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アライアンス!  作者: 松脂松明
第1章
16/54

怪鳥終わって修行と別れ

 ハーピーとの戦いが終わった後タルブ砦は片付けに追われていた。

 兵士たちも100人近かったのが半数まで減っていたため、とりあえず砦の外にハーピーの死体を叩き出してから葬儀も行わなければならなかった。

 

その後、ラシアランに半ば弟子入りしたケイは戦いの最後に気を抜いたことを咎められ、罰としてハーピーを埋める穴を掘らされていた。

 兵士長から貰ったクロースアーマーを着たケイは一心不乱に地面に向かって衝撃波を放っていた。〈ソニックスラッシュ〉と名付けた衝撃波を弧を描くように出すスキルで地面を耕す。この穴掘りも修行のうち…というのがラシアランの言だった。地面に対する感覚と空中に対する感覚、さらに距離感まで鍛えられてお得とのことだ。


 自分から教えを請うた手前真面目にやっているが、かなり辛い作業である。TPを使用することによる疲労感と単純作業で減る気力が合わさって、終わると泥のように眠りに落ちる。多分この感覚になれさせる狙いもあるのだろう。

 

 今タルブ砦ではケイ達トワゾス騎士団は下にも置かない扱いだ。勝利の立役者グラッシーは女神のような扱いだし、タルタルもポーション配りで兵士たちに慕われていた。

 団長であるケイは外で単純作業であるが、ラシアランはこの国でも高名な騎士のようであり、彼の教えを受けられるケイは一番の栄誉に預かっている…らしい。


 結局、ハーピー達の死体を片付けるのにはトータルで一週間程かかった。戦っていた時間は半日程だったが、後始末のほうが遥かに長い。

 戦というものはどの世界でも面倒なのかもしれないな、などとケイは思った。


 伝令に出されていた若すぎる兵士たちも戻ってきた。その中にはあの三人組も含まれており、メオンなどは戦いに参加できなかったことが悔しくてたまらないといったさまであった。

 伝令はあくまで注意を喚起するためのもので、援軍などは最初から要請もしていなかったというのはこの時知った。勝つにせよ負けるにせよ援軍が来る頃には終わっているだろうというのがラシアランの考えで、いかにもラシアランらしかった。


 さらに一週間ほどかけた清掃が終わるとようやくラシアラン卿との修行が本格化した。刃引きした剣で本格的な練習試合だったのだが、これが兵士たちに大受けで観戦者が集まる。


 首を刈るような横薙ぎの剣を身を沈めて躱す。

「ぬぇい!」

 ケイはその体勢のまま脇構えのような構えから〈スラッシュ〉を繰り出す。半端にかじった素人のような動きだが超人じみた身体能力がそれを補ってくれる。

 ラシアランはそれをわずかに身体を逸らすだけで躱した。

「大分良くなってきましたね。この短期間で見事な上達っぷりです」

 こうして戦うと確かにラシアランは強い。スペック的にはケイの方が上だが、ラシアランには長年培った技術がある。結果的に互角の戦いとなってしまうのだ。

 体感したところでラシアランのスペックをレベルに直せば60といったところだろう。レベル80であるケイとは結構な差があるはずだが、互角。その差を埋める何かをラシアランは持っているのだ。

 とはいえケイが学びたいのはそこではない。ブリエールから聞いた個性だ。大体ラシアランの技術は長年かけて会得できるかどうかなのだ。そんな時間は流石に無い。


「流石にそろそろ一本取らせてもらいますよ…!」

「面白い冗談ですな」

 スキルは扱い次第で色々な形を取ることができる。そして幸いにもケイはその個性を持っているとブリエールから聞いてもいた。衝撃波もしくは風に類する技のイメージが得意というのが現在わかっていることでコレのコツを掴めれば戦闘では優位に立てる。

