出迎え
二頭立ての馬車が見える。貴族や商人が使うような瀟洒な装飾が施されものでも、乗り合い馬車のような簡素な幌馬車でもない。窓と思しき部分には格子が嵌められ、車体は頑強な木材で四角く囲われている。金属で補強までされている念の入り用だ。正に囚人を護送するために相応しい、無骨な頼もしさを放っている。
周囲を取り囲むは白い甲冑の騎士達。その胸甲はやや膨らみを帯びている。全員が女性なのだ。華やかではあるが、雰囲気は剣呑だ。
この世界における騎士団はお飾りでは無い。スキルを駆使する精鋭の集まりと言っても良い。“力”を使用する適性があり、水準に達すれば平民からすら登用される可能性がある。
現れた一行を緊張した面持ちで見守るのはバラボー男爵領の兵たち。
そこから少し離れた屋敷のテラスから砕けた姿勢でケイを含めた3人が見下ろしていた。
「団長様。アレがそうでやすか…見るのは初めてです。見てくれが良いのは良いですが、実力はどんなもんでやすかね?」
禿頭の戦士、ドルファーが口を挟む。彼は現在ケイの従者とも小者とも言える立場にある。以前と違い、新調した鉄の胸甲を身につけている。いくらか実戦に連れ出したため、傷は付いているが。
「ああ、フィアンマ王国が誇るシンティッラ騎士団だな。名前通り華々しい」
ケイが答える。ゲーム時代の知識不足を補うため、リンピーノの書斎に篭った価値があるというものだった。質問に答えられなくて減る威厳など持ってはいないが、会話が円滑になる。
「ふん。少なくとも侮っていい相手では無いな。ここの兵を基準に考えれば、倍ぐらいの強さの者も混ざっているな。いやあの先頭の女は…」
視線の先の女。彼女のみヘルムも被っていない。燃えるような赤い長髪は闘争心の表れか。一際目立つ鎧と剣は淡い光まで放っている。
“二度目の変化”を迎えてからというもの、気配を探知する能力は上昇の一途だ。反面、魔術的な力を感じることは、半分以下のレベルであるカイワレにすら劣る。
「全部引っくるめて考えても…私よりやや上か」
その言葉に後ろから見守るアルレットは震える。狭い世界から出たばかりのアルレットにとって、カイワレを除いたケイ達3人の星界人こそが最強の存在だった。
それを上回ると、他ならぬケイ自身が認めた。そんな存在がいるなどと信じられなかったし、心情的にも認めたくは無い。ケイ達こそがアルレットの導き手にして英雄なのだ。とりわけケイは。
「…団長の方が強い!」
我知らず出した声は思ったより強く、ドルファーが首を竦めてしまった。
その声にケイは振り返り困ったように優しく微笑んでくれる。心安らぐ…が恥ずかしい。困らせるつもりは無かったのだ。
「大丈夫。本当に戦うなら負けるつもりはありません。だからそんな顔をしないで下さいアルレット」
頭を撫でる手は優しく、飛び上がりそうになるほど嬉しい。だがこれではまるで子供扱いだ。既に背丈は大人と同じでも、周りはそう見てくれないものだ。
早く大人になりたい、そうアルレットは強く願う。
「あー、お邪魔して悪いんでやすが…団長殿よりつえぇってんなら、ありゃ音に聞く“炎剣”様じゃねぇですかね?」
「エンケン?知っているのかドルファー?」
手が離れて不貞腐れているアルレットを横目に問いかける。この元不正傭兵は意外に物を知っている。
「むしろ何で知らないんでやすか…“炎剣”ラーイーザっていやぁフィアンマの誇る英雄でやすよ?」
意外な名前にケイは目を丸くする。広くなりさらにゲーム時代より10年ほど経過しているこの世界で、知った名前が出て来るのは久しぶりだ。
「いや…ラーイーザなら知っている。アナーバ同盟のフェンサースキル教官だな。しかし…随分変わったな」
所属が違ったので利用したことこそ無いが、クエストで会話したり掲示板などに貼られているグラフィック集を見たことがあった。年若過ぎる天才剣士…俗に言う“美少女剣士”として有名だった。中堅規模のMMORPGであった『トライ・アライアンス』において、プレイヤーでない人間の目にも入ることがある数少ない一人でもある。
(それにしても…本当に変わったな。かつてのファンが見たらどう思うだろうか?)
