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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
35/54

新たな自分

「ドルファー、タルタル。敵の拠点を探して潰す。敵が来た方向に進もう」

 ケイはアルレット達女性組は光女王の護衛に向かわしていた。グラッシーにせよカイワレにせよ見た目だけなら危害を加えそうには見えない。トワゾス騎士団の名を出せば入れるであろうし、入れない場合でも城の護りにつくように言い含めてあった。

「またムサい面子になりやしたね…潰すと言ったって潰せるようなものなんでやすかね?」

 後顧の憂い無く探索ができるようになったとはいえ、その問題はある。何よりもトライ・アライアンス時代のようにクエスト目的を達成するまで延々とPOPする仕組みならばキリがない。

「何とかなるよドルファー。いずれにせよ放っては置けないから元は突き止めないと。最悪力づくで封じる」

「団長様が力づくじゃないところ見たことないでやすね」

 放って置いて欲しい。


 タルタルが大盾を構えつつ先頭を行く。高位の盾…〈巡礼戦士の護り〉が放つ白い輝きが尾のように流れてケイ達に当たる。時折飛んでくる矢はタルタルの盾に傷すら付けられない。

「ヒャハハハァ!」

 粗末な装備どころか上半身裸の男が突っ込んでくる。ケイは蛮族の見本のような男が両手斧を振り被った瞬間を狙って気絶させた。後でどこから誰に言われて来たのか話が聞きたかった。その時までどちらも生きていれば。

 流れてくる敵の群れを時に叩き伏せ、時に切り刻む。敵に共通点があるとすれば弱いという一点のみだ。これならば苦もなくたどり着けるだろう。だからこそ分からない。この有様では時間をかけさえすればこの都の戦士たちだけでも何とかなるだろう。陽動なのだろうが強い気配は未だに感じない。

いったい“相手”は何から目を逸らさせたいのか。こういった時普通ならば焦燥感があるものだが、それをすら無い。蓋を開ければ全く大したことが無いようなそんな予感がつきまとっていた。



 一方のグラッシー達はすんなりと王城に通されていた。観光であるなら豪奢な内装や貴婦人の装いに歓声をあげることもできただろうが、そんな雰囲気ではない。女王自身はグラッシー達に寛容であったが、窓から見えるのは血なまぐさい争いである。いつこの白亜の城に火の粉が降りかかるのかと思えば尚更だ。

「女王様。アナーバ同盟ってこんなに仲悪いんっすか?」

 眼下に広がる光景を見てグラッシーが呟く。部隊同士が争うような派手な場面ではない。五人の男が取っ組み合いをしているのだ。装束からどこぞの正規兵であると知れる。取っ組み合いといっても加減して素手でやりあっているのではなく、武器をどちらも取り落としたために徒手での戦闘になっているだけで正しく殺し合いだった。

 グラッシーの視覚は極めて鮮明で、男達の毛穴まで見えそうなほどであるためにあまり気分の良い光景ではなかった。

「隣接している国はな。離れていればそれほどではない」

 そんなグラッシーの気分を知ってか知らずか光女王の答えはそっけない。同性として羨ましくなるような見事なプラチナブロンドの髪が揺れる。

「まぁウガレト部族もボウヌ連合もアナーバ同盟も、魔軍に対抗するための団結でしかないからの。過ぎ去ってしまえばこんなものよ」

 争いの舞台となっているのは自らの都であり、役者は同盟国の人間たちであるにも関わらず落ち着き払った態度。グラッシーはどうにもこの君主が好きになれそうになかった。ケイが結んだ契約にグラッシーやタルタルの臣従が含まれていなくて良かったと心から思う。


「喉元過ぎれば熱さを忘れる。ってやつだねぇ」

 硬くなった雰囲気を和まそうとカイワレが口を挟む。グラッシーが観察眼に優れるように、カイワレは全体を見るに優れている。その妖精めいた容姿が相まって彼女が口を開けば皆を少しばかり穏やかにしてくれるのだ。カイワレは自身の特徴を上手く扱えていると言える。

「そうさな。魔軍の戦も既に過去のもの。次の戦があるとすれば人同士やも知れぬ」

 カイワレの愛くるしい姿に白金の女城主が口を滑らせた。

 今起こっているのは戦ではないかのように言う女王。その目を見てグラッシーはなぜこの人物が気に入らないのかに思い至った。瞳に野心の火が見えるのだ。

 野心そのものは悪いことではない。上に立つ人間なら当然でさえあるだろう。だがグラッシーにはその野心の大きさがどうにも半端に見えるのだ。そしてそういった手合こそがろくでもない事態を招くのだ。自分たちもその半端な存在ではあるが。

