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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
36/54

お仕事①

 与えられた土地は本当に何もない荒れ地だった。

 ケイがクラリーナ光女王と結んだ主従契約はごく単純なものであった。女王は封土と身分を与える代わりにケイは軍役に就く。ただし女王はケイの団員に対する命令権は持たない―これは当然のことであるようだった――。

 無礼を許すというお墨付きも頂いているため気楽でもある。別に殊更逆らったりする気は無くとも保障されているだけで気分は良いものだ。この許可は個人が集団を上回る武力を用いる世界において、強力な戦士がどれほど貴重なのかを示している。ケイと同格の戦士を持たないルーチェ国には、もしケイが何か企てようとも独力で止める手段がないせいもあったが。


 先の混乱を早期に集結させた褒美として金貨も手に入ったケイは気が大きくなっている。この世界がゲームであった時代には金貨は課金通貨であり、ケイは僅かにしか所有していなかった。実を言えば相場より少ない報酬なのだが、“異世界人”であるケイはそのあたりに無頓着だった。

 とはいえケイがちょっとした金持ちであることは確かだった。小さな村ぐらいなら延々と養えるだろう程度には。


 かつて『トライ・アライアンス』に存在していた素材アイテムは魔法のアイテムという扱いであり、日常的に用いられるものではなくなっている。食べただけで身体能力が向上するような料理に使われる素材と、特殊な効果はない同名の料理に使われる素材が同時に存在している。

 そういった“普通の”素材はケイからすれば非常に安価だ。例えば【小麦】。1つの【パン】に使用する【小麦】は100シルバー…銀貨100枚必要だ。これが普通のパンに使用する物なら銀貨どころか銅貨3枚か4枚で買える。完成品の【パン】なら銀貨300枚といったところだが、特殊な効果の無いものなら1枚で買えてしまう。ちなみにトライ・アライアンスにおける【パン】の効果は30分間最大HPを少量増加させる効果だった。当然普通のパンにそんな効果はない。

 加えて銀貨を金貨に両替することも可能であり、金銭面における前途は開けていた。

「とはいえ…急速に発展しましたね…」

 ケイが眼前の光景に素直な感想を述べる。何も無かったはずの荒れ地には急拵えとはいえが誕生していた。没落したシーカ家を継いで以来、色々なことがあったのだ。


 ケイに非凡なところがあるとすれば、この世界のバランスに対して遠慮というものが無い点だろう。思い至らないわけではなく、気の毒には思いつつ結局実行してしまうあたり、大変に質が悪い。

 自前の拠点を作るにあたって、ケイには強力な武器があった。金、人、そしてマジッグバッグだ。ケイの倉庫に保管してあった銀貨はこの世界においてはかなりの額になる。ゲーム時代には大した額では無かったのだが。

 その資金を用いて様々な道具を買い求めた。建造物に使う木材のみならず、将来的に鍛冶屋を初めとした職業が居つくことに備えて金属を大量に仕入れたのだ。工具農具の類に当面の食料と買いだめしてるうちにとんでもない量になっており、同時期に買い求めていた人間には大変な迷惑であった。

 人に関しても先立っての混乱において確保できた。魔族と推測される人物に唆されて光都に攻め込んだ者達は裁かれることになったが、魔術的な洗脳を受けた人間は労役を代償に解放されたのだ。その中から職人や農民出身者を連れてきている。

 嬉しい誤算は傭兵の中からケイの下に兵士として就くことを選んだ者も多かったことだ。傭兵の中には士官を志す人物も多い。比較的良識ある者のみ団員に加えてもそれなりの人数になり、これで“新生トワゾス騎士団”の下地は整った。

 そしてマジッグバッグに大量の資材を詰めてしまえば、輸送に時間がかかることもない。ルーチェ国で予想外の人材と出会えたことで、行く行くはこの“マジッグバッグ輸送”で補給経路の確保をケイは企んでいた。


 結果として出来上がった拠点は村を内部に取り込んだ基地のようになってしまった。木製とは言え防壁すらある。これが僅か数ヶ月で出来上がったことを考えると戸惑いすら覚えても無理はなかった。

「あの~。ケイさん、届け物が来てるんだけど…」

 あどけない少年の声を聞き、ケイは声の方を向き見上げた。ケイの身長を遥かに超える筋骨隆々の巨体。光都にいた星界人、トメメだった。

 トメメは“ビッグフット”の戦士職であり、その身長はケイの1.5倍ほどにもなる。ビッグフットは巨体を誇る種族で身長を最低に設定しても人間族の最大身長とほぼ同程度である。巨体から少年の声が紡がれるのには出会った当初こそ違和感を覚えたが、共同生活をする内にケイのみならず周囲の人々も慣れてしまっていた。手のかかる弟といった印象をケイは抱いている。

 高レベルではあるのだが、こちらの世界の戦闘に適応できなかった彼には輸送部門を任せようとケイは考えている。子供の内面をもつトメメに仕事を与えることに抵抗を感じないではなかったが、彼自身の望みでもある。


