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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
30/54

節目

 廃鉱山から少しばかり離れた廃墟。そこに怪しげなローブに身を包み、フードを目深に被った人影があった。質素な布に身を包んでも、豊かな肉体の線が見て取れる。

「やれやれね。頭を使うのはジークシスの領分なのだけれど」

 フードを被った女が呟く。身動ぎすると、艶やかな黒髪が溢れる。魔将の一人であるルムヒルトだった。


 彼女を良く知らない人物なら意外に思うことだろうが、ルムヒルトは策略に長けていない。相手を蠱惑し堕落させたり煽ったりすることは得意なのだが、ソレに方向性を持たせようとすると上手く行かない。

 もっとも、そうした意図が無いからこそ男は彼女に喜んで騙されるのだが。

 ルムヒルトはとにかくかき乱すだけが本来の役割なのだ。その結果できた混乱にどう乗じるかはルムヒルトが考えることでは無かった。

 大陸の遥か西方にある魔軍の地からルムヒルトが再び南方…アナーバ同盟の支配域に戻ってきたのは、ひとえに彼女の主にして可愛い妹分の願いを叶えるためだ。

 それはかつてルムヒルトが唆して行動を起こさせた男…マリユーグと話がしてみたい、というものだった。


 ルムヒルトはこめかみを揉んで頭痛を振り払う。

 全く、我が妹ながら訳が分からない。マリユーグはルムヒルトからみても稀代の大馬鹿だった。数多の種族を分け隔てなく愛するルムヒルトからしても、時折閉口する程度には。

 そしてそんな馬鹿だからこそ魔軍の王の興味を惹いてしまった。

 

「あの坊やと見えることになるなんてね。運命の赤い糸でも付いていたかしら…?」

 マリユーグを奪いやすくするため、揉め事を量産していたのだが意外な遭遇だった。彼らがマリユーグを捕らえてしまい、その屋敷の警護を怠っていないから困っていたのだ。ルムヒルトとしては彼らと争うのは避けたい。移送先で奪うことにしていた。

 性能的に言えばルムヒルトは彼ら…星界人のソレを大きく上回る。4人(・・)ぐらいまでなら相手にできるはずだ。

 だが、気を抜けば命を奪われるだろう。重要なのは彼らの牙がルムヒルトに届き得るということだ。ギスヴィンなら喜ぶところだろうが、彼女にそんな趣味は無い。

 次はもっと穏やかに話したいものだ。そう考えながらルムヒルトは慣れない行動を再び開始した。



 馬に揺られて進む。馬の後ろには廃鉱山で頂戴した人力車がくくりつけられており、臨時の従者コッラチドが舵を取っている。

「いやぁ喜んで貰えて良かったねえ!コッラチド君」

 山賊達は倒され、奪われていた物資もある程度は戻ってきたのだ。この地の領民と家令の喜びは大変なものだった。善行である上に、ケイの趣味とも一致していてたまらない達成感を味わえた。老騎士とは相変わらず会話にならなかったが!

「はぁ…そうですね」

 だというのにコッラチドの返事はつれない。精一杯親しみのある上司を演じているのだが、妙に距離を取られている。なぜだろうか…?

「それはそうと団長殿。その人を本当に連れて行くんですか?どうも信用できないのですが」

 その人…というのはケイの馬を引く禿頭の男。山賊達に買収されていた傭兵の一人だった。

「へぇ…旦那方に信じていただけないのは無理もありやせん」

 時代劇の端役じみた話し方をするこの男は名をドルファーという。


 不正を働いたドルファーは傭兵の組合のようなものにあっさりと切り捨てられた。昔の伝手を頼ってコッラチドが報告したためだ。

 後の処遇は一任されてしまったのだが、さてどうしたものかと悩んでいると本人から意外な申し出があった。もし許されるなら真っ当にやり直したい、と。

「あっしは団長様の強さに惚れ込みやした。端に加えていただけるのならありがてぇ。…言えることはそれだけでやす。言えるような身分でもないってのはまぁその通りでありやすが」

「もう一人のお仲間を置いていくような男の言葉とは思えませんね」

「仲間ってほど親しくもありやせんでしたが。旦那方の悪口しか言わねぇもんですから」

 ケイによって背中を負傷したもう一人の男。髭面傭兵はそのまま騎士領に置いて行かれていた。恐らく碌な末路が待っていないだろうが、気にすることでもない。領民次第だ。

「まぁ本人が更正したいって言うんだから良いじゃないか。裏切ったら地獄の果まで追いかけて首を飛ばすし。物理的に」

「光栄でやす」

「面倒見るのは団長殿ですから、別に良いですけどね…。男爵様が何と仰られるやら」

(リンピーノは何も言わないのでは無いだろうか。というか犬猫を拾ってきた見たいな話になってきた…)