「〈ソニックスラッシュ〉!」

 ハーピーとの戦いで会得したスキルは強力だ。だがそれだけでラシアランを倒せるとはケイには思えない。単発では掠るかどうかも怪しい。

 ハーピーとの戦いでは縦に使っていた〈ソニックスラッシュ〉を横薙ぎにする。今度はラシアランが身を沈めて躱す。ラシアランは不安定な空中を嫌ってジャンプで躱すことをしないのは最近の試合でわかっていたことだ。

「そうすると…思ってましたよ!〈トライ・ソニック〉!」

 【フェンサー】のスキル〈トライブレード〉と〈ソニックブレード〉を併せた新スキルだ。

 スキルを同時発動したためか腹の中の“力”…TPがごっそりと減るのが感じられるがこれで決まれば問題はない。

 三角を描く剣線から衝撃波が放たれる。スペック差を考えれば防ぐことは難しいし現在のラシアランの体勢では咄嗟に躱そうとしてもどれかが命中する…はずだった。

「なっ…!」

 絶句したのはケイの方だ。ラシアランは身体を縮めて三角の衝撃波の間に飛び込んできたのだ。

 剣がケイの額に突きつけられる。ラシアランの得意技〈ソニックスラスト〉なら確実に死んでいただろう。

「…参りました」

 はぁ…とケイは息を吐く。見せたことの無かった新スキルでも仕留めることができなかったのだ。見せたことで次回以降通用する確率も大幅に減るだろう。完敗であった。


「いや…もうひと工夫あれば負けていましたな」

 ラシアランの逃げ道を減らそうと衝撃波が広がるようにしたのが失敗だ。そこにラシアランは賭けたのだ。衝撃波が一点に収束していくように放てばそれこそ終わりだったにも関わらず、それを読んで飛び込んできたのはラシアランの経験の賜物だろう。

 固唾を飲んで見守っていた見物の兵士から歓声が上がる。

「昔王都で見た御前試合を思い出したよ…!流石は二団長だな」

「今更だが剣の訓練がしたくなってきたな…誰か付き合うのはいないか?」

 兵士たちの武心にも火が付いたようで“俺もああなってやる!”という気迫が感じられる。それを見てラシアランは父親のように目を細める。

 しかし、次の瞬間凄まじい形相になった。視線の先にいたのは金髪の騎士ミュエリク。彼は兵士たちから何かを受け取っていた。

「ほう…ミュエリク卿。なにをしているのかな?」

「あ団長殿…いえ…これはですね…」

「賭け事かね。騎士にあるまじき行為だなぁ」

 ラシアランの笑顔が怖い。ミュエリクはケイとラシアランの試合でどちらが勝つかの賭けを兵士たちにしていたのだ。

「では次は貴殿の番だな。さぁ剣を持ち給え」

 ケイは刃引き剣を呆然としたミュエリクに渡して、背中を押してあげることにした。

「頑張ってくださいね!さぁミュエリク卿を皆で応援しよう!」

「ちょっ…ケイ殿!聞いてくださいよ俺はですね…何というか士気のためにあえて…そうあえてなんだ!」

「立派な心がけだな。では貴殿の士気も上がったか見てやろう」

「待って下さい!待ってラシアラン卿!ケイ殿じゃないんだから…!あなたの相手なんてしたら本気で死んでしま…」

 哀れなミュエリクは言い終えることはできなかった。


「…で、その後どっちが勝ったんっすか?」

「ラシアラン卿の勝ちですよそりゃ。ですがミュリエク卿もさるものですね。結構粘ってましたよ」

 主に逃げ回ってだが、ミュエリクの踊るようなステップはかなりのものでラシアランの怒りの一撃を何度か躱していた。

「そういえばタワーの上でもそんな動きしてたっすね。それがミュエリク卿のその…個性?なんっすかねぇ」

「僕らはスキルばかりに目を向けていましたが、そういう体捌きもこの世界では大事なのでしょうね…空手とか剣道を習っておけば良かったですよ」

「…からて?けんどー?」

 キープタワー内の食堂でケイ達は駄弁っていた。野宿も趣があったが現代人としてはやはり椅子に座っての食事が嬉しい。椅子は木でできた簡素なもので、ケイは小学校の椅子を思い出した。座り心地は良くないが岩に座ったりするよりは遥かにマシだ。

