飲み物のものを使う。

ハーブティーはポットで出現するため、他の2種類の飲み物より多めであるのは幸いだった。

 人里が長く見つからないようなら、水場を探す必要も出てくるだろう。

 現在のところ、鳥などの動物の姿は見えるが、エネミーの姿は確認できていない。パーティーの構成にも回復役と魔術系の攻撃役、支援も足りていないため戦闘は避けたい。

 このあたりで出現するならレベル30代のエネミーであるため、通常攻撃だけでの対処は可能なはずだが、それも戦闘という非日常の行為に精神が耐えられるならである。

 3人の口数は徐々に減ってきている。不仲になったのではなく、景色の代わり映えがしないためだ。

最初こそ感動した景色だが、行けども行けども同じような光景では流石に飽きてくるのだから、人というものは勝手だ。

 行軍を再開しても、雰囲気はどことなく弛んだままであり、それが失敗だった。


 最初に違和感に気付いたのはグラッシーだった。エルフ特有の長い耳がピクンと跳ねる。


「…なんか変な感じしないっすか?」


 それを聞いた仲間二人が立ち止まるが、首を横に振る。

 グラッシーは勘違いかと思ったが、嫌な感じは消えない。例えるなら近くに何かいるような…。


「気のせいじゃないみたいね…っす。ちょっと大きめの…草をかき分ける音?」


 真剣な様子のグラッシーに、ケイとタルタルは目を合わせてから、本能的に腰の武器に手をかけた。エルフの長い耳は飾りではなく、聴覚も優れていることは充分に考えられる。

 しかし…。


「ぬぉっ!?」


 武器を構える前に、その“何か”にタルタルが抑え込まれていた。



「…【グラスウルフ】!?」


 現実ではありえないような、緑色をした狼が襲撃者の正体だった。いや襲撃者達だ。気付けば周囲を取り囲むようにして、にじり寄ってきている。数はおよそ10。


「なんで気付かなかったんすかねぇ…!」


 グラッシーがボヤきながら弓を構える。口調のわりに顔は強張っている。


(無理もない…これが初めての戦闘だ)


 自分も似たような表情なのだろう、と思いながらケイも剣を抜く。


(保護色ってやつですか…考えておくべきだった)


 ゲーム時代では派手な色だとしか思わなかったが、草原に紛れてしまえば見分けがつかなくなるというわけだ。よく見ると色もけばけばしい緑ではなく、着いた土などでより落ち着いた印象だ。

 タルタルを助けに行きたいが、後衛を置いて駆け出せば、その瞬間に狼は一気に流れ込んでくるだろう。グラッシーの弓はこの構成において、唯一変化がつけられる武器だ。

 しかしこの距離では、弓ではなく短剣を抜いた方がマシだったかもしれない。


「盾になります。弓でタルタルさんの上の狼を!」


 指示を出しながら、果たして生き物を殺すことができるだろうか?という疑問が浮かび上がった。

しかし、グラッシーに関してはその心配は無意味であるようだった。



 生き物に向かって矢を射掛けることに、躊躇がないわけではない。しかし流石に食い殺されて終わるのも、襲われて反撃をしないのもゴメンだ。そう考えながらグラッシーはマジッグバッグから矢を取り出し、番えた。

 弓矢など触ったことも無いのにスッと構えられる。これでスキルが使えないのが不思議なほど自然だ。時間がゆっくり感じられ、矢を放つ。

 自分でも、驚くほど正確に矢は狼の胴体に命中した。

 流石に一撃で倒せはしないが、タルタルが抜け出すには充分な時間だ。タルタルが飛び上がるのを確認すると、次の矢を番える。周囲では、ケイが剣を大きく振り回して狼を威嚇してくれている。

 このままだと埒が明かないと見たのか、狼が二匹勢いをつけて飛びかかってくる。


(来る…!)


 ケイは剣を構えて、狼を迎え撃った。剣を振ると、時間がゆっくりと感じる。緩慢な時間の中で狼の動きを見定め、剣が吸い込まれるように首元へ到達し断ち切った…はずだった。犬に似た外見に、一瞬躊躇を覚え、剣の勢いが足りずに両断できていないのだ。


(しまった…!抜けない!)


