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アライアンス!  作者: 松脂松明
序章
3/54

友人と共に

 会社面接でも、ここまで緊張したことは無かっただろう。身体はガチガチに強張り、足は興奮と恐怖で震える。

 それでも、足は止まらない。止めてはならないのだ。この先には打ちひしがれている友人たちがいる。ケイにとって大事な存在。ゲームの中の友人が現実よりも大事なのか、そう世界の人々は笑うかもしれない。だが言わせておけばいいことだ。


 “溜まり場”の入り口で、深呼吸する。

 情報を出来る限り集めては来たが…何と語りかければいいかは、未だに分からない。先の実験が情報と呼べる程のことだろうか?さらに絶望したらどうする?

 心がしっかりと定まり不動などというのは選ばれた者だけの特権だ。常人であるケイの心は波のように定まらない。心が停止を訴えかけているが、不思議な事にそれでもと逃げることは浮かばない。


(出たとこ勝負なんて、性に合わないことこの上ない)


 だが、やるのだ。ケイは、生まれて初めてやるべきことに挑戦している気がした。


 意を決して、目覚めた場所に足を踏み入れると、二人は未だにそこにいた。

 今までのケイでは、逃げるのが精一杯だった。では今までとは違うやり方でアプローチすべきだ。

 説得するか?駄目だ、ケイが掴んだ情報には、この世界から抜け出す方法はないし、そんな話術はない。

 演説のようなことをしても、上滑りするだけだろう。

 ならば、取れる方法は一つだ。他の誰かなら、もっと良い方法があるだろうが、今この場にはいない。


 話をするべきは、まずグラッシーだ。彼女は、少なくとも現状を人に伝えるだけの理性があった。素の性格は勝ち気なようだから成功すれば、打ちひしがれているタルタルに対しても協力してくれるだろう。

 ケイが入ってきたことに気付いたグラッシーは、疲れた瞳で見上げてくる。ケイは勢いをつけて近づき…


「ありがとうございました!」


 そのまま滑り込むように、土下座をした。



「は?え?いきなり何してんのアンタ!?」


 グラッシーは、目を丸くする。それはグラッシーが抱いていたケイのイメージとはまるでかけ離れたものだった。この状況で、気が触れたのかと思ったほどだ。


「…最初にグラッシーさんが、これは夢ではないと教えてくれなければ、私は取り返しのつかないことをしていたかもしれないでしょう。そのことに対するお礼です」


 ケイはそう続けた。声は震え、体勢と相まって情けないことこの上ないはずの姿だが、不可視の気迫がそう思うことを許さない。

 教えるなどと…グラッシーにはそんなつもりは無かった。あのときは、ただケイに状況を叩きつけてやりたくなっただけだ。自分と同じような混乱をおすそ分けしようという暗い目的だ。

 だがどうもケイはそれに光を見出したようだった。


 ケイはとうとうと語り続ける。この建物において、できるだけの検証をしてみたこと、その成果。そして、叶うなら三人でこの先どうするかを考え、行動を共にしたいということを。

 …ケイが臆病なことは知っていた。だからゲームでからかっていたのだ。その彼が、変わった…いや変わろうとしている。グラッシーは座り込んでいる自分が恥ずかしくなってきて、立ち上がった。

 目覚めた彼に、現状を突きつけたのは絶望を共有する仲間が欲しかったからだ。それは暗い欲望からでたものだが、彼らを仲間と認めたかったからに有ることに変わりはない。


「ごめんなさい…随分とみっともなかったわね。キャラまで崩れちゃってるし…素はこっちなのよ、アタシ」


 仲間などというのは、この年齢になるとこっ恥ずかしい。しかし侮っていた男が自分の役割を果たそうとしているのだ。こちらも応えなくては女が廃るというものだ。

 彼の役割が団長ならば、自分はその団員。彼にできないことをしなければならない。それが好きでもないことでも。

 グラッシーは無造作に歩み始める。意識して、そうしているのだ。でなければできそうもなかった。

 向かう先は、未だに何事かをつぶやき続けるタルタル。あまりに痛々しい光景だ。こんな状況では無理もないことで、同情が沸き起こる。しかしそれを気合でねじ伏せ、タルタルのそばにたどり着いた。

