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アライアンス!  作者: 松脂松明
第1章
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地盤を得るために①

 はいよ!“炭鉱夫のエール”お待ち!アンタ達旅人さんかい?…へぇじゃあ傭兵みたいな物なんだね。気取った名前してさ。

 仕事の斡旋かい?そりゃ今の御時世いくらでもあるさね。…有力者に恩を売れるような仕事?アンタ達ね…そりゃ貴族からの依頼に大商人の用心棒なんてのもあるさ。でもねよく考えてみな?出世したいってやつはゴマンといるんだよ。残ってると思うのかい?

 なんでも良いって…悪どい貴族の依頼?浅はかだねぇ…そういう仕事ほど人気があるものなんだよ。身元を気にしない依頼主も多いからね。

 残ってる依頼はこんなのばかりさ…え?本当にそれで良いのかい?まぁ受けてくれるってんならこっちはありがたいがね…本当に良いのかい?


 太った女将さんの酒場をタルタルと共に後にする。男だけで行ったのは一見して荒くれ者が多かったため不要な揉め事を避けようとしたからだ。

 ケイ達一行、トワゾス騎士団の面々はギルド“銀狼”と王派閥との争いを避けて南下、ルドフォワ山脈を越えてアナーバ同盟の支配地域に入っていた。

 ここはアナーバ同盟の加盟国の1つヴェント王国にあるコリピサという町で、ゲーム時代には無かった町である。ゲーム時代に訪れることが出来たのは加盟国の首都とクエストの発生するいくつかの町程度だったのだが、このコリピサは結構な規模に見える。

 国境を接しているためか、道行く人々の人種は先日まで活動していたボウヌ連合…プロヴラン王国の人々に近いように感じられる。もっとも町の雰囲気や家の造りは違う。プロヴラン王国が元の世界における西欧風であるなら、このヴェント王国は南欧風と言えるだろう。


「ところで団長、さっきから何を読んでいるんです?」

「さっき通りがかったガラクタ屋に本が置いてあったので買ったんですよ。意外と役に立ちそうな内容で…さっさと頭に入れてしまおうかと」

 本というには装丁が雑であり、紐で括ってあるだけとさえ言える。著名な作者のものでも無ければ重要な遺物というわけでもないようでタダ同然だった。

「…読めるんですか?」

「なぜか」

 本に書いてある文字はミミズがのたくったような見たことが無い文字種なのだが、目を通すとどういうわけか読めてしまう。読めないはずなのに読める、というのはかなり奇妙な感覚であり少しばかり酔いそうになるほどだ。加えて言えば全ての文字が読めるわけではなく、もしかしたら知力…すなわちINTの値が関係しているのかもしれなかった。

(全員で読み回して知識をすり合わすべきだろうけど…)

 メンバーの中でケイより知力が高く設定されているのはエルフであるグラッシーぐらいのはずである。カイワレは魔法職だが元のレベルが低いため、将来に期待だ。

 

 白い壁の家が立ち並ぶ通りを本を片手に歩いて行く。

 別行動のグラッシー達は買い物に出ており、経過した時間から考えると既に待ち合わせの場所に着いているはずだ。

(しかし…女性の買い物は長いと言うからなぁ…)

 今まで立ち寄った村々とは違う中々の規模の町である。女性としては古着などではなくこの世界の流行などを追いたくなっても不思議ではない。それはこの世界に順応して余裕が出てきた、ということでもあり良いことのはずだ。ケイは少しばかり待つことになっても構わないと考えている。

「団長」

「はい?なんですかタルタルさん。改まって…」

 歩き読みしていた本を閉じてタルタルに向き直るとそこには真剣な表情があった。

「今回受けた依頼ですが…戦力の分散になってしまうのは承知で言いますが、僕達だけで行きませんか?」

 

 突然の提案だったがケイは驚きはしない。タルタルが何を言わんとしているかはケイにも分かっているからだ。

「それは次に戦う相手が人間になるから…ですね?」

 タルタルは頷く。今回残っていた有力者――正確にいえば貴族――からの依頼の内容は占拠された砦の奪還。占拠した存在は魔物などではなくどこぞの落ち武者ならぬ落ち騎士とのことだった。

「ええ…僕達は人間相手でも戦えるでしょう。ですがグラッシーさん達は…」

 そう。ケイは恐らく人間相手でも戦える…というか殺してしまえるだろう。元の世界でも戦闘に忌避感がない人間というのは一定数存在するものだと聞いたことがあった。現実においてそういった素養があったのか、現在の肉体に引っ張られてそうなったのかはもう判断できないが、ケイは戦闘を楽しんでいた。

