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アライアンス!  作者: 松脂松明
第2章
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山賊退治①

 短い黒髪に中肉中背、身を革と鉄で覆った騎士風の青年ケイは剣を構えた。刀身は曇り所々欠けている部分があり、柄も薄汚れている。先日、“死霊術師の洞窟”でスケルトンから頂戴したものだ。静かに本の少し、刀身を覆う程度に“力”…かつてはTPと呼ばれていたものを腹から流し込む。僅かに光って見えるようになると慎重に刃を数度振るった。剣閃は見事に相手を四角く切り刻んでいた。相手は人でなく、岩だったりする。


 先立っての騒動からもう2週間ほどになり、バラボー男爵領は平穏を取り戻していた。元々、横柄なところがあった兵たちが去り、残った者は比較的真面目な者達とあって住人たちも概ね事態を歓迎していた。もちろん、罪に問われた兵の関係者は心穏やかではないが。


 ケイはバラボー男爵領の端にある石材場に来て、人々とともに立ち働いている。今日の男爵護衛はタルタルに任してある。アルレットは休暇中、カイワレとグラッシーは相変わらずの採集冒険者活動だ。

 彼ら“トワゾス騎士団”の名は近隣限定ではあるが、そこそこに知られるようになってきている。…団長であるケイよりグラッシーやカイワレの方が名高いが。そこは仕方がない。決して自尊心を傷つけられてなど居ない。


 二個目の岩をバラバラにする。…どうもおかしい。ここ数日で切れ味が良くなりすぎている。良いことなのだが、こうした技術は普通時間をかけて成長するものだ。かつて暮らしていた世界がそうだったように。

 威力が向上したのは正確には二日前、目眩に襲われたその時からだ。アレが自身の肉体に訪れた二度目の変化だったのだろうか?

 石の断面を見ながら考え込んでいると、いつの間にかいかつい半裸の男が近くに来ていた。

「おう!騎士の坊主やってるか?飯の時間だぞ…どうした、何かあったか?」

「いえ…人の首のようには行かないな。そう考えていただけですよ親方殿」

 周囲の石工が信じられないような顔をしているが、目の前の親方は豪快に笑ってケイの背中を叩いた。南の諸国にとって身分や爵位は飾りと聞いていたが、こうまで気にしない人もまた珍しい。

「そうそう、戦士ってのはそうじゃねぇといけねぇよ!周りの連中の目なんざ砂漠に捨てちまえ!」

 どうも気を遣われているようだった。元の世界なら絶対に関わりたくない人種である親方だったが、肉体的に強者と化した現在のケイには好ましく映る。

 もどきとは言え騎士であるケイがこのような場で立ち働いている理由は1つ。この地の住人からの評判が悪いせいだった。


 曰く、兵士たちの首を刈り取る死神の騎士。曰く、男爵を裏で操る謀略の徒。ケイにまつわる噂にはろくなものが無い。困ったことに半分ぐらい事実なのだが。

 そんなこんなで、ケイは名誉を取り戻すべく地道に奮闘中というわけだった。

「食事ですか…。今日のメニューは何ですかね?」

 あらゆる食が揃っていた元の世界で過ごしてきたケイにとって、食事は大事だ。この世界の料理は味が濃すぎるか薄すぎるかで、微妙な気分になることも多かった。

「おう。喜べや。久しぶりに干し魚が出るぞ。アレ食うと酒が飲みたくなるのが俺にとっちゃぁ難点だがな」

 干し魚かぁ…。考えてみればこの世界に来た時から食った魚といえば、タルタルが所有していた“白身魚のフライ”ばかりだった。干し魚ともなればまた違った味で、日本人的な感覚では馴染みがある。あとはこれで醤油があれば…。そう考えていた時だった。


「ケイ団長殿!男爵様がお呼びです!申し訳ありませんが、屋敷にお戻り下さいー!」

 叫びながら走ってきたのは、この地で新規雇用された新兵。元々はこの地に関わりがなかった生まれであるため、ケイ達に隔意はない。

「おうおう。魚は無しだな。坊主の分まで食っといてやるから、とっとと行っちまいな」

「…戻ってきたらあなたの腹を食って取り戻すことにしますよ」

 恨み言を言いつつ、ボロボロの剣をマジッグバッグに戻して新兵に向かって歩き出す。帰ってきたらコリピサの町まで遠征して豪華な魚料理でも堪能することにしよう。


「ああ、呼び立ててすまないね。友よ。追加の依頼をしたいのだが、頼めるかね?」

「切った張ったなら歓迎ですが…交渉だのの面倒事はごめんですよ」

 君らしい、と笑うリンピーノの顔は明るい。この男爵領で起こった騒動はある種の覚醒をリンピーノに促していた。今のリンピーノはかつての繊弱さから脱出しつつあった。

 とはいえ、人間の性質がそうそう変わるわけもない。そこを彼は他者に任せることで補おうとしている。首を飛ばされた兵士たちの穴埋めに新規雇用された者たち。彼らはリンピーノに感謝しており、概ね忠誠心は厚いと言っていい。素養も様々だ。