 時間で見れば一瞬だ。首を半ばまで切り込まれているため、流石にもう死んでいるか、動けないのだろうが、剣が肉に捕まっている。狼の身体を蹴り飛ばすまでの間に、もう一匹の狼は横を抜けていた。



 タルタルが戦線に復帰すると、狼がグラッシーに飛びかかるまさにその時だった。グラッシーの放った矢は見事に狼の眉間を撃ち抜いていたが、既に地を離れていた狼の勢いは止まらない。グラッシーの体勢が大きく崩れ、いつの間にか後ろに回り込んでいた狼が牙を突き立てようとしている。


(思えばこっちに来てから、無様ばかりだ僕は!)


 タルタルが大きく踏み込み、“力を腹に込める”。自分に対しての怒りと、今までの理不尽に対する怒りをメイスに込めて振り抜く。生き物を害することへの躊躇はどこかへ吹き飛んでいた。

 メイスが狼の胴体に当たると、目に見えるような衝撃波とともに狼は文字通り吹き飛んでいた。

 …打撃系のスキル〈ヘビーブロウ〉だった。


 事態に警戒して、狼の気配が鈍る。危機は脱したのだが、そのことに安堵する暇はない。


「…今のは!?」


 タルタルは自分の目を疑う。間違いなくスキルが発動したのだ。


(今までとの違いはなんだ?実戦であるからか?それなら他の二人のスキルも発動したはず…)


 怒りを鎮めて、思考を巡らす。こういう時には、一から思い出さねばならない。


(先程の一連の動きに、今まで無かった要素はなんだ…?)


 戦闘中だと言うのに棒立ちになって考えると、ある考えが閃いた。


「二人とも、腹です!」

「話が見えないっすよ!いきなり何言ってるっすか!」


 言葉が足りなかった。これでは伝わるものも伝わらない。

 深呼吸して、再び口を開く。


「スキルを使うのにはTPが必要なんですよ!丹田っていうんですか!?へそのあたりから力を取り出して、ソレを腕に流すんです!」


 ステータスの中には消費されるものがある。生命力であるHP。ダッシュなどで使うスタミナ。技を覚えるのに支払うSP。そして――魔法を使うのに支払うMPと武器でのスキル使用の際に減るTPだ。

 聞いて二人は面食らったような顔をした後、決心したのか残る狼に挑みかかる。

 まずグラッシーが矢を放つ。命中した狼は、先程とは違い、吹き飛ばされて転がる。弓術のスキル〈パワーショット〉。

 驚いて動きを止めた狼にケイが近寄り、剣を振り抜く。剣の軌跡に光が宿っている。【騎士】適正のスキル〈スラッシュ〉だ。

 二人とも自分の成したことに、呆然としているが、そんな場合ではない。タルタルが叱咤する。


「考えるのは後にして!残り、片付けますよ!」


 既に勝敗が決したようなものだったが、様々な感情に呑まれた三人はさして良心の呵責を覚えず、戦闘を続けた。



 周囲に動くものが無くなると、三人もまた座り込んだ。


「よく考えたら…全然痛くなかったっすね。グラスウルフの攻撃」


 戦闘時の混乱と興奮で、レベル差など思い浮かぶ余裕も無かったのだ。仕方がないことだ、とケイは思った。

 血の匂いが鼻につく。獣の匂いと油と混ざりあったそれは、彼らを現実に引き戻していた。


「ドロップアイテムとか…どうします?」

「団長は皮剥いだりとか、死体漁ったりデキる方です?」


 首を横に振り、とりあえずその場を離れることとする。穴を掘って埋めてやるべきだという気もしたが、そんな余裕はない。自分たちのことで精一杯だ。


「スキル使えましたね…凄かったですタルタルさん」

「いや…」


 気を紛らわすために、大きな一歩のことを口にするが会話は弾まない。足が血溜まりに触れる…これを自分たちがやったのだ。襲われたのだから当然のことだった。しかし、受け取り方はそれぞれだ。


(怖かったけど…ちょっと楽しかった。おかしいのかな俺)


 ケイは、余裕ができたらドロップアイテムを収拾する方法を考えようと思いながら足を進める。


(好きなだけ恨んで。あなたたちにも事情はあったんでしょうし)


 グラッシーは、言い訳しないことを決意して、一瞬黙祷する。


(戦闘訓練とかもしなければいけないな、慣れなければ生きて帰れなくなる)


 タルタルは、先のことを見据える。


 三人はこれから幾度も戦闘に参加することになるが、不思議とこの初陣のことはいつまでも思い出せた。

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