「ありがとう、トメメ。…ああ、陛下からか。面倒になりますね」

 ケイは受け取った手紙に書かれている内容を見て嘆息する。表向きの主君となったクラリーナは度々ケイを呼び出していた。

「それよりケイさん。ビーカーさんが小屋から出てこないんだけど」

「…無理矢理で構わないので日干しにでもしておいて下さい。私はしばらく留守にしますので、ここの守りをやらせないといけませんし」

 光都にはもう一人星界人がいたのだが、そちらは問題児も良いところであった。しかしながらタルタル達が遠征に出ている現状ではケイは彼女に頼る他は無い。

「じゃあアルレットさんに伝えてきてからそうする。皆にも後で伝えるね」

 トメメと別れ、門に向かう。行き交う人々の歳も性別も様々だが、皆まだ年若いケイにわざわざ立ち止まって礼をする。ケイはクラリーナにも内密で労役を課せられた人々にも給金を支払っていた。その対応をドルファーなどは「舐められることにならないか」と心配していたが、うまい具合に敬意へと繋がったようだった。

 人々の尊敬はケイをどうにも落ち着かない気分にさせるが態度に出すわけにはいかない。対外的にはケイは貴族であり、領主なのだから。


 手を振って返したりしていたためか、拠点の門には既にアルレットとドルファーが来ていた。この二人もこの僅かな期間で成長したといえる。馬術や戦闘面でもそうだが、内面の成長が著しい。

 特にアルレットは一口で言えば時折女性らしさが見えるようになった。現代においてあまり女性と縁のなかったケイは戸惑いつつも、ソレが自分に向けられていると思えば嬉しくもなる。元々外見的には成熟していたのだ。今のアルレットは街中にいても注目を集める。

「陛下からのお呼びということでやしたが、お供はあっしらだけで宜しいんで?」

「構わないさドルファー。急いで来て欲しいということだ…陛下に顔を知られているお前たちの方がやりやすい」

 付け加えるならば新しく加入した団員たちは戦闘面においても、この二人に劣る。訓練が済むまでそのあたりは装備で補うことになっているが、数十人の統一された武具の製作依頼は流石にすぐとはいかなかった。


「いつもの討伐じゃないのかな?」

 首を傾げる仕草は以前と変わらないが、柔らかさが加わり艶っぽい。アルレットの格好はかつての革鎧ではなく、ケイと同じ白色の中装鎧だ。柔らかい白はルーチェの関係であることを示し、肩のハーピーと剣のエンブレムはトワゾス騎士団の団員であることを示している。

 我ながら甘いことだ、そうケイは思う。アルレットの武具はケイが提供した素材でできている。生半可な敵では傷すら付けられないだろう…この世界では強力なエネミーの数が少ない傾向にあるらしく生息地に赴いてもそれほどの数は見られなかった。

「うん。似合っていますねアルレット」

「え?ありがと…」

 つい本音が漏れてしまったが照れたアルレットが見れたので良しとする。

「では行きますか。面倒事はさっさと済ませましょう」

 【馬笛】を吹き鳴らす。この生気のない馬にはいつまでも慣れそうもなかった。


 名目上とはいえルーチェ国はアナーバ同盟の盟主である。その首都である白亜の光都では参加国の代表が様々な議論と交渉を交わす。もっとも大抵は自国の利益を主張するための醜い争いだ。

 魔軍が滅んで10年…僅かなようで長い時間は国々から一致団結という言葉を消し去っていた。

 この日争うのはトゥローノとテッラ。先日はヴェントとフィアンマだった。隣接する国ほど関係は険悪なものだ。魔軍復活の兆しが見えてもこの有様、むしろこの日まで同盟が形だけでも残ったのを人々は褒めるべきかもしれない。

「話しにならん!“雷伯”!」

 痺れを切らしたトゥローノの代表、ベニアーノ公爵が叫ぶ。雷伯…かつての部族名を冠する南方独自の爵位。自称でなく他者からそう呼ばれる人間が只人である筈もない。

 声に応じて静かに現れたのは灰の髪を持つ貴公子。金に輝く槍を携え、一歩前に出るだけで空気が帯電する。美しいその顔は凪のように静けさを保っている。

「力に訴えるとは相も変わらず野蛮なこと。“地公”お願いしましたよ」

 テッラの代表である老いた女公爵が挑戦に応じる。

 自分の事を棚に上げた呼びかけに答え、気怠げに椅子から立ち上がるのは学者然とした細身のローブ姿。テッラでは神官が高い地位と戦力を有する。ある程度の実力者ならこの枯れ木のような男が油断ならざる魔術師であると察することができるであろう。

 彼らこそは一国の武を象徴する代表闘士(チャンピオン)。いつものように睨み合って終わる茶番だとしても、その圧倒的な存在感は議場に集った人間たちの心臓を鷲掴みにする。