 タルタルは楽しくは無いようだが、目的のためなら躊躇せずに手を下してしまえるようだった。この世界に呼び寄せた存在への復讐を原動力にしているためなのか、まるで作業のように敵を叩き潰す。


 だがグラッシーは違う。明るく振る舞ってはいるが、彼女は嫌悪感を意思でねじ伏せているだけだ。

 アルレットに関してはケイ達の側に抵抗がある。アルレットはこの世界の住人であるためか驚くほど肝が据わっているところがあるものの、見かけに反して精神が幼く巻き込むことに罪悪感が湧いてしまうのだ。

 カイワレに関してはまだ分からないというのが正直なところだ。


 先程訪れた酒場に貼られていた依頼は多くが山賊の類いや強盗騎士などといった手合の討伐が多かった。何らかの護衛などは信頼できる傭兵や冒険者にのみ依頼されてることも客の会話から読み取れた。

 ならば一刻も早く拠点を確保し、グラッシー達は拠点の維持に回ってもらう。そして、ケイやタルタルが遠征などをこなすような役割体勢を作りたい。

 酒場の女将から説明を受けた時、タルタルも恐らくは同じ思いだったのだ。

「確かに私は戦いを楽しんでいます。そしてあなたは作業のように何も感じなくなれる。そうした意味でグラッシーさん達が人相手の戦いに向いていないかも知れないというのは、まぁ同感です。拠点の保持に回す人間はどうせ必要になるのでそちらに専念してもらって、人間同士の争いから遠ざけるというのにも賛成ですが…」

 見方を変えればケイ達がグラッシー達を侮っているようにも見えるだろう。真っ当な人間としてはグラッシーの方が正常のはずなのだが。

「絶対揉めるだろうなぁ…」

 空を見上げながらボヤいてみるが、タルタルの提案を却下する気にはなれない。待ち合わせ場所に辿り着くまでには、偽善でしかない提案を持ちかけるのは団長である自分の役割だ、とケイは決めていた。


「いいっすよ別にー」

「えっ」

 一時間ほど前に決めた覚悟は見事に空回りしていた。グラッシーはそう言うことは分かっていました、という感じであっさりと承諾してしまった。

「ええとカイワレさんは…?」

「いいよオッケー。この町でしたいことも色々出来たしねー」

 緑色の髪をしたリトルフットがあっけらかんといった感じで答える。こちらも既に予測していたのだろう、言いよどむこともしない。

 安堵の気持ちがあるのは確かだが、こちらの浅はかさを見抜かれているようで大変落ち着かない。

「ではアルレットさんも…?」

「イヤ」

 砂色の髪の少女はいつものように一拍置くことをせず応えた。

 その表情は硬質の陶器のようで、決意の程が伺えた。


「ええと…怒ってます?アルレットさん?」

 ケイは恐る恐る聞く。恐らくは大分年下の少女に随分と情けない感じだが、その気迫に怯んでしまうのだ。

「…少し。人と戦う覚悟なら村を出た時にもう済ませていたから…私はあの狼との戦いを見た後から、何があっても団長に付いて行くって決めていたの」

「わぁおっす」

「アルレットちゃん大胆~」

 グラッシーとカイワレの冷やかしも耳に残らない。こうまでハッキリと信頼を示された経験はケイには無く、年甲斐もなくあたふたとしてしまう。

 その後も色々と説得してみてみるが、彼女の意思は変わらなかった。


 アルレットは見た目こそ凛々しさを感じさせるが、内面は素直で健気な少女だ。不承不承でも頷くものだとケイは考えていたのだが、こうも強硬に反対されるとは思ってもみなかった。

 超人の肉体を手に入れて――不安要素は残っているとは言え――割合気楽に旅をしてきたケイと、住み慣れた故郷を離れ、冒険と戦いに身を投じたアルレット。その決意の差が如実に現れていた。

 ケイはとうとう折れることにした。アルレットの決意の根底には色々なモノが含まれている。その1つにケイに対する信頼があるのだ…友人から団長を引き継いだ者として応えなければならなかった。

「分かりました、一緒に行きましょう。ですがハッキリと言わせてもらえばあなたが戦闘力で劣るのもまた事実。ですので…私から離れないで下さいね?近くにいれば必ず守りますので」