 グラッシーが口を開く。


「いつまでそうしてんだオラァァァッ!」


 素の自分であってもしないような荒い口調の怒号とともに、蹴りを叩き込んだ。

 小柄とは言え鎧を着込んだ男が、吹き飛び、壁にぶつかる迄転がる様子を、ケイが呆然と見ているのが視界の隅に写った。やりすぎたようだが、もう後には引けない。



 タルタルは、突然の事態に理解が追いつかなかった。視界が回転し、衝撃が走る。痛みはないが。

 グラッシーに、暴力を振るわれたのだと気付いたのはさらに時間を必要とした。

 グラッシーが目を閉じた後、深呼吸する。そして先程と同じ意味の言葉を放った。


「いつまでそうしてるの?」


 いつまで?そうだ、座り込んでいたのは救いが与えられるまで。俯いていれば誰かが助けてくれると思っていた。そして、救いの時が訪れたのだ。望んていた通りのことだというのに、優しい救いではなかったことに怒りを感じる。


(僕が何をしたというのだ!こんな世界に、連れてこられて!仕事は!生活は!どうなるというのだ!?)


 気付けば、呟きは止まっている。無情なグラッシーに掴みかかる直前で腕を止める。


(なんて自分勝手なんだ僕は…)


 この世界に彼を“閉じ込めた”のは彼女たちではない。この事態はあまりに理不尽で受け入れることも、容認することもできそうにないが、それでも彼女を恨んでしまえばもう自分は終わりだ。

 ゲームで幾度も聞いた彼女たちの声は若かった。学生ではないようだが、それでも自分よりは年下だろう。鷹揚に振る舞っていたのはキャラ作りではない。年長者としての義務感のようなものだった。その自分が何もしなくてどうするというのだ。

 これがドッキリでも、なにかの超常現象でも、行動しない理由にはならない。

 呼吸を整えて声を絞り出す。


「すいませんでした…もう大丈夫です」


 この怒りは取っておくのだ、彼を理不尽に巻き込んだ存在に対して爆発させるまで。


「すみません…タルやん。蹴ってしまって本当に…」


 グラッシーが謝る。ゲームのときと同じような呼び方と先日までとは違う口調はチグハグな印象を与えてきた。

 互いに謝り合う状況に、苦笑が漏れる。この世界に“落ちてきて”初めて笑えたのだ。



 ケイは、二人が立ち上がったことで安堵の息を洩らした。…タルタルの目に宿った、暗い炎のような輝きは気になったが。

 正直なところ、元々賢くもないケイ一人ではこの世界で生きていくのは難しい。自身の生存にも、二人の力は必要不可欠だったのだ。ゲーム時代の知識も、処世術も、戦闘能力においても、三人揃ってようやく一人前というところだろう。


「…いきなりですいませんが、会議の真似事をしなければなりません。知らないことが、この世界には多すぎる。せめて現在の私達が何を持っているのかは知らなければ」

「それはそうっすね。…あ、口調は基本こっちで行くわ。『グラッシー』として過ごした日々だって、アタシの一部だって今は思うから…っす。あーハズい…っす」


 グラッシーの発言に静かに頷きながら、続ける。


「まず、行動は明日からにしませんか?時間経過で何が起きるかを知りたいからです…昼夜の別があるのかも、空腹や眠気が今の身体に起きるかも、外に出ていく前に調べるべきことです」

「腹が減るのは確定ですよ?もう減ってきていますから」


 タルタルの軽口から調子が戻ってることを察して、微笑みが浮かぶ。しかし、空腹があるということは問題だ。食料が安定して手に入らなければ餓死の可能性も出てきたのだ…実験する気にはならないが。

 ただ、それでも明日までは待ちたい。眠ればまた元の世界に戻っているという都合のいい可能性も消えたわけではない。


(何もかもが『可能性』か…いくら調べても確証が得られることはもう無いのかもなぁ…)

