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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
39/54

岩騎士

 先程まで戦っていた岩人間はただの岩の塊だった。それが寄り集まり不格好な人型を形成していたのだ。

 だが降り立った岩人間は大きさのみならず姿も異なっていた。腕はこの遺跡の外観同様に丸みを帯びてはいたが指までしっかりと造られている。足はレンガ材のような部品で構成され、しっかと床を踏みしめている。張り出した胸は胸甲のようで、頭部も頭頂部が尖った兜のよう。いわば“岩騎士”とでもいうべき威容だった。


「何というか、あれですね。プラモデルを石で造ったらこうなる感じです」

「あ~それわかる。男の子ってああいうの好きだよねぇ」

「タルやんはモデラー的なあれだったんすか?」


 いやいや、と首を振るタルタル。生半な戦士では萎縮するような姿を前にして三人は飽くまで落ち着いていた。先程までの岩人間の倍近いサイズを前にしても軽口を叩けるだけの経験を三人はくぐり抜けてきたのだ。問題は残る二人…ケイとビーカーだった。


「出番!出番です!しかも人型!血が出ないのが残念!」

「新しい研究材料だ団長くん!核を壊さないようにしてくれよ!ゴーレム兵士とか作ったら団長の役にも立つから!」

「ははは!オッケーオッケーです!」


ケイは高揚すればするほど戦闘時の集中力が高まるタイプであることは知っているので実力に不安があるわけではない、とタルタルは思う。思うのだがここまで来ると流石に人としてどうかと思う。今更道義の話をしても詮無いことではあった。

 ビーカーに関しては何とも言えない。時折遠征に出ていたタルタルとグラッシーはそもそも外に出ているビーカを見ること自体が初めてだった。レベルは高いのでスペックは問題ないがさて…。タルタルは考えを続けようとしたが岩騎士は待ってはくれないようで、煌々と赤い光を眼窩にたぎらせて一行に向き直った。



 天蓋が開いたことで広間は岩騎士が動くのに問題は無くなっていた。予想外に俊敏なその歩みで助走をつけ腕を振りかぶる。タルタルが【巡礼者の護り】を掲げてあえて攻撃を受け止めようとするのをケイは見ていた。避けたほうが無難なのは分かっていても相手の力量を図るためだ。こうした無機質なエネミーは気配によって力量を判断するのは難しい。

 ただ受け止めるだけではなく、自分からも前に出て押しつぶさんとする小兵の姿はこの上なく頼もしい。目の前に自身と同じ大きさの岩塊が迫ってなお前進できる気概は、星界人の中で抜きん出ている。ドワーフ特有の小柄な背丈が大きく見えるほどだった。分厚い金属の板が岩と激突する。


「おっ?おおおおをををを!?」


 拮抗していたのはごく僅かな時間。床に亀裂でわだちを作りながらタルタルが押されていた。トワゾス騎士団の誇る最硬の戦士が力負けをする光景など、この世界に来てから初めてのことであった。目を疑いたくなる光景にしかし、既にケイ達は行動していた。判明した敵の手強さに絶句して立ちすくむ程安穏とした生活を送っていたわけではない。


「氷よ巻き上がれ!〈アイスストーム〉!」

「〈アサルトスラッシュ〉!」

「〈ラピッドショット〉っす!」


 ビーカーという新顔が加わってなお彼らの連携はこの世界において完璧と言っていい。かつての世界においてならば、およそ合理的とは言えなかった手順は実体を持った世界において日の目を見た。複数の標的を巻き込むための魔法は巨体に絶大な効果をもたらし、それが途切れたタイミングを図ってのケイの突撃は足を狙っている。エルフの集中力で放たれた矢は過たず関節に的中した。怒涛の如き超人達の猛攻にはさしもの岩騎士もひとたまりもないはずだった。


「表面を凍らせただけとは。自信を失くすねぇ」


 紫の星界人がボヤいた。その思いはケイも同じだった。あまりの硬さに手が痺れるなどということはこの世界において初めてだ。元の世界でも経験はあまりない。

 完全に凍りついたと思えた岩騎士は未だ健在。ケイの斬撃も僅かに筋を走らせたのみで、“力”で造られたグラッシーの矢は爪の先ほどめり込んだだけで掻き消えた。

 ケイの顔に笑みが湧き上がる。雑魚を相手にする時とは違う凄惨な笑いが浮き出ている。蹂躙する時と強敵としのぎを削るときの快感は別物だ。背筋の汗が鎧下に染み込み冷える。出し惜しみなどしないと【山賊の剣】をバッグに戻し、腰の【ディフェンダーソード】を抜き放つ。戻ってきたタルタルを加えて激戦が再開された。


