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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
29/54

山賊退治③

 山賊の長は誇らしげに腰に佩いた剣の柄を叩く。コイツを手に入れてからと言うもの、全てが上手く回りだした。コレをくれた奇妙なフードの女には感謝しなければなるまい。

 背後に続くのは大勢の手下ども。今朝方にねぐらを出た時に比べて人数は倍ほどにもなっている。

 今日の遠征は哀れな領民を脅すためでも、通行人を待ち構えるためのものでもない。近隣に居を構える他の集団の頭領に会うためだった。

 馬鹿なその男はこともあろうに剣での果し合いを望んだ。この魔法の武器を持つ俺にだ!

 結果はご覧の通りで、馬鹿が率いていた手下と財は俺のものになった。

 この剣にかけられた魔法は単純で、切れ味が増すだけのようだ。だが、それがかえって良い。炎の剣だの氷の剣だの手に入れても、扱えずに終わってしまっては意味がない。見た目が派手なのは良いが。

 それにしても自慢の斧がこの剣に切り裂かれるのを見たときの、あの男の顔!今思い出しても笑いが止まらないほどだった。


 突然笑い出す長を見て、山賊達は怪訝な表情を浮かべた。追従の笑いが無いことに気を悪くした長だったが、過去より未来に目を向けることにした。


 …そろそろ、拠点を移すべきだろう。敵なしの状態は心地良いし、苦労して作り上げたアジトを失うのも惜しい。だが、目立ちすぎた。老いぼれ領主がいくら兵や傭兵を送ってこようと問題は無いが、国に目を付けられれば流石に話は変わってくる。

 それぐらいの考えはお山の大将にだってあるものだ。そして、自分はお山の大将で終わる気は無い。

 問題になるのは手下共だった。魔法の武器を独占している自分のことを快く思っていない馬鹿がいるのは知っている。新しく加えた連中も内心穏やかでは無いだろう。

 そこで河岸を変えると言い出せばどうなるか。誰だって分かる。反乱だ。

 故に計画を明らかにする手下は忠誠心が厚いものに限定する。そして他の連中は近いうちに使い潰す。この地の財をかき集めさせる過程で全滅させてもいいし、囮にしたっていい。…いやいっそ同士討ちというのはどうだろうか?

 そもそもにして、領境を超えるのは簡単では無いのだ。関所が無い場所を選んで越えようと、この人数ではどうやったところで目についてしまう。

 頭数が減ることで、当初は活動も難渋するだろうが、金とこの魔法の武器があれば立て直すのは簡単だ。

新しい手下には、もっと忠実なしもべとなる者たちを選ぼう。そうすれば日が当たる世界で、栄光を手にすることさえ夢ではない。


 来るべき未来に思いを馳せてるうちに、根城に戻ってきてしまっていた。鼻薬を嗅がせた傭兵共は、今後どこまで役に立つだろうか?

 そんなことを考えながら廃鉱山前に足を踏み入れた彼の目に、予想も付かない光景が広がっていた。


「ははは!どうだい?コッラチド君!速いだろう!」

「昔オヤジにこうして遊んで貰いましたね…いや、ちょっ!?速すぎますよ団長殿!?死にます!」

 …信じられない速度で走る手押し車。それを押す騎士。載せられている兵士。縛られている傭兵。何一つとして山賊の長には理解できなかった。


 時は少しだけ前に遡る。


「それより…私はアレが気になっているんだ!」

 ケイ団長が指差したのは、武器庫の片隅。そこにあった四輪の手押し車だった。

「ああ…ビアですね。それがどうしたんですか?」

「ビア?」

 どうもケイ団長はああしたものを見るのは初めてのようだった。初めて会った時、なんちゃって騎士がどうとか言っていたが、意外にお坊ちゃん暮らしだったのかもしれない。

「まぁ…見ての通り4輪の手押し車ですよ。普通は棺桶を運ぶのに使うんですが…ちょっと小さめですし鉱山で掘った鉱石とか運ぶのに使ってたのかもしれませんね?」

「へぇ…へぇ!良いなコレ!貰っていこう!」

 魔法の剣はあっさりと他人に分けたのに、手押し車にこの反応。星界人とはこうしたものなのだろうか?