「あじゃあアタシからの提案っす。リーダーを決めたほうが良いと思うんすよ…アタシはケイくんを推します。というか元々団長だし」

「あ、いやそれは…」


 言っている意味は理解できる。未知の世界に向かう集団行動なのだから、いざという時強権を発動できる存在がいれば安心できるのだ。といってもデメリットもまた多いが。


「大丈夫っすよー。反対意見を出さないって訳じゃないし。ケイくんは、行動する前に少なくとも考えてはいるっす。それがデキる人って案外多くないのよね」


 口調が混ざったり戻ったりするグラッシー。それは現実における出来事の苦い記憶のためだろうか。


「僕は反対ですね」


 タルタルの断固たる口調に驚く。反対なのはリーダーを決めることか、ケイがリーダーという点か。


「騎士団なのですから、リーダーではなく団長が良いでしょう!」

「「そこ!?」」

「いや割りと真剣に大事だと思うんです。外の世界に人がいるとしたら、ギルド名を出す機会もあるやもしれないのですから…あ、団長はケイさんで」


 もう観念するしかないだろう。役職から代理が外れてしまうことになるが、オヌライスはなんと言うだろう。


「分かりました…。微力を尽くします」


 この言葉に、嘘はない。自棄が含まれてはいるのだが。



 話し合いは、いつまでも終わりそうも無かった。そもそもどのようにして、この異常事態に巻き込まれたのか分からない。外の世界がどうなっているか知るにしても、どこまで確認すればいいのか。結局知識と体験を積み重ねるしかないという、身も蓋もない結論に達したのだった。

 流石にそれだけでは…ということで目標、方針、目的は大雑把に定めた。


 既に日が落ち始めている。少なくともこの世界にも夜は訪れるようだった。

 こうなると、夜に備えて動き出さねばならない。タルタルは、マジッグバッグから寝袋とテントを人数分取り出した。


 『トライ・アライアンス』の数少ない独自性が、この野営システムとそのためのアイテム群である。その実態はMMORPGによくある焚き火などの、自然回復速度を上げるシステムのガワを変えただけではあるがゲームをプレイする人にとってはそこが大事なのだ。


 トワゾス騎士団の中でも、よりロールプレイ寄りの遊び方をしていたタルタルは、このシステムが好きだった。敵がPOPしない位置を選ぶ必要があったりするため、愛好者は少なかったが不便を乗り越える価値のあるシーンが演出できた。

 その光景をスクリーンショットで撮影して後から眺めたりすることも密かな楽しみだった。


「テント自動で組み上がらないのか…」


 声の方を見ればグラッシーががっかりして肩を落としている。面倒なのかと思ったが、テントが独りでに組み上がる光景が見たかったらしい。男の子のような感性をしているのは素でも変わらないらしい。

 ケイ…団長はできるだけ手早く組み立てようと躍起になっているが、ポールを組む位置が微妙にズレていて彼らしい。


(キャンプか、懐かしいものだ)


 不平をいう妻を説得して、キャンプ場に子供を連れ出したことがあった。父親としての威厳を持てるように事前に隠れて予習していたのを覚えている。その経験が幸いするとは分からないものである。

 タルタルが手を貸すと、テントはしっかりとした形になる。二人が子供のように尊敬の目を向けてきて、くすぐったい。

 いつまでも、こんな関係でいられるようにとタルタルは願った。



 テントの時の失敗を挽回しようとケイは灯りとなる【カンテラ】を相手に格闘していた。

 夜間での行動に使用する【カンテラ】はプレイヤーなら一人一個所有している。とはいえ細部まで観察したり、設定を調べたことがある者はほとんどいなかっただろう。

 どうやらコレは魔法か何かが働いてるようで、油を差す所も無ければ、灯芯も油皿も無い。中央部にはクリスタルのような物が入っており、LEDランタンに似ていた。

 どうやって発光させるのか苦心すること、10分ほどで底部を捻ると明かりがともった。ゲーム時代通りであれば、効果が消えることは無い。消す時も先程の動作を逆にすれば良いのだろう。