 いざという時はこちらから切り捨てることも考えなくてはならないだろう。一言も発さず外を見つめ、男を想うアルレットを見てグラッシーはそう考えるのだった。



「これが原因か…コレってあの時の…」

 人気のない倉庫めいた建物。賊の流れを辿り行き着いた先の建物の内部に“それ”はあった。

 目を思わせる歪み。サイズこそまるで違うがかつてタルブ砦において巨大ハーピーが現れた門と同様の赤黒い空間の裂け目が開いていた。

 彼の地の神官戦士ジェロックはあの特殊なハーピーが魔軍の関係する存在ではないかと疑っていた。この裂け目もまた魔軍が関わるものなのであろうか?ケイの脳裏にバラボー男爵領で出会した女魔族の顔がチラついた。

「っと!団長、近づき過ぎるのはよくありませんね」

 血走った目の男が現れたその瞬間にタルタルのメイスが叩き込まれる。顔面に鉄槌を受けた男は再び門の向う側へと弾き飛ばされていった。

 この門を破壊してしまえば、少なくとも外部からの侵攻は止まる。後は内部の鎮圧を行ってしまえばいい。問題はどうやって破壊するかだ。

 タルタルの忠告をあえて無視して、手を入れようと試みるが空を切る。

「敵は通れないとか?随分と細かい設定ができるのかコレは?」

 先程の男に続く敵は現れない。その間に剣で斬りつける。スキルを放ってみる。持ちうる限りの手段を講じるが効果はない。

 どうやって破壊するか。黙考したケイにあるアイデアが浮かんだ。



「気付かれた…あの坊や達ね」

 光都から遠く離れた森の中でローブの人影が呟いた。そのフードから覗くのは艶やかな黒髪。魔軍を支える一柱、魔将ルムヒルトその人であった。

 ルムヒルトは身動き1つせず佇んでいる。否、できないのだ。ルムヒルトが現在使用しているのは同じ魔将の一人であるジークシスと、彼女の主が改良を加える前の簡易転移門。通過可能な存在強度(レベル)は極めて低く、加えて最高位の魔族であるルムヒルトが魔力を全開にしてようやく起動するという代物だ。侵攻に使うならルムヒルト自身が攻め込んだほうが早く、はっきりと言えば実用に耐えない。

 しかし、今回に限って言えば役に立った。ルムヒルト自身が光都に赴けば、その強大さ故にどうしても探知されてしまう。先日出会った星界人だけでなく、他にも強力な戦士が増えている場に姿を表すのは流石のルムヒルトにも躊躇われたのだ。

目標は善の種族達にとっても大した価値がある存在ではないため、扇動あるいは洗脳した弱い人間達で攫うに事足りた。この作戦を行ったルムヒルトにしてから目当ての人物に対して価値を感じないのだ。門の向う側の人間たちには想像もつくまい。

 使いたくも無い手段を使うはめになったせいで、誘拐対象に対するルムヒルトの感情は冷え切っている。表現方法が歪んでいるとは言え愛情に溢れたルムヒルトにとっては稀なことである。ルムヒルトの好みは手練手管で動かすことであって、魔力を使用して命令を下すのはまったくもって趣味では無かった。

「まぁ良いわ。目的は達せられた。後はこの子達をどうするか…」

 見やった先には集めた人間種達。魔力に抵抗できず、かつ門を潜れる者達を集めたため質は極めて低い。引き連れたところで役には立たない連中をどうすべきか…考えようとしたその時だった。

「っ!?」

 門の前に立っていた戦士の頭が弾け飛び、赤い花が咲いた。

 簡易転移門の先からの攻撃!だがいかなる手段を用いたのか。かの星界人達は強者であるが故に門を通じての干渉は不可能なはずだった。



「おー!行きましたね団長。敵が装備ごと通ってきてるからもしや、とは思いましたが」

 タルタルの場にそぐわない呑気な声が室内に響く。

「一口に力づくと言っても、色々あるもんでやすね。団長様!この調子でガンガン頼みまさぁ!」

「あいよっと。それじゃ石集めはお願いしましたよ…っとぉ!」

 ケイが取った手段は実に単純だった。門に向かって石を投げる、それだけであった。

 裂け目を通過するには何かの条件があるのだろうが、賊達は裸ではなく武装して通ってきているのだ。彼ら自身の持っていた物か、何の変哲もない物体なら通過できるのではないかと当たりをつけたのは正解だったようだ。目には見えないものの、確かな手応えをケイは感じていた。