 だが、信頼できる配下が育つまでには時間がかかる。当座の間は友人であるケイに白羽の矢を立てるのは普通のことだろう。


「マリユーグの護送まではまだ間がある」

 リンピーノの前置きにケイは頷きを返した。魔軍の援助を得て騒動を起こした自称高貴なマリユーグ。彼の処遇などバラボー男爵家が仕えるヴェント王国に引き渡して終わりだろう、などと部外者のケイは考えていたのだがそうもいかなかった。

 当初はケイが考えた通りの展開になりそうだったのは確かだった。しかし、魔軍の協力者が裁かれたことなどここ10年無かったということで、誰がどう裁くのか混乱しているとのことだ。ヴェント王国が所属しているアナーバ同盟全体で決められることだと、リンピーノは語ってくれたものだ。

 貴重な情報源でもあるので、マリユーグは結構快適な生活を送っていたりもする。下手に悲観されて自害などされても困るというわけだ。


「最後の依頼になるであろう、あの男の護送。その時まで、君たちという大きな戦力をできるだけ活用したい…というのは利己的過ぎるだろうか?」

「さて?友人としては強かになったあなたを見ているのは中々に面白いことですが」

 掛け値なしの本音だった。目の前の痩せぎすの中年は本当に変わった。その変化が分かりやすく現れているのは決断力。ここに滞在して一月ほどの間に人というのはこうも変貌するのか、と何度驚かされたことか。

「他者の成長や成功を見て喜べる。それは君の美徳だな友よ。他者の首を見て喜ぶのは悪癖だが」

 …本当にズバズバ物を言うようになったな!


「さて話を戻そう。頼みたいのは隣接する騎士領に現れた山賊の討伐なのだよ。どうもここ最近はこの手の話題に事欠かないな」

 リンピーノの言う通りだった。あの辺りは山賊の動きが活発だ、あの街道には強盗騎士が蔓延っている、遠い国では誰それの残党が放棄した。コリピサの町でもこの男爵領でも、物騒な噂話を聞かない日はない。

「その騎士はあなたの傘下なのですか?」

「いいや、派閥的には無関係だな。だからこそ、彼が所属している派閥に恩を売りたいのだよ。なにやら家庭内の事情とかで派閥のトップは動けない。隣接しているので放って置いてはいずれ我が領地にも…ならばいっそこちらからというわけだ」

 お貴族様のお家騒動。フィクションの題材としては格好のものだが、こうして現実に聞くと何だか世知辛いものがあった。不憫なのはその騎士だ。肝心な時に助けてもらえないのでは派閥に所属していても辛いだけだろう。

「その騎士の手持ちの兵では手に負えない規模の賊…というわけですか」

 世も末である。マリユーグの件といい、この世界の悪人は畑からでも採れるのだろうか?などと考えてしまう。


「兵?ああ…その騎士に兵と呼べるような者はいないよ。強いて言えば譜代の家士ぐらいだろう。有事の際は農民を徴兵してるはずで…あとは安価な傭兵とかだろうね。領地持ちの騎士というのもアレで中々大変だ。猫の額ほどの土地で、領内の村は…1つだけだったか、2つだったか?まぁそれぐらいの広さしか無い」

 聞いているだけでどんよりとしてくる話ではある。領地があれば不労所得で左うちわ…などとは行かないらしい。その騎士からしてみれば、山賊退治などで子飼いの家士を失いたくない。かといって民兵を出せば人気は下がるし、死傷者など出れば働き手を失うことになる。しかし賊を放置しては…という堂々巡りなわけだ。しかし…

「待ってくださいよリンピーノ殿。以前のあなたは、砦の奪還を自分が主導しなければ面目が立たないから我々を雇ったわけでしょう?その騎士の面子は大丈夫なんですか?」

 部族時代の名残だとか言っていたじゃないか!と言わんばかりのケイの発言にリンピーノは首を振り振り答えた。

「いや…流石にあの人を助けて文句を言う人はいないんじゃないかな…居たら誇りがどうとかより人としてどうかと思うのだよ。まぁ会えば分かる。本当は兵たちに経験を積ませる好機なのだが、人手が足りん。かといって一人では格好が付かないだろうから、若いのを一人従者として付けよう。どうかね?」