「まぁその辺の話もあるし、早く屋敷に戻るとするか。人力車押そうか?コッラチド君?」

「いえ!結構です!」



 ボウヌ連合の盟主国、プロヴラン王国。その首都にあるバルリエ伯爵の屋敷では男と女が向かい合っていた。

「北のウガレトが落ちた。魔軍の復活は真実だったらしいな…陛下はさぞご心痛のことだろう」

 金髪碧眼の美しい青年はこの屋敷の主。貴族派閥の再興を担い主導するアルジェフ・ド・バルリエ、その人だった。言葉とは裏腹に、声に労りの響きは微塵もない。

「ボウヌも騒がしくなる。ウガレトに集っていた亜人種共は半壊といった様子だと報告も来ている。連合も一枚岩ではない。カラス共が動き出すだろうよ…その時こそ貴方の出番だ、期待しているよ?」

 アルジェフが手ずから茶を注ぎ、卓上に置く。貴族としては破格の敬意の示し方だ。

 だが、声をかけられた黒髪の女は無造作に足を投げ出したままだ。


「言われなくてもやるさ。NPC共がどうなったって知ったことじゃない」

 口から紡がれた声は顔と一致しない。男の声なのだ。

 アルジェフは嫌悪の表情を隠したまま微笑み続ける。学者共は魂の不一致が原因だとか言っていたが、気色悪いことに変わりはない。それだけでなく、この女にはおよそ貴族に対する敬意という物が欠けている。訳の分からない呼び名は蔑称だと、アルジェフは考えていた。

「にしても北が落ちたねぇ…じゃあ“闇夜のフクロウ”も“ヒュペリオン”も来てないんだろうな。勿体ねぇ」

 ブツブツと何事か呟く女。

 蔑まれているのとは違うか、とアルジェフは思い直す。この女に自分は見えていないのだ。アルジェフが平民達に笑顔を振りまきながら、内心石塊と同程度の価値しか認めていないように。この女にとって自分は“平民”なのだ。

 ドス黒い怒りをぶち撒けるのを懸命に堪える。この女も含め、“銀狼”の戦力は重要だった。この連中がいなければギルドマスターや騎士団長達に圧力をかけられなかっただろう。

 要はコイツらは喋る包丁なのだ。好きに喋らせて俎板に持っていけばいいだけだ。刃が欠ければ捨てる。

 最後までアルジェフは微笑みを崩さなかった。



 現在各勢力から噂される魔軍…その本拠地では穏やかに事態が進んでいた。

「…で、僕はギスヴィンを止めてくれば良いのかい?僕としては皆の自主性を重んじたいのだけれど」

 奇妙に捻れた顔を持つ魔族…ジークシスは断続的に音を洩らす。口も捻れているために息が笛のように様々な音を奏でるのだ。親しいものならそこから感情が読み取れる。

「我の計画は大事してくれぬのですか?わざわざウガレトを半壊で留めたのは各勢力の共食いを狙ってのこと。ギスヴィンを南下させるのはその後です!全くルムヒルトめ、子供かアイツは!」


 ボウヌ連合は強大なプロヴランを中核とした小国の群れだ。餌を横に放り投げてやれば必ず群れから外れる者が出て来る。特にウガレトと国境を接している国々だった。

 ウガレト部族は部族など名前だけのこと。その実態は亜人種の集落の集合体だ。隣接する国の住人は文化も見た目も違うリトルフットやエルフを畏れ、嫌っている。そこを突くはずだった。

 協定に違反した国をどうするかプロヴランは揉めるだろう。内部が乱れればボウヌ連合は揺らぐ。連動してアナーバ同盟も浮足立つ。

 だと言うのにギスヴィンは好敵手を求めてさっさと出撃してしまった。それもこれもルムヒルトが連絡を子供じみた感情で怠ったためだった。ルムヒルト自身も最後の一押しに使う予定だったと言うのに姿が見えない。