 硬い。ひたすらに硬い。

 材質からして岩人間と岩騎士は異なるのだろうか?高い戦闘能力を誇る星界人の力を持ってしても損傷と言えるだけのダメージを与えられず、長期戦にもつれ込んでいく。

 思い上がっていた。この世界ならば格上でも一撃で倒せる可能性があるということは同時に全く歯が立たないことも考えられるのだ。だからこそ楽しいとケイは笑みを深めていく。

 全く歯が立たない?確かに渾身の力で剣を振り抜こうともかすり傷程度。歯が立たないとは言い得て妙だ。だがこの世界は“現実”なのだから打開策は必ずある。

 しかし戦闘しながらでは思考がまとまらない。岩騎士の腕が鼻先を掠める。力と硬さに比べれば速度が低いが、そのあたりの雑魚より遥かに速い。どんな技術力を持った文明ならばこんな存在を作り出せるというのか。

 タルタルのメイスが鈍い音を立てるが体表が少し欠けた程度だ。逃げるという選択肢は無い。岩騎士の怪力ならば遺跡の壁を壊してでも追ってこれるし、何よりこんなにも楽しい強敵に背を向けたくなど無かった。こんなことなら核を奪うなどとビーカーに約束しなければよかった。


 幾つかの偶然が重なった。岩騎士の打撃が床に振動を起こしたこと、丁度その時攻撃を加えようとしていたこと、岩騎士に僅かについた傷から砂が目に入った瞬間に返す裏拳がケイに炸裂した。はるか後方、壁にケイは叩きつけられた。

〈ディフェンスプロテクション〉と【ディフェンダーソード】の護りで即死には至っていない。だが鼻で呼吸ができずにケイはみっともなく喘いだ。顔面が潰れているようだ。ケイの歪んだ視界にカイワレが駆け寄ってくるのが見えた。


 インターネットで見た画像のようなケイの有様にカイワレは思わず声を上げそうになったが呑み込んだ。怪我をしているところにそんな声など聞かせられないだろう。

 カイワレの回復魔法は弱い。タルタルやグラッシーと行動を共にして幾つかレベルは上がった気がするがステータスで確認できない以上感覚的なものに過ぎなかった。だが回復魔法の扱いには慣れていた。物理的スキルがそうであるように魔法にも技術があったのだった。


「団長。動かないで!とりあえず〈ヒール〉で口周りだけ治すから、その後ポーション使おう!」


 努めて明るい声を掛けつつ、血にまみれた口元に手を近づける。ただ〈ヒール〉を唱えて全身にかけてしまうより、この方が効率が良い。カイワレはマジッグバッグを漁って自分とは不釣り合いな強力なポーションを取り出した。


 朦朧とした意識の中でケイは考えに耽っていた。何か考えていなければ痛みに負けてしまう。血に酔えば戦いがさらに楽しくなる要領で考えを痛みから逸らす。

 こんな無様な姿は団員達には見せられない。感覚ではもう一時間は戦っている気がするが実際にはまだ15分ほどだろう。石蜘蛛を団員たちが片付けるまでにはまだ時間があるはずだ。

 石蜘蛛。見ていた限り石蜘蛛はレベルに換算して30ほどだろう。岩人間と岩騎士とのレベル差は大きく、同居しているとは信じられない。トライ・アライアンスの頃だったら調整を放棄したと思っただろう。

 レベル。…団員たちは人数差があったにせよ石蜘蛛を順調に討伐していた。団員たちは訓練で成長していたといっても、レベルにして20行くか行かないか。どうやって石蜘蛛を倒していたんだったか…?