 まぁ確かに馬に轢かせれば捕虜を運ぶのには便利かもしれない。一人はケイ団長により動けなくされているし。

 そう納得したコッラチドだったが、この時は自分が乗せられるハメになるとは想像していなかったのだった。


「あっはははは!凄い頑丈だなコレ!ほうれコッラチド君!さらに速度を上げていくぞ!」

「ちょっ!ちょっ!やめ!」

 山賊達はどう反応したものか、立ち竦んでいる。手押し車はあり得ない速度であるし、同じ場所を延々と回っており全く意図が見えない。そもそもコイツラは誰なのか。

「あー面白かった。次は私を載せて走ってくれないかい、コッラチド君」

 ようやく回転が止まる。…が、まだ続ける気らしい。未だに山賊達はどう声をかけてよいのか分からない。

「やい!テメェら!何してやがる!」

 声を上げる者がいたことで、事態はようやく前に進んでくれる。山賊達は奇妙な安堵を覚えた。


 声を張り上げたのは山賊の長だった。声を上げたのは別に騎士達の奇行が原因ではない。その腰に佩いている剣を見たからだった。

 彼が独占している魔法の武器。それを奪ったものがいる。自分の物を奪われた怒りは勿論あるが、同時に現在腰に下げている剣以外にも3本あることは部下にも教えていないことだった。知らせていないのは、言えば良からぬことを考える者が出るのは当然のことであったからだ。

「おや?ああ…ようやく帰ってきましたか。危うく忘れるところでした」

 呑気な発言に長は苛立つ。状況が分かっているのかも怪しいが、舐められていることは確かだった。

「おい…おい!てめぇ!その腰の物寄越しな!そうすりゃ半殺しで済ませてやるからよ!」

 返せ、とは言わない。そんなことを言えば他にも魔法の武器があったことを部下に知らせてしまうようなものだ。


 幸いにして相手は二人。3人いた傭兵を捕らえているところを見れば腕は立つのだろうが、こちらには30人近い人数がいるのだ。

 この場に留まっているところを見れば、戦う覚悟はあるのだろう。捨てる予定の手下をある程度道連れにしてくれればいい…。

 この時山賊の長は、そう考えていたのだった。

「寄越せ…?あなたが山賊達の頭領さんでは無いのですか?」

 騎士が不思議そうに首を傾げている。修羅場には似つかわしくない落ち着き払った態度。先程までの意味不明な行為といい、頭に中身があるとは思えない間抜けだ。

 丁度いい、こいつらの存在を口実に。計画を前倒しだが始めよう。報復と称してこの地の物資を奪い尽くす。

 魔法の剣の予備があったことを部下に知られたのは痛手だが、連れていく予定の忠実な部下に持たせればいい。そしてそのままトンズラだ!

「ああ…俺がその頭領様だよ、マヌケな騎士さん。どこの騎士かは知らねぇがノコノコ出てきやがって!野郎ども!役立たずの傭兵ごと切り刻んじまえ!」

 歓声を上げる手下たち。その轟きを聞けば、いかな豪胆な者でも震え上がるだろう。数は力だ。

 だが、むしろ騎士は顔に喜色を湛えていた。

「なるほど…つまり!あなた以外は首を飛ばしていいってことですね!分かりやすくて助かります。ありがとう!」

 嫌な予感がする。だが既に部下は止まらず、血で乾きを潤すべく獲物に殺到した。

 

 吹き荒れるのは剣風による殺戮の嵐。血に酔い、自分たちの勝利を疑わない山賊達は飛んだ首が二桁に入った辺りでようやく事態に気付いた。狩られているのは数で勝るはずの自分たちだと。

 

 だが、事態に困惑しているのはむしろケイの方だった。いつもの戦闘に対する高揚感すら上回るほどに。

「…〈ソニックスラッシュ〉!」

 コッラチドが距離を取るまでに出し惜しみはできない。ということで、“力”を温存せずにスキルを連発していたのだが、あまりに異常だ。イメージが上手く行き過ぎる(・・・・・・・・)

 ケイのオリジナルスキル〈ソニックスラッシュ〉は、〈ソニックブレード〉を応用したもので、〈ソニックブレード〉が地面を走るのと異なり空中に展開される。便利ではあるが、“力”を空中に伝えるのにはかなりの集中力を要し、射程距離も短くなる。

 そのはずなのだが、再び放った風刃は弧を描き、遠く離れた2つの山賊の足を両断する。…効果範囲まで拡大している。飛距離に至っては今までの倍以上。〈ソニックブレード〉と変わらないどころか、上回りかねない。


『貴殿は風、もしくは衝撃波を扱うのに天賦の才がある。個性、異能、恩恵、相性…言い方は人それぞれで表れ方は様々ではあるものの、世に名を知られる戦士のほとんどがそれを持つ。つまり、貴殿はそうした素養に恵まれているわけだが驕ってはいけない。習熟には時間がかかるものだ、鍛錬と実践は怠らないようにするべきだ』

 かつてタルブ砦において僅かな期間、師事した名剣士ラシアラン卿の言葉だった。以来、暇を見つけてはケイは試し切りを欠かしていない。

 しかし、この騎士領に来るまでの間は馬に乗っての移動などで怠っていたのだ。

 装備のせいか、とも考えた。しかし回収して使っている魔法の武器による影響であるなら、【ディフェンダーソード】を使っていた時期はさらに効果が上がっていなければおかしい。