 ここまで言われたら、件の騎士のことが気になる。領内で人目を気にしながら単純作業をしているのもいい加減肩がこる。

「引き受けますよ。報酬は正規で」

「君の友誼に感謝する。武運を。友よ」

 リンピーノと別れ、タルタルに護衛を引き継ぐ。戦闘目当てではなく、人を目当てに行動するのはケイにしては珍しいことだった。


 バラボー男爵領から馬で行くこと数日。目的地にたどり着き、目的の人物に会ったケイはリンピーノが言っていたことをよく理解していた。

「よう来たの…おお…ヒンピーノ殿からの手紙にゃ一騎当しぇんの勇士とあるの…若いのに立派なことだてぇ…」

 騎士?この人が?棋士じゃなくて?

 思わず口に出しそうになったほどで、確かにこの人を助けなければ人としてはどうかと思うような人物だった。

 背は折れ曲がり、頭髪は僅かにしか残っていない。身体は小刻みに揺れ、声は聞き取りにくい。

 有り体に言って老人だった。お年を召される前に天に召されそうな。


「ああ…いや…ご老体。男爵の名代としてきたケイと申します。山賊共の退治は任せていただきたい」

「へぁ?」

(いや、へぁって…)

 普通に喋っていては駄目だ。腹に力を入れ、声を張り上げる。

「山賊退治にぃ!来たぁ!ケイです!討伐はぁ!任せて!下さい!」

「あぁ…うちの自慢の山荘を見に来たんしゃな?うちにはいいぃ木こりがおっての…そいつが立ててくれたんやぁ…」

「山賊ぅ!退治ぃ!」

「ああ…応援に来てくれぇたのかぁぃ。最初からはきり言いなしゃいよぉ、わかぁいのがぁ」

 こっちが言いたい!…というか誰だ。この人に鎧を着せたのは!虐待じゃないのか。

 介護の勉強をしておくべきだったか…?と思いつつ、この人に聞いていても埒が開かないので関係者を探しに行くことにした。


 外出していた家令が戻ってきてくれたのは僥倖だった。やや生え際が後退した中年の男性は、黒一色の服を来ているのが特徴だ。

「この度の救援、主に成り代わりましてお礼申し上げます。いや、最近はどこも問題を抱えているようで…来てくださったのはケイ殿だけです。近頃はどうも風も冷たくなったものだと、嘆いていたところです」

 良く分からない言い回しだが、その目からは感謝の念が伝わってくる。家令…というのは執事よりも財産管理人としての意味合いが強いらしい。

 あの年老いた領主を見捨てたりしてないあたり、善人なのだろう。リンピーノの元部下達にも見習って欲しいものである。彼らの目はもう何も映さないが。

「剣の腕は立つつもりなので、任せて下さい。早速、状況と場所を教えていただきたい」

「はい。賊は我が領にある地下鉱山跡を根城にしております。派遣した傭兵たちによると、人数は大体20人ほどのようです。全くどこから湧いてできたのやら…領内にそんな数が流れてくれば分かるはずなのですが…」


 どこかで聞いたような話だ。リンピーノの領地に引き続き“どこからか湧いてきたならず者”である。まさかゲーム時代のように、本当にpopして…湧いているわけでもないだろうが…。

 その時ケイの頭に繋がりが見えた感覚があった。

「その山賊達…地下にいるのを山賊と呼んでいいのでしたら、何か特徴は?」

 家令が眉をしかめて、考え込む。

「そういえば…傭兵たちが、賊共が魔法の武器を持っていたとか騒いでおりましたな。食い詰め者がそんなものを持っているはずもないので、報酬を釣り上げるためか、逃げ出すためのホラかと思っておりましたが…」

 …見えてきた。この地にはバラボー男爵領と違い、手引するような人間はいないだろう。そして各地で問題が起こっていて助けられないという事実。なぜ、マリユーグの一党がつい最近まで集団として保っていたか。

 それを考えれば…魔軍の女魔族か。マリユーグの一党を匿い、時期がくれば投入。そして、この地の賊には行動を大っぴらにするだけの武器を提供…というわけか。

 だが、行動が散発的過ぎてイマイチ意図が読めない。まさかただの趣味でもあるまいし。山賊から話を聞く必要があった。


「では、向かいます。賊はリーダーだけ捕まえますが、後は殺します。一両日中にカタをつけたいので」

「は?え?ケイ殿は視察で、これから応援の規模を相談するのでは?」

 困惑した様子の家令に肩を竦めて見せる。信じられないのも無理はない。自分でもイマイチ実感は無いが…。


「手紙に書いてあったでしょう?普通の兵士ぐらいなら、多分千人ぐらいは一人で相手にできます」

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