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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
32/54

護送中

 暇だ。暇過ぎる。生気の無い目をした召喚馬に揺られながらケイは時間を持て余していた。


 リンピーノとの別れはあっさりと終わった。それはリンピーノがこれが今生の別れとは思っていないということでもあったし、貴族の生まれのリンピーノとしては友人というのは年に1回会うようなものだと考えていたことでもあった。

 そうして、護送の旅が始まったのだが…2週間ほど馬に乗って移動と休息を繰り返していると流石に飽きてくる。確かに流れ行く景色は珍しい。シンティッラ騎士団の面々は女性なので目の保養にもなる。だがそれは衝撃的な刺激ではなく、さざなみのような緩い刺激だ。

 かつて…現代日本人であった頃ならコチラの方が好みだっただろう。だが、この世界に来てから張り詰めた日々を送っていたせいか物足りない。まさかにラーイーザに喧嘩を売るわけにも行かない。

 そう思って横にいるラーイーザに目をやる。微かな風に赤の髪が流れて美しい。フィアンマ王国ではさぞ男達の心を掴んでいることだろう。

 何よりも感心するのは、この長い行軍でも背筋がピンと伸びていることだ。同じ団長という肩書のせいで並んで馬を駆っているが、こうなるとケイも背筋を伸ばし続けるハメになるのでいい加減、だらけてくれないものだろうか?などと考えてしまう。


 流れていくやや緑の足りない平地をボンヤリと進む。同盟国とはいえ他国内を移動してるせいか、進路は完全に道なりだ。明らかに突っ切った方が早そうでも、道に従って進む。定まった進路でのみ行動するという約束でもあるのだろう。


 ケイは自分の灰色の召喚馬を見やる。ペットのような存在なら多少は無聊が慰められるだろうが、この召喚馬は普通の馬とは大分違っていた。

 こうして普通の馬達と並んで生活して分かったことだ。目に生気が無い、時折ブルリと震えるぐらいで愛嬌のある行動を取ったりもしない。同時に餌も水も必要としないので利便性以外を要求するのも酷というものだ。

(この馬…誰がどうやって作って、日頃どこにいるんだろうな?)

 召喚馬を製造する職人がいたりする可能性もある。【馬笛】を売っている大きめの街に行って馬屋の主に話を聞いてみよう、ケイがそう考えた時…

「だーうー。飽きたよー団長ー」

 カイワレが絡んできた。


「登らないで下さい。鬱陶しい」

 緑髪のリトルフットは器用にケイの登頂に成功する。馬に揺られている鎧姿の男の頭に子供のような少女が座るのは相当にシュールだ。重さもほとんど感じない。リトルフットが盗賊や斥候に向く、などといった話にも頷けるというものだ。それにしても…

「あなたが私に絡んでくるとは珍しい。グラッシーさんはどうしたんですか?」

 カイワレはグラッシーとコンビを組んで冒険者として活動していることも相まって、ケイとは距離がある団員だ。ケイ自身もドルファーやアルレットと共にいることが多く、同じトワゾス騎士団内でもグループが生まれはじめていた。珍しいことではない。ゲームであった頃もろくにVC(ボイスチャット)したことがないメンバーはいたのだ。

「グラ姐は女の子達に囲まれてご満悦だし、タルさんとかアルレットちゃんとももう話飽きちゃったよ。もう半月は一緒にいるもんねー。こう長々と一緒に居られる機会も珍しいし、団長ともこうりゅーしとこっと思ってさぁー」

 間延びした口調で気が抜けてくる。話し出すと延々と止まらないタイプなのだろうカイワレは頭の上から会話を続けてきた。

「団長って絡みづらいもんねぇー。ラーイーザ様もそう思うでしょ?」

 ラーイーザが僅かに揺れる。屋敷内での会話のせいでケイは未だに避けられていた。ここに来るまで事務的な会話しかしていない。


「まぁ…そうだな。配慮が足りぬとは思う」

 言葉少なめだが、辛い評価だ。思えば団長としてはラーイーザの方が先輩なのだからケイにとっては多くを学べる機会だ。もっと打ち解けるよう努力すべきだったのだ。

「だよねぇ。アルちゃんには優しいのに、このカイワレちゃんには全然優しくないしさぁ…もっと甘やかしてよー」

 上からムニムニと頬を引っ張り伸ばされる。手を振り払うと、軽快に飛び降りたカイワレは笑いながら遠ざかっていく。

「…気を遣われたか」

 周囲の空気が目に見えて和らいでいる。シンティッラ騎士団の団員達もカイワレとのやり取りを見て、警戒を少しばかり解いてくれたのだ。それは横に並ぶラーイーザも同様だった。クスクスと笑う様は今までの表面的な笑みではなく、女性らしさを感じる。

「ああした者はどこにでもいるものなのね。私も世話になったものだわ…懐かしい。察するにあなた、団長としての経験が浅いのでしょう?」

 カイワレの姿に思うところがあったらしく、ラーイーザの方から話を振ってくれる。

「ええ良くわかりましたね。前任のオヌライス卿から託されてから、まだそう経っていませんね」

「変わった名前ね?分かるのは当然よ…私にも経験があるもの。私が団長になったのは…15ぐらいだったかしら?」

(早いよ!?)