「…うん!」

 アルレットは珍しく顔を朱に染めながら元気よく答えた。ケイの届く手の範囲は狭い。弓手である彼女の能力を活かしつつ傍に置くのはどうすればいいのか考える必要がある。そう考えているとグラッシーから呆れたような声がかかった。

「ケイくんって時々激烈にアホっすよね」

 団長と言わずに日常での呼び方を使ったその言葉は、妙に耳に残ったのだった。


「しっかしあの二人はまぁ…っす」

 別行動となった三人を見送りながらグラッシーはボヤいた。

 男二人が何を考えているかは顔を合わせた瞬間に分かった。カイワレも同様だろう。正直思うところがないではないのだが、戦闘が好きというわけでも無いのでそのまま従った。

「あー分かるよグラ姉ちゃん。近視眼的というか何というか…別に戦闘に拘る必要も無いのにねぇ」

 カイワレの発言に頷く。どうやら同じことを考えていたらしい。

 確かにこの世界に置いて自分たちの一番の売りは何か?と問われればそれは戦闘能力であることは確かであろう。だが、別に2番3番の方面で活躍したって構わないのだ。

 同時にそれは戦闘による成果を否定するものでもないので止めはしないのだが。

「じゃあアタシ達はアタシ達で活動を開始するっすかね。その口ぶりだとカイワレちゃんもさっきの張り紙見たっすね?」

「ふっふっふ。当然だよグラ姉…というかあんなにデカデカと貼ってあれば嫌でも気付くと思うんだけど、団長とタルさん何で気づかなかったのかな?」

 思い起こすのは先程訪れた店に貼ってあった張り紙。それは宣伝というより注意喚起の要素が近いもので、どの世界でも考えるのは似たようなことらしい。

「あー、あの二人は気付いてても多分戦いに行くっす。まぁ二人とも真面目だから一度決めちゃうと視界が狭まって、素で気付いてなかった可能性はあるっすねぇ」

 大切な仲間なのだがそういう堅苦しさはどうにかならないかと思う。ゲーム時代のチャットを思い出す限り二人とも素は愛すべき馬鹿の類だと感じるのだが、責任感が彼らを縛っている。特にケイの方は。

「一攫千金…とは行かないだろうけど地味に稼げると思うよー」

「そうっすね。ではグラッシーとカイワレコンビの名をこの町に轟かせるとするっすかね!」

 三人が帰ってきた時、彼らを上回る成果を上げていたらさぞかし痛快だろう。仲の良いパーティメンバーとしてだけでなく、そういう競い合う形も自分たちは“同時に”取れるはずだった。同胞で仲間で友人であっても、別に全ての方針を合わせる必要は無いのだから。そして選択肢は必ずしも一つだけ選ぶ必要も無いのだ。そのあたりを彼らにわからせなければならない。

 眼鏡をかけたエルフと緑髪のリトルフットが気炎を上げる。その姿はそれだけで町の人々の注目を集めるのだった。


「うーん“馬笛”の出費は痛かったかなぁ…速度合わせてもらってありがとうございます、タルタルさん」

「いえいえ、そちらは二人乗りですから。僕の方は乗るのに苦労しましたしね」

 ケイは馬を召喚するアイテム…“馬笛”をタルブ砦に置いてきてしまったため新たに買うことになってしまったのだった。

 最下級のものだが、それでもそこそこの値段がするので手持ちの銀貨は少しばかり心もとなくなってしまった。なお、この世界では普通の馬を買うほうが余程安いらしい。召喚される馬は魔法生物という括りで世話も必要ない…ということになっているようだ。

 この世界における物価の基準が分からないので整理して考えたい…とケイは考えているのだが、背中に当たるアルレットの感触で冷静な考察などできそうも無かった。新調した革鎧はところどころに金属が貼られていたが、それでも身体のラインを感じ取れてしまう。

「あーそんなにしがみつかなくても大丈夫ですよ、アルレット」

 馬に乗るのは初めてだというアルレットはガチガチで、ケイにかなりの力で抱きついている。ケイ達自身は剣の振り方と同じようにすんなりと乗りこなせた。…背丈が低いドワーフであるタルタルは乗るまでが大変だったが。

 進むのはそれなりに整備された街道なのだが、独特の揺れがある。思えば馬に乗ることなど、かつての現代生活では考えられなかった。尻が少しばかり痛いのと鎧がガチャガチャうるさいのを除けば、楽しい経験といえる。


 信頼できる仲間と未知の冒険。ケイは元の世界に帰りたいと思う気持ちがすり減っていくのを感じながら次なる目的地“バラボー男爵領”に進んでいった。

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