「ひょうか!」

「うわぁ!大人しくしてってば団長!もう少ししたらポーション渡すから!」

「ひゃあ、ひゅまないヒャイワレさん」


 喋る度に赤く粘ついた血泡が生まれるが、ケイの目は輝いていた。カイワレはケイが嫌いではないが好きになれないのはこの闘争心だ。未だ戦う気でいるらしい団長を呆れたように見ながらカイワレは治療を続けた。医者というのはこうした気分なのだろうか?そう思いながら。


 タルタルとグラッシーはケイが離脱してからもジリジリと戦いを続けていた。遠距離型のグラッシーにビーカー、盾を持つタルタルはこの岩騎士を相手にも不覚は取らない。だがこのまま行けば敗北するのはコチラになる。そうタルタルは考えていた。


「ぬぅ…ひょっとして一番役に立ってないのは私か?大体、あの見た目で魔法にも硬いとか卑怯だろう」

「いや…冷気系の移動速度低下は助かってますよ。僕らの体力も限界はあるようですねぇ」


 スキルを使うのに使用する“力”と体力は全く別のもの。超人の持久力は膨大ではあっても無限ではない。岩騎士が何を動力に動いているのか知らないが生物とゴーレムでは後者のほうが肉体的にも精神的にも疲れ知らずだろう。何か攻め手を見つけて一気に攻めたいが…。


「おまひゃせしみゃひた。あー、あー、ひょうやく声が戻ってきひゃ」

「…団長。めっちゃ血まみれっすけど」

「大丈ひゅですよ。あー、ポーヒョン凄いでひゅね」

「端から見てると危険な人物にしか見えないね。瓶咥えるのはやめなよ」


 待ち望んでいた火力役であるケイはどう見ても正気には見えなかった。ポーションを再使用時間を考慮せずに使うことも可能だが、連用するとああなるのか…。タルタルは思ったが、ケイは戦闘において妙なことをしでかすことはしない。言葉に余裕があるのにも何か考えがあるのだろう。

 しばらく岩騎士の攻撃からケイを抱えて一行は駆け回り続けた。


「あーギュラッシーさん。〈ラピッドショット〉を全部同じ箇所に当てられますか?」


 ようやく口調が元に戻りだしたケイが作戦を説明した。至ってシンプルな内容だった。


 岩騎士に知性があるかは不明だがその行動は単純だ。追いかけて潰す。ただそれだけだが巨体と硬さが加われば強敵になる。大きければ強いというわけだ。

 求めるのは連撃を叩きこむ隙、岩騎士が腕を振りかぶった瞬間に。


「〈アイススパイク〉!」


 ビーカーが氷柱を放つ。魔力を多く込めた〈アイススパイク〉は通常より遥かに大きい。ソレで狙うのは岩騎士ではなく、地面。腕と地面の間につっかえ棒の役割を果たさせるのだ。巨腕は氷を砕いていくが速度は鈍る。地面に拳が激突する寸前にケイは前に飛び込んだ。岩騎士の下に。

 ケイが潜り込んだのを見計らってグラッシーが〈ラピッドショット〉による連射を加えた。種族特有の鷹のような集中力と精密さで腰の中心を射抜き続ける。異常な硬さを誇る岩騎士の身体に入った傷はほんのわずか。剣先が入る程度でしかない。だが、それで十分なのだ。

 ケイが剣先を思い切り岩騎士の小さな傷口に差し込む。高位の武器による一撃で傷が少し深まった。その瞬間にケイは全力の“力”を流し込んだ。


「〈ソードスタンプ〉!」


 本来は地面に対して行うスキルだ。岩騎士の身体そのものを地面に見立てて衝撃波を内部で暴れさせる。使い慣れない技でイメージするのが難しいが、それでも手応えは十二分。恐らくは星界人相手でも内蔵を内側から挽肉に出来るだろう。


「どれだけ硬いんですか…」


 それを受けてなお岩騎士はまだ形を保っていた。腰のあたりがひび割れ、乾いた泥のようになっているが未だ動いている。しかしこの岩騎士が回避行動を取らないのは分かっている。そしてトドメはケイの役割ではない。

 飛び上がった小柄な姿に岩騎士が気付いたかは分からない。いや攻撃の後で前のめりになっている姿勢では気付かなかっただろう。渾身の力で跳び上がったタルタルだ。

 重装備の重み。ありたっけの“力”。全てを込めてタルタルはメイスを振り下ろした。


「〈ヘビーブロウ〉!」


 岩騎士が強打される。外殻が傷つかずとも衝撃は伝わる。強烈な重みを受けてヒビが入った腰部が耐えきれなかった。岩騎士はとうとう下半身を失って崩れ落ちた。ケイ達の勝利だった。


「…これで大ボスがいなかったり、こいつより弱かったら笑うっす」


 星界人達は笑顔を浮かべながらへたり込んだ。カイワレが治療のため近付いてくる。思えばこんなことは久しぶりで、この世界がゲームだった頃を思い出して皆笑い続けた。

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