 元の世界にも天才というものはいた。だがいくら優秀でも、まだ年若いソレに組織を任せるかと言うと別問題になる。任命する側も下に付く人間も戸惑うのみならず、場合によっては任命される側にとっても面白くない。

 そうしたことを考えると、ラーイーザの経験はケイに役立ちそうにもなかった。

 すると考えを見透かしたかのように、ラーイーザは微笑む。

「ええ、分かるわけ無いわね。私にも星界人の率い方なんて分からないわ。でもとりあえず堂々としておけば、案外部下が勝手にやってくれるものよ?」

 そこまで開き直れるだろうか、とケイが考えていると真後ろから殺気が飛んでくる。

「…団長」

 アルレットだった。


 砂色の髪の元猟師は光の消えた目でラーイーザを見ている。

(アルレットの嫉妬の基準はよく分からんな?)

 最初はケイに近づく女全てなのかと思われていたが、アルレットがこういった反応を示すのはラーイーザだけだった。男としては嬉しくないわけでもないが、協調関係にある間は控えて欲しかった。

「ドミニャスさんが呼んでる。すぐ行く」

「え?決定済みですか?」

 いいから、と馬ごと引っ張られてケイは逆走していく。

「なんだ。慕われているのね。心配して損したわ」

 ラーイーザの声を背中に受けながら、ケイは護送兵のまとめ役である老人の元に向かった。


「アルレットは私がラーイーザ殿と仲良くしていると嫌ですか?」

 老人の元に辿り着くまでの間に少しばかり話をしてみる。ここのところろくに会話していなかったためだ。

「…嫌というのとは少し違うかな。団長を独占しようとか、そういうことは思ってない。けど…」

(健気だねぇ…この子は)

 見た目は大人の女性と変わりないのだが、中身はまだ成人したてだ。

 アルレットは仲間に加わって数ヶ月する内に成人していたのだ。もっとも、本人にとっての“大人”は単に成人しただけの存在ではないらしい。

 となると何歳なのか気になりはするが、女性に歳を聞くのは駄目だとグラッシーに言われているので聞かない。しかしこの世界における成人年齢は日本のそれより低い気がする。

 アルレットに慕われているのは、ケイにも分かっている。距離感は微妙な感じで男女の仲かと言われれば首を傾げてしまうが、男としては悪い気はしないものだ。

「あの人は団長の敵になる気がする」

 だからこそアルレットの言葉は予想外だった。てっきりラーイーザと仲良くなろうとしているのが気に入らないのだと思っていた。

「それは…なぜ?今のところ敵対関係になりそうもないですが…」

「分からない…けど、団長も女の人としてより敵としての方がラーイーザさんを好きでしょう?だからかな」

 敵としてのラーイーザ。それは確かに胸躍る存在だ。きっと血も凍るような戦いとなることだろう。

「なるほど…覚えておきますよ」

「…うん。変なこと言ってごめんね」


 夜…道中の宿が手配された宿場町で、バラボー男爵領からやってきた男衆は肩身を狭くしていた。形は異なれど抱いている感想は一致している。即ち、気まずい。

 シンティッラ騎士団は騎士でない者まで含めて50名程が派遣されてきているが、全員女性だ。半分ぐらいの数ならまだ喜べただろうが、ここまで人数差があると疎外感の方が大きい。

「にしても意外ですね…ドルファーは喜ぶかと思っていましたよ。初めて会った時下品でしたしね」

 それも男のコッラチドに対してだ。そっちの気はこちらの世界では一般的なのだろうか。

「昔の話は止してくださいや…あっしはもっと割り切った関係が好きなんです。腐っても傭兵でやしたから、後腐れが無い方が楽で良いでやすよ」

 人に歴史あり、と言うがドルファーにも色々あるのだろう。禿頭の戦士は意外と知識も豊富で、結構重宝している。給金はケイの懐から出ているので、自由に使える立場なのも気楽だ。