言われてみれば特徴は残っているが、既に成熟した女性になっている。長い髪を左右にまとめていたはずだが、眼下のラーイーザはストレートヘアーだ。
眺めているとアルレットに抓られる。
観察することぐらい許してくれないだろうか?
「リンピーノ殿も出てきたな…そろそろ降りましょう。彼ら護送団に引き渡す物資もありますしね」
当のラーイーザは噂されていることなど露知らず。この地の主、リンピーノと見えていた。
「これはこれは…名高いラーイーザ殿が来られるとは。今日という日は当家の誉れとなるでしょう」
一言で言えば繊弱、というのが事前の情報だった。だが実際に会えば確かに線は細いが、ふてぶてしさが目て取れる。
今回の護送の対象、マリユーグという賊を確保したというのもこれなら頷ける。敵を捕らえる、というのは殺すより難しいものだ。
(大方、智者を侮って見誤ったのだろう。これだから老人共は!)
ラーイーザは内心で毒づく。故郷であるフィアンマ王国…元炎の部族を率いる長老たちは頑迷だった。そもそも彼らが生まれた時には既に部族制で無くなっていたのにも関わらず、未だに文化の継承者を気取る連中だ。信じるに値しない。
しかし、そこでラーイーザは思い直した。バラボー男爵リンピーノが仕えている風の部族…ヴェント王国からも侮られていた可能性がある。ヴェント王国とフィアンマ王国は似た気風の国なのだから。
リンピーノが数ヶ月前まで本当に風評通りの男だとはラーイーザに分かるはずも無かった。
型通りのやり取りが終わると、ラーイーザは感覚を研ぎ澄ます。あり得ないとは思うが、男爵から襲われる可能性は否定できない。フィアンマ王国とヴェント王国は仲が悪いためだ。どちらも尚武の気風なのだが…いや、だからこそ悪い。
シンティッラ騎士団が派遣されたのもその現れだ。ヴェント王国はプロヴラン王国と国境を接しているため大陸中央の文化からの影響が強い。中央風の騎士団であるシンティッラ騎士団を派遣して文化的にも優位だと示したかったのだろう。
男爵の屋敷内の気配を察知してラーイーザは驚愕に包まれた。強大な存在が3つ!正直に言えばラーイーザよりはやや劣る印象だが自分と比較になる対象など、そうそういるものではない。
幼い頃から戦場に出ていたラーイーザは自身の武勇に強烈な自負を備えている。それだけに驚愕が大きく、思考が乱れる。
(まさか本気でこちらを害するつもりか!?いや、そんなことをしても何の得にもならないはず…。そのはずだ)
目の前の男爵はラーイーザの内奥を知ってか知らずか微笑んでいる。その憎らしい笑顔に隠された思惑は…。
(そうか。この男爵領の力を示す示威!まさかにヴェント王国の代表闘士をかき集めるはずもない。このバラボー男爵の人脈か!)
バラボー男爵からすれば、シンティッラ騎士団の方が外から来た得体の知れない連中に他ならない。ラーイーザの感知能力を考慮に入れての脅し…。なるほど、侮れない!