 そのはずだが、わずか数日でケイのスキルは変貌している。まるで、生まれ変わった(・・・・・・・)かのように。

 いつからだ?最近あった変化などある日感じた目眩ぐらいだった。もしやあれは…

「調子に乗るな!澄ました顔をぐちゃぐちゃにしてやらぁ!」

 考察を進めようとした瞬間。都合よく現れた強敵に思考を乱される。続けて繰り出される、流麗な剣さばきを軽快に躱しながら、とりあえずこの敵を倒してからにしようとケイは考えを修正された。


「存外に手強い。ただの山賊…ではないのですね」

「ああ!?」

 異常な騎士が口にしたとおり、かつてはクソッタレな軍に属していた兵士だった。荒くれ者の頂点に立てたのは、性格の捻じ曲がった教官から受けた訓練の賜物だった。脱走した際に、たっぷりとお礼をくれてやったので、あの教官は今頃あの世で泣いて感謝していることだろう。

 目の前の騎士は手下どもをほぼ全滅させてしまっていた。半壊ですませてくれればよかったものを、計画が大幅に狂ってしまった。

 同種の魔法の武器同士がぶつかりあったためか、稲妻のようなものが互いの剣に纏わりつく。

「私が聞きたいのはこの剣を誰から貰ったのか?ということなのですが」

「へっ!善良なこの俺に神様が下さったんだ、とでも言えば満足するのか?」

「なるほど…答える気は無いですか」

 つくづく気に入らない男だった。あくまでこちらの邪魔をする気か。


 同じ優れた戦士だ。眼前の騎士から“力”の高まりを感じ取る。手下どもを斬り刻んだ風の刃。距離を取られてはたまらない。

 そう考えた長は、鍔迫り合いの形に持っていく。


「こちとら、天下の山賊様だ!育ちの良い坊っちゃんが!力で勝てると思うなよ!」

 盛り上がった逞しい筋肉に、さらに“力”を送り込む。肉体の活性化。基礎の基礎であるため、名前すらついていないソレは人間にも獣のごとき膂力をもたらす。

「…〈スプリント〉を腕に使うようなものですか。そういう使い方もあるのですね。」

「はぁ?とち狂ったか?」

 基本の技術をまるで応用のように語る。正式の訓練を受けた者ならば、知らないわけは無いだろうに。

 騎士が徐々に押され始める。その様を見て山賊の長は勝利が近づくのを感じて笑った。


「では私も試してみますか」

 …騎士がそういった瞬間、感触が変わる。まるで岩を押しているようで、ピクリとも動かなくなる。そのまま地面に叩きつけられる。信じられない力だった。

 かろうじて、剣がそのままめり込むのは避けたがそれも時間の問題だった。押さえつけられた格好から脱出できず、渾身の力と“力”を込めても徐々に騎士の剣が迫ってくる。

「てめっ!トロールの親戚か何かか!?」

「さぁ?この体には親とか親族はいないはずですが…ああ、ご安心を。先に言ったように殺す気はありませんので」 

 腹部に鈍痛が走る。蹴られたのだ。それによって生じた僅かな隙を見逃さなかった騎士によって、山賊の長の意識は闇に飲まれた。


 ケイは山賊の長が動かなくなるのを確認してから、緊張を解く。

 こんな僻地にこれほどの強者がいるとは考えていなかった。存在強度(レベル)にして50ほどだろうか?

(…っん?今何か…)

 例えようのない違和感を覚えたがすぐに去る。

 それに首を傾げた瞬間、どこからか現れた黒い槍が気絶した男の頭に突き刺さった。


「…っ!?」

 咄嗟に飛び退く。辺りを見回すとボタ山の上にフード姿の奇妙な人影が立っている。

「ごめんなさいね。本当はこういうことは趣味じゃないんだけれども」

 響くのは頭が痺れそうになる妖艶な女の声。

 マリユーグを唆した女魔族。そう判断したケイは肉体が発する警戒を無視して跳び上がる。

「〈ソニックスラッシュ〉!」

 風の刃が切り裂いたのはボタ山のみ。フードの人物は影も形もなく、ただ声だけが響いてきた。

『本当にごめんなさい。あなたの手柄を横取りするつもりはなかったの。…今度はこんな埃っぽい場所でなく、雰囲気のある場所で会えると良いわね。可愛い坊や』


(…逃げられた。いや逃してもらったのか?)

 思わず攻撃してしまったが、あの女は自分よりも強者だという確信がある。ならばなぜ自分を狙わなかったのか?

「まぁいいや…メインの目的は達した。サブ目標は失敗…のようだけれども」

 ケイは誰にともなしに呟いた。

 後ろからコッラチドが駆け寄ってくる。縛られた傭兵たちも巻き込まれずに済んだようだ。

 

 安堵するケイは戦闘中に感じた疑問を忘れていることに気付かなかった。


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