 破壊できないなら門の前か向う側を物理的に潰してしまえばいいのだ。仕返しとばかりに繋がっている何処かに向けて攻撃を加えた後、石材でこの歪みの周囲を取り囲んでしまう方策だ。

 相手がどれほどの労力を使ってこの侵攻を図っているのかは不明だが、賊の流れを見れば1つしか展開できないと推測できる。城に直接開かなかったところを見れば、開通先にも制限があるのだろう。

 イタチごっこになりかねないが、同盟兵士同士の戦いを止めてしまえば後は…

「おや?」

 ケイが考えを続けようとした時、空間の裂け目は収束して消滅した。後にはドルファーが集めてきた石だけが残った。



(無茶苦茶するわね!あの坊や!)

 僅かに漏れ出た気配からすると廃坑前で出会った星界人だろう。だが石を投げるなどという原始的な方法を採ってくるとはルムヒルトも思わなかった。

 簡易転移門に魔力を注ぐのを中止し、消滅させる。門を開き続ける必要は無くなったのだ、あのまま放っておけばどんな手段に訴えてくるか分からない。そういった恐ろしさがあの騎士風の青年にはあるようだった。

「あなた達、光都へ攻めかけなさい」

 残った僅かな手勢に指示を出す。目的の人物…マリユーグが運ばれてくるまで騒ぎが続きさえすればいいのだ。

 光都に混乱を齎すこともできた。

(案外、ジークシスも褒めてくれるんじゃないかしら?)

 後日、魔族の関与を悟られてしまったためアナーバ同盟が完全な瓦解に至らず大目玉を食らうことになるとは思っても見ないルムヒルトであった。



「まさにビルギッタの矢のごとし。僅かな時間で戦闘を収めるとはな…契約の他にも褒美を出そう」

「収めた…という程には釈然としないですがね?」

 ケイ達は門が閉じた後、諍いを続けるアナーバ同盟の戦士たちを気絶させて回り騒動を終結させた。トワゾス騎士団の面々はいつ再び門が開くかと身構えていたのだが、結局は杞憂に終わったのだった。

「それは良いのだ。そなたにも見せてやりたかったぞ、あの各国の使節の顔!魔族に良いように操られたとあってはこちらのことを無闇に糾弾もできまい!いい気味よ!」

 余程鬱憤が溜まっていたのか、女王の笑いは止まらない。ルーチェ国側もマリユーグを奪われてしまっているのだが、そのあたりは有耶無耶になるようだ。

「しかしなんだってあの自称貴族を奪っていったんですかね?口封じなら殺した方が早そうなものですが…」

 マリユーグは既に全て話していたし大したことは知らなかった。それは何よりマリユーグを利用した側が分かっていることの筈である。

「さてな?分からんが、貴殿が見たという“門”は厄介だの。巡回の兵士たちに警戒させる手段を考えねばなるまいが…それはこちらの話だ。約束通り貴殿の表向きの身分を用意した。とりあえず受け取るがよい」

 投げて寄越されたのは羊皮紙で作られた薄い冊子のような物。貴族証明書だ。

「手頃な家があった。シーカ家という騎士の家系だが、既に断絶して久しい。そなたが名を継いで復興という形になる。領地は追って知らせるが大した広さはやれんぞ」

 領地持ちの騎士は意外に少ない。猫の額ほどの広さでも厚遇といえる。

「謹んでお受けします」

「では行けケイ・デ・シーカ。そなたとそなたの手勢の力には期待している」

(“には”か)

 そこにどんな意味が込められているのか、ケイは後々知ることになる。



 大陸の西方、魔軍の根拠地に男は連れて来られていた。

 捕縛されていた間に醜く太り、まるで豚のようになった男…マリユーグは窮地から遠ざかったことにより持ち前の傲岸さを取り戻していた。

 その態度に魔軍の兵たちは不快感を示した。竜頭の戦士たちは牙を鳴らし、人面鳥は羽毛を膨れ上がらせた。

 だが、ルムヒルトを除く魔将達はマリユーグに憐れみを示していた。彼は魔軍の主の関心を惹いてしまったのだ。

「なるほど、なるほど…君は偉大な存在に生まれついたはずだと。でも悲しいかな人間の肉体では君の自意識に付いてこれない。じゃあマリユーグ、君にその自負に見合うだけの力を与えよう。特別だよ?」

 年若い女の声が響く。マリユーグはもう戻れない。

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