「ルムヒルトの役目はサキュバスやバンシーで代用するにしてもです!今ギスヴィンが出ていってはまた団結されてしまう!」

 苛立ちが頂点に達すると、ジークシスという名の笛の音色もまた激しくなる。

「あっははっは!そうしているとまるでヤカンみたいだねぇ」

「王!」

 笑い事では無い。王の協力によって生まれた新技術を考えても、魔軍の兵力はかつての半分程なのだ。おまけに魔将の一人は引き篭もったままだ。何もかもが苛立たしいが、努めて平静を保つ。

「王…王よ。ギスヴィンが南下する機会はいずれ必ず訪れるのです。自主性を邪魔したことにはなりません。それに王がお気に入りの星界人達も困るのでは無いですかな?」

 子供に言い聞かせるような口調になってしまう。見た目も年若いが、自分より強大な存在がいないためなのか王の言動はまるで人間の少女のようだった。

「んー。分かったよ、止めてくれば良いんでしょ!」

 王が音もなく飛び去る。魔力の波動すら感じない、驚くべき御業だ。

「全くあれだけの力を持ちながら…次の王になどなりたくないものだ」

 胃が痛む。次の研究は薬物にしよう。そう心に決めながらジークシスは肩を落とした。



「おかえり、と言って良いものかな友よ。その様子だと無事達成できたようで何よりだ。コッラチド、君もご苦労だったな。我が友の従者は大変だっただろう?」

「頷いていいものなんでしょうか…実入りは多かったですけどね」

 問題児のように言われるのは心外だ、とケイは思う。失点は魔族の女に逃げられたぐらいで、それもただの偶然による遭遇だ。

「タルタルさん…男爵の護衛は大変だったでしょう?」

 やり返すべく、リンピーノの横に立つ同胞に話しかける。ドワーフなので小柄だが、武装して直立する姿は何とも頼もしい。

「ノーコメントで」

 元の世界からの友人は実にそっけなかった。


 コッラチドが下がってから簡単な報告を終え、お土産を渡す。山賊の長が持っていた魔法の剣だ。

「これは見事な!家宝にしてもいいだろうか?」

 どうぞ、と言いつつもケイは考え込む。

(貴族でも喜ぶか…この世界の物の価値を勉強しないとなぁ)

「君には貰ってばかりだな友よ。返せないほど恩が積もっていくな…さて、帰還を祝う宴の前に知らせておくことがある。タルタル殿」

「ええ、伯爵。団長が不在の間に同盟からの使いが来まして、マリユーグを移送する場所が決まりました。…ルーチェ国の光都にある同盟裁判所での審議になるとか」

 …久しぶりに馴染みのある名前が出てきた。光都はアナーバ同盟を選んだプレイヤーの開始地点になる都で各種施設が存在する。

 ゲーム時代の所属はボウヌ連合だったため、それほど利用したことはないが行ったこともある。壮麗な白い都市だ。

 かつてのシステム通りなら倉庫はアカウントで共通。プロヴラン王国で預けた資産も引き出せるはずだ。是が非でも行って試す価値はあった。

「1ヶ月後にフィアンマ国から護送する部隊が来る予定だ。我々の側からも礼儀上何人か出すが、それに加わってもらうことになる」

「1ヶ月もかかるのですか?」

「…他国からここまでどれぐらいかかると思っているんだね、友よ。一人で動くのとは訳が違うし、馬を駈けさせ続けるわけでもない」

 やはりこの世界は相当広いようだった。


 帰還の宴は盛大では無いが、気配りのある心地よいものとなった。老いた料理人の作る鶏肉の煮込みが特に舌を楽しませてくれる。料理名が分からないが。

「…で、結局その女は取り逃がしちゃったの団長」

 緑髪のリトルフットが豆を齧りながら言う。リスのようだ。

 宴にはカイワレとグラッシーも加わっている。冒険者活動が忙しいと思っていたのだが、素材の乱獲でしばらく活動自粛を食らったらしい。

「取り逃がして良かったかもしれませんね。ついカッとなって斬りかかっちゃいましたが、アレは私より格上です」

 リンピーノが気を遣って離れてくれているため、完全に内輪話のノリだ。アルレットは酒を口にした後すぐケイにもたれ掛かって寝てしまった。


「んー?アタシらより明確に上で女の魔族となると限られるっすね。“ヴァンパイアクイーン・ミザ”とか。あ、ワイン取ってタルやん」

 酒を凄い勢いで飲むエルフってどうなんだろうか。眼鏡と相まって凄いシュール。

「“堕落のルムヒルト”とかもいましたね。メインのストーリーラインで出会すので皆見たことがあるはずですが」

 わざわざ持ってきてもらった高めの椅子に座って骨付き肉を齧っているタルタルが言う。豪快な仕草が似合うのだが、髭に油が付く度に布で拭いていて大変そうだ。

「あぁーあの設定画がエロイので人気があった敵っすか。“ミザ”は銀髪で、“ルムヒルト”が黒髪っすから会えば分かりそうっすね。…しかし敵もフードで顔隠したりするんすねぇ。地味に洒落になってないっすよ」