「しかし男の側が寝込みを襲われるのを気にすることになるとは…個人的にはいつでも歓迎なんだが」

 兵士の一人が呟く。名前は知らないが、バラボー男爵領の騒動において不正に加わらなかった一人だった。

「お館様はフィアンマ王国とはしばらくの間、距離を離しておきたいとお考えだ。我慢せよ。未だ我らが領土は不安定だからな」

 厳しい声は兵士たちの取りまとめ役、ドミニャスだ。歳の割に厳つく、貴族の従者をした経験もあるこの老人はリンピーノの当面の懐刀となるべく雇われた新規雇用の幹部だ。

 兵士たちはやる気なさげに応えている。後から来た者が上に付くのだから、兵士達も面白くはあるまい。


「ドミニャスさんも苦労しますね…苦労といえばタルタルさんへの差し入れはもう届けてくれましたか?」

 タルタルはこの場にいない。護送車に付いていないとマリユーグが騒ぎ出すためだった。あの自称貴族のブレない態度にはもはや感銘すら受ける。

「ええ、先程。あの方には全く頭が上がりませんな。ドワーフというのはもっと偏屈な者達かと思っておりました…おっと、失礼でしたな」

 この世界におけるドワーフもファンタジーにおけるステレオタイプと同じらしい。ならば我慢強く礼儀正しいタルタルは確かに異質だろう。最初は無理をしているのかとも思ったが、どうも素でそうらしかった。


 皆が銘々勝手に話しているのを聞きながら、ケイはボンヤリと内に沈んでいく。

 何気ない会話から思考が飛んで行くのが、この旅における癖のようなものになっているのだ。

 ドワーフと言えば魔石を掘り当てておかしくなったドワーフの一族などは、未だこの世界にいるのだろうか?

 敵の癖に妙に苦労してそうだったリザードマン達は?

 カマキリのような姿に変えられた無辜の民たちは今もあの姿のままなのか?

 どれももう遥か昔の記憶のようだ。オヌライスの顔はおろか、父母の顔さえもう朧げだ。

 敵が出てこないというのは本当に退屈だ。暇だ。


「…本当に何もないとは思わなかったですよ」

 景色と時はあっさりと流れていってしまった。

 ヴェント王国の南端、ルーチェ国へと続く関所でラーイーザに語りかけた。手続きの間、手持ち無沙汰になってしまったのだ。雑用はドルファーが進んでしてくれているため、やることもない。

「当たり前でしょ。何事もないように手配したんだから…まぁ敵が出てきたほうが達成感があるのは認めるけど」

 時折、話をするようになってからはラーイーザとも大分打ち解けてきたように思う。アナーバ同盟の民が元々気さくなためというのもあるだろう。

 彼女が故郷では子爵であり、独自の爵位“炎子”は子供っぽくて名乗りたくないことや、シンティッラ騎士団が世間でどう思われているかなども聞いた。

 どうもアルレットの心配は杞憂で終わりそうだった。


「書類全て確認が取れました。通行を許可します」

 ルーチェ国の国境警備兵が駆け寄ってきて言う。ヴェント王国側の兵士達は礼を捧げながら見送っている。

「いやぁアタシらって国境自由に出入りできるんっすね。考えてみれば昔も(・・)止められたことなんて無かったっすよね」

 なぜか手続きの列に並んでいたグラッシーが言う。情報収集をしていたのだろうが、単に列が出来ていたから並んでみただけなのかもしれなかった。

「それでもやはり関所は通ったほうが好感を持たれるようですね。しかし、我々も善人ばかりでもないのに大丈夫なんでしょうかね?」

 タルブ砦のラシアランもそうだったが、この世界のヒトには星界人だと判断をつけられる者がいるようだった。どうやって見分けがついているのか?未だに謎のままである。


「光都に着いたら随分楽になりっそうっすねぇ…ここまで来るまで長かったような短かったような?バラボー男爵のお屋敷も良かったっすけど」

「施設が使えたら…の話ですけどね。カイワレがプロヴランのギルド管理所を利用したことを考えると使えそうですが」

 特に転移門が使えるかは気になる。転移門は星界人が利用する、一瞬で各首都に飛べるワープゲートだ。それを利用できるとなれば、タルタルの探索もケイの金策も捗ることは疑いない。

 しかし、逆を言えば僅かに各地に転移してきているであろうプレイヤー達も同様に使えてしまう。非友好的である可能性を考えればいっそ使えないほうが良いのかもしれなかった。


 ルーチェ国に足を踏み入れる。思えばボウヌ連合を抜けてきた時は、わざわざ山脈を越えたために正式に入国するのは初めてだ。

 国の境を踏み越えるのは感慨深いが、特に空気が変わったりはしないのだった。

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