もっとも、リンピーノにそんな思惑など無かった。純粋に有名人の来訪を光栄に思っていただけだ。ついでに、手に負えないマリユーグが離れていることを喜んでもいる。
友人が離れていくことは惜しいが、根が貴族のリンピーノにとって四六時中一緒にいることの方が不自然だった。親族でさえ意外と会わないものなのだ。
「それでは…約定通り物資の補給と休息の場をよろしくお願いする。そちらも兵を出すということなので、今のうちに面通しもしておきたい」
ラーイーザの険しい顔は凛々しくも美しい。赤い髪も相まって彼女こそが一本の剣のようだ。自分があと20年若ければ放っておかなかっただろう。
「ええ、もちろん!急ごしらえではありますが、宿舎も用意してあります。わずか一日ではありますが、羽を伸ばしていただきたい」
日が落ちてから、晩餐の席でケイ達はラーイーザと顔を合わせた。
今まで出会った人間はゲームであった頃には存在しなかった存在だった。面食らうこともあったが、だからこそ逆に接しやすかった面もまた多い。
だが、ゲームに存在したキャラクターとどう接すれば良いのだろう?キャラクターという考えをまず捨てなくてはならないだろうが、彼女との面識はどう設定されているのだろうか?疑問は尽きない。
「腕が立つ戦士がいる…とは感じていたが、まさか星界人とは。男爵殿は顔が広いな」
どうやらケイ達が魔力にせよ、武力にせよ、存在を感知する力を身につけたようにこの世界の住人もそれを備えているようだった。
こうして面と向き合えばラーイーザの存在は圧倒的だ。肉体に備わっていた戦士としての本能が逃げようだとか、戦いだとか頻りに相反する感覚を訴えてくる。相手の方が上なので逃げたい気持ちのほうが強い。
簡単な自己紹介が済んでから、歓談が始まる。
「騎士などとは名ばかりで。礼儀がなっていないのはご容赦いただきたい」
「構わないさ。我らシンティッラ騎士団も創設されてそれほど経っていない。大陸中央の文化にあやかって作られた組織だからな」
綺麗な声だ。男性のような口調も嫌味にならない。様になっているとはこのことか、そうケイは感心する。
敵対したいわけでもないが、先を考えればこの時点で親しくなりすぎることは避けたい…そう考えていたが、硬質な響きの声を聞けば無駄な心配のようだ。男としては残念だが。
「それはありがたいですね。それにしてもお美しくなられましたね。以前お会いしたときも可愛らしくはありましたが」
適当なお世辞である。褒めておいて悪いことはない。
「時は流れていくものだからな。…待て。貴公…貴殿と面識があったか?」
「ええ…10年前に。といっても2,3度お会いしただけなので覚えてはおられないでしょうが」
ラーイーザの表情が少し柔らかくなる。今の言葉は嘘ではない…クエスト受注の時と報告の時なのだから。
「そうか。10年前…。共に戦ったともがらを忘れていて申し訳ない。物覚えは良い方なのだが…星界人とはもう長い間出会っていなかったからだろうか?」
どうも上手いこと解釈してもらえたようで、中々良い会話になっているのではないだろうか?そう思ったケイはさらに言葉を紡ぐ。
「私も先程見た時気付きませんでしたからね…昔は髪を左右でまとめていたでしょう?」
突然、ラーイーザが机に突っ伏してしまった。
ラーイーザは屋敷に入るにあたって、自身と比肩しうる者達と戦う覚悟さえ固めていた。だがまさか自分の過去が襲ってくるとは思わなかった。
過去の自身の姿を思い出すと身悶えしたくなる衝動が襲ってくる。当時はあの格好がお洒落だと思っていたのだ!まだ慣れない戦士としての役割に気を張っていた姿と合わせると、背伸びした子供そのものだと気付いたのは戦乱が終わってからのことだ。
必死に息を整える。我ながら何故、ここまで恥ずかしいのだろうか?
「あなたが星界人の同胞を激励する姿には心が温まったものです。確か『どうしてもって言うなら、また会ってあげてもいいわよ?』でしたか」
「ぐわぁぁぁ!?」
追撃が来た。とうとう堪えきれずに叫んでしまった。
「た、頼むその話は…勘弁してくれ。特に部下には…内密で…お願い…」
息も絶え絶えな様子になってしまったラーイーザを見てケイは首を傾げる。なぜこうなってしまったのだろうか?最初は良い感じだったのだが。
「やっぱり団長って激烈アホっすよね。成長したから交渉任せたアタシらは馬鹿っすけど」
グラッシーからも不評なようだ。おかしい、かつての設定を練り込んだナイス会話だったはず。
「まぁまぁ…団長に悪気は無いんですから。むしろ根っこが変わっていなくて安心です」
「…?」
タルタルは苦笑し、アルレットとリンピーノは話について行けていない。
「ま、まぁ貴殿らの腕の程は顔を合わせて分かった。貴殿らが護送に加わってくれるのなら、襲撃されても問題はないだろう。明日からよろしく頼む!」
まだ顔が赤いラーイーザが逃げるように締めくくって晩餐は終わってしまった。
「結局、何が悪かったんだ…?」
少年時代に特に暴走すること無く、地味だったケイは最後までよく分かっていなかった。