 夜がすぐそこに迫っていることに気付いたケイは急いで、点灯方法を二人に伝えた。


 【カンテラ】の明かりは、リアルの照明器具からすると弱々しい。それが不安を掻き立てる一方で、奇妙な満足感を与えてくれる。


(操作方法などを自力で見つけ出したためかも…)


 そう思いながら次は胃に満足感を与えるため、腰のバッグに手を突っ込む。どう見てもポーチ程度のサイズしか無いのだが、料理が皿ごと出てくるのはかなりシュールな光景だった。


 『トライ・アライアンス』のインベントリはマス制であるため、数量ではなく種類が多くなるとマスを圧迫していく。3人共メインストーリーは終わらせているため、バッグのマスは限界まで拡張されているはずだ。

 とはいえ嵩張るのは避けるのが基本なので、全員が料理・飲み物ともに1種類という有様だ。

 ちなみにケイが【ポテト】と【ハーブティー】、グラッシーが【アップルパイ】【フルーツジュース】。

 タルタルが【魚のフライ】に【特級ミルク】である。


 味があるのが救いだ。と思いながらタルタルは魚のフライを頬張る。何の魚かは分からないが白身魚ではあるようだった。


(もそもそしているし、あまり出来が良いとは思えない…。調味料欲しいなぁ…)


 調理アイテムが実際に腹を満たすことができるのは確かなようで、腹は膨れる。


(特級って…誰が認定してるんだ?そういった機関があるとか?二級ミルクとかあったりするのか?)


 元々飲み食いするのが好きなタルタルは、疑問に感じだしたら止まらない。

 周りを見ると、グラッシーとケイも微妙な顔をしている。

 ケイはポテトを口に入れながら「ケチャップ…」などと呟いていたし、グラッシーは「このアップルパイ甘くないタイプか…」と言っていた。


(団長のハーブティーはポットで出てくるのか…飲み辛そう。フルーツジュースはコップか。どうやってバッグの中で溢れなかったんだ?)


 ハーブティーが湯気を立てているのを見るに、魔法のバッグの中は何らかの保存もしくは保護的な機能が有るのだろう。有り難いことではあるが、とんでもない技術である。流石は魔法、なんでもありなのかと思わせた。


(ハーブティーいいなぁ…今ある料理は味が濃いものばかりだし、明日はミルクと交換してもらおう)


 どこかの人里にたどり着けるとしても、一朝一夕とは行かないはずであり、アイテムの交換は地味にいいアイデアだろう。だれかが提案しなくともいずれ自然と行われるだろうが、早い方がいい。



 物資の確認や、色々なことを話し合いながら夜は更けていく。

 グラッシーは、テントの中を無理やり分けてパーソナルスペースを作っていた。流石に異性と一緒は居心地が悪いため、双方が安堵する。襲うような趣味も無いのが幸いだった。

 明日が楽しみなような、不安なような気持ちを三人共抱きながら眠りにつく。精神的な疲労から、硬い床の上でも問題はない…泥のように重苦しい眠りが三人に訪れた。



 結果的に言えば、目が覚めても現実に戻っているような都合のいいことはなかった。三人は分かっていたことでも、暗澹たる思いにとらわれながら準備をして外に出る。

 外の光景を見ると、そんな思いは吹き飛んでしまった。感嘆の声が、三人から漏れる。


 外の空気は澄みきり、朝日が一面の緑を輝かせる。朝露の反射か、草原はキラキラと光り輝いている。


(昨日とはまた違った趣だなぁ…!)


 ケイが二人を見ると、タルタルとグラッシーは目の前の光景に圧倒されている。きっと昨日の自分もこんな表情だったのだろう。

 その時ケイは気付いた。自分はあの時、美しい光景による感動から異世界を受け入れることにしたと思っていた。だが、本当は“友達”とこの光景を共に見たかったのだ。そして、その機会はこれから幾度も訪れるだろう。


 旅が始まるのだから。

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