 いつもならば議長であるはずの光女王クラリーナが宥め賺し不毛な対峙は終了する。しかし、この日からそれは変わった。

 光女王が立ち上がり、静かな声で告げる。その内容はルーチェの戦力を知るものなら耳を疑う言葉だ。

「――“光士”」

 美しいクラリーナの口からの涼やかな音色に応えて、議場の裾から黒髪の騎士が姿を表した。見慣れぬ紋章を肩当てに刻んだ若い男。鎧の色は柔らかい白であり、ルーチェ国の所属だと見て取れる。手にした柄の長い魔法の武器と思しき緑光の剣だけでなく、腰に吊るした剣からは素人目にも見て取れる神秘の輝きを放っている。

「まさか…ルーチェにも代表闘士(チャンピオン)が?」

 ヴェントの随行員が呆然と呟く。

 かつてはチャンピオンという言葉は単に交流試合の出場闘士を指していたが、今では英雄と呼ばれるにふさわしい実力者のみに許された称号だ。神輿でしかなかったルーチェに欠けていた存在でもあった。それが突如登場したのだ。主要4国の驚きは大変なものと言っていい。チャンピオンの戦闘能力は比喩でなく一騎当千なのだ。力関係に変化が生じてしまう。

 老いた女公爵とベニアーノ公爵は祈るように自国の英雄を見つめる。どうかあの男が高価な装備に身を包んだ張子の虎であってくれと。戦闘力を持たない彼らには感じ取れないが故に。


 ルーチェのチャンピオンが歩を進めるごとに風が流れ、僅かな圧力さえ伝わってくる。その歩みが止まった時、三人の闘士は一切の油断なく見つめあう。雷伯から小さな雷が流れたが、何かに膜でもあるかのように白の騎士の周囲にまでは及ばない。地公は気怠げな表情を消し、興味深げに新参者を観察している。

「争うなとは言わぬが、ここは妾の面前。戦わせるのは鉄火ではなく舌にして欲しいものだな?」

 かつてお飾りであった筈の女の声を受け、ベニアーノは怒りで顔に血を上らせながらも雷伯を下がらせた。対照的に青褪めた顔をした老女もまた引き下がった。

 闘士達はソレを受けて、互いに目礼を交わし舞台から退場していった。


「星界について聞かせて欲しい」

 議場に隣接する控えの間でテッラ国の魔術師がケイに声をかける。まるで不健康な学者といった印象をケイは受けた。横には先程の雷伯もおり、こちらは嫌になるほどの美男子である。

「待たれよ、マルカルロ殿。性急に過ぎるだろう…自分の名ぐらい明かしたらどうだ、全く。…私はトゥローノ国のアルベルト、こちらがテッラ国のマルカルロ殿だ。良ければ貴殿の名を聞かせてはくれまいか」

 美しいと同時に冷酷そうにも見える外見だがアルベルトという戦士は意外にも気がいい人物のようだった。ケイも警戒心が薄れ、礼を返す。

「ルーチェのケイ・デ・シーカと申します。以後お見知りおきを…」

 そこからは和やかな歓談となった。


「お二方は仲が良いので?先程は睨み合っておられましたが」

「まぁこういった場で顔を合わせることも多いからな。ああした睨み合いは国の都合だよ…戦場では当然手心は加えんが、マルカルロ殿個人に含むところは無い」

(交友があるヒトと戦場で戦う…どういった気分がするものなのか)

 アルベルトは少なくとも好感を持ってもいい人物のようで、怜悧な顔貌とは裏腹にケイの質問にも気さくに答えてくれる。互いに武器を持たずに向かい合っていてもアルベルトの実力の程はケイに伝わった。議場では退いてくれたが、ケイを上回る武の気配。恐らくはフィアンマのラーイーザよりも強者であるようだった。


「そんなことより吾輩の質問に答えたまえよ。星界に関する書物はほとんど無いのだ」

 一方のマルカルロは見た目通り学者めいた人物であるらしく、知識欲の塊といったところだ。付き合うと面倒になりそうだと感じたケイは少しだけ話をずらすことにする。

「私が星界人だと見ただけで分かるものなのですか?」

「いい質問だ!」

 話題を逸らすつもりが余計に刺激してしまったらしく、マルカルロの舌の回転が止まらなくなる。

「君達星界人は我々と異なり、肉体に魂が固着しておらん。転移門を使用できるのもそうしたわけだな!いや、実を言えば星界人以外の者も転移門を使用する事自体は可能なのだが!肉体と魂が完全に結びついている我々が使用すれば門の向こう側において肉体が再構成された時に同じ要素を持っただけの別存在となってしまうわけだな。一方貴殿らが使用した場合には転移先で再構成された肉体に魂が憑依する形を取るので自意識は…!」

「分かった分かった。マルカルロ殿!その話は今度にしよう…ケイ殿、次に会う時はゆっくり話そう!」

 アルベルトがマルカルロを引きずっていく。驚いたことに引きずられた状態でマルカルロはまだ喋り続けていた。

「嵐のような人たちでしたね…」

 一人取り残されたケイは呆然と呟くのだった。

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