 確かにその通りだった。人混みに紛れて不意打ちなぞされようものなら、一巻の終わりである。


「あたしは会ったこと無いなぁその人達。でも、不意打ちとかその辺り大丈夫じゃない?。なんか目眩した日から魔物とか獣の気配分かるようになったんだけど」

「…僕だけじゃなく皆さんも目眩を?」

「アタシは酒飲んでたんで、てっきり酔ったのかと思ってたっす」

「グラッシーさんはこの際放っておくとして…星界人は全員目眩を感じたわけですか。私はスキルが異常に強力になってましたよ。タルタルさんの言じゃないですが、本当にいるかもしれませんね“黒幕”」

 全員で唸る。いたとして、そんな存在を相手にどうすればよいのか。世界の法則を弄れるのであれば、戦うなど夢のまた夢だ。ならば対話…もどうなのか。問答無用でコチラを異世界に引き込むようなやつだ。話が通じるかどうか。



「酒ついでに聞きますけど。皆さんは最終的にどうしようと思ってますか?僕は帰りたいと思います…家族いますし」

 ついでと言う割に真剣な表情だ。いよいよそのことについて語るとなれば、酔いも覚める。

「私は…」

「あ、団長。先に言っておきますが、我々が巻き込まれたのはあなたのせいじゃありませんよ?…私は“黒幕”の存在をほぼ確信しています」

 先手を取られた。内心などタルタルにはお見通しだったらしい。恐らくかつての世界における経験の違いだ。

「妄想と言われればそれまでですがね。そもそもサーバーメンテナンス時にログアウトしていないのはノーマナー行為です。表面上は礼儀正しい団長がそれを提案したのもおかしいですし、我々が乗っかったのもおかしい。端的に言えば私は全てを疑っています。皆さんとの友情以外は」

 タルタルは一拍置く。細かい手の動き、力強い声。その一挙一動には彼がここまで抱え込んできた感情が篭っている。

「ですから聞きたいのは皆さんの本心です。意見が分かれたからといって敵対するわけでもなし」

(やはりタルタルさんが団長やった方が良かったんじゃないか)

 ケイの中で少しづつある考えが育ってきたが、芽吹きは先になる。まずは本音を語ろう。


「私は…残りたいですね。アルレットやドルファーに対する責任もありますが、この世界は楽しい。元の世界でも代わりが効かないような人間でも無かったですから。同時に黒幕さんの顔も拝んでみたいので、タルタルさんを“援助”しようと思っています。それで結果、戻ることになるならそれはそれで。前よりはマシな人生が送れるでしょう」

 我ながら欲張りかつ投げやりだ。要は全部欲しいし、どうなっても構わない。

「うわーマジ話ハズいっすねぇ。アタシは正直どっちでもいいんっすよ。別に答えを決めてないわけじゃなく、本気でそう思ってるっす」

「うーん、あたしも残りたいかな?見てないものもいっぱいあるし、こんな体験普通できないっしょ」

 意外と帰りたいと願う側が少数派になってしまった。特別な人間になれる機会が転がっていれば当然とも言える。


「ありがとうございます。僕は…」

「あー抜けるのは無しですよ。タルタルさん」

 今度はコチラが先手を打つ。ニヤニヤしながらグラッシーが眺めている。カイワレはケラケラ笑う。

この流れでタルタルが何を言おうとするかなど、誰でも分かる。

「黒幕さんがどこにいるか分からないのに抜けてどうするんっすか?思い詰めすぎっすねぇ、タルやんらしくもない」

「あたしとグラ姐とか冒険者との二足のわらじってやつだしね」

 成長したのか、元からこうだったのか分からないが気持ちのいい仲間たちだ。

「先に言われてしまいましたね…さっき言ったでしょう?援助する、と。」

 タルタルは呆然と立ち竦んでいる。余程思い詰めていたのだろう、その落差だ。


「帰る場所、情報を共有する場、安心して羽を休められる家を作ります。…私は“トワゾス騎士団”を本物の騎士団にしてみようと思っています。手伝ってもらいますよ?タルタルさん」

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