 食事は豆のスープで、塩気が足りないが動き回った後なのでケイはがつがつと食べていた。

「しかし長居しすぎましたね…団長の修行も一区切りついたようですし、そろそろ出発するべきかもしれません」

「そうっすよねぇ…ああっ!ベッドともお別れっすかぁ…」

 簡単な作りとは言えベッドの寝心地は地面の上とは比べ物にならなかった。ケイとしては藁をつかうということに男の子心をくすぐられていた。

「…どうせなら貰っちゃえば?皆の魔法のバッグなら入ると思う」

「いや…それは流石に…」

 容量は問題ないが、まず前提としてバッグの口に入らなければいけないのだ。それがマジッグバッグの限界ともいえる。

「色々分けてもらいましたしね…後は報酬の体に合わせた武具を貰えば充分でしょう。」

 砦には簡単な鍛冶施設もあり、予備の鎧を体に合わせて調整して貰えることになっていた。ケイ達の装備はハーピー戦で既に耐久度の限界が来ているため、これが今度の一張羅というわけだ。

 使い古しだが着替えや寝間着も分けてもらっており、旅の準備は整ったといえる。確かにタルタルの言うとおり潮時だろう。


「横、いいかね」

 斜め後ろにいつの間にかジェロックがいた。どうぞ、と言うと疲れたように腰を下ろして豆のスープを置いた。ここでは幹部も同じ食事らしい。

「ああ、ジェロック殿。調査に進展はあったのですか?」

「いや…使える限りの魔法で調べてみたがさっぱり分からなかったよ。念のためブリエール卿に周囲を捜索してもらっているが…望みは薄いだろうね」

 ジェロックの口調は大分打ち解けたものとなっていた。調査というのは最後に現れてグラッシーが瞬殺してしまった巨大ハーピーのことだ。他のハーピーの死体は残っていたが、あの巨大ハーピーの死体は忽然と消滅してしまったらしい。現れる際の空間の歪みといい、謎が多い存在だった。

「魔法も万能じゃないんっすねぇ」

「専門家というわけではないが、他の手段でやった方が早いことが多いよ」

 この世界の魔法はケイ達のよく知る戦闘用の魔法以外にも多く存在する。ゲーム時代、クエストのストーリーでもNPCの魔法使いは色々なことをしていたものだった。

「記録によると魔軍がああいった消滅をすることがあったそうだ。ラシアランも報告に苦労しているよ。同じ存在なら世界を再び揺るがしかねん。ケイ殿との試合は良い気晴らしのようだ」

 ゲーム時代であればむしろ消えるほうが自然だったが確かにダイアウルフも通常のハーピーも死体は残っていた。

 先の戦いでは相手が空飛ぶハーピーだったため用いられなかったが、伝書鷹という方法でラシアランは王都とやり取りしているようだった。

 

「本当は今話すのはマズイのだろうが、貴殿らはこれから王都に向かうということだったが取りやめた方が良いかもしれない。いずれラシアランからも話があるだろうがね」

 食事を終えて兵士たちの姿が消え始めるとジェロックはそう切り出した。

「そりゃまたなんでっすか?」

「星界人絡みで王都で何か起こっているようなのだ…伝書鷹の手紙では詳細までは不明だが随分と深刻なようだ。貴殿らは強いが、世の中には強さで対処できない事態というのもある」

 貴殿らは特に善人だからな、とジェロックは締めくくる。これ以上話す気は無いようで席を立っていった。


 気まずくなってしまった席でケイ達は話し合う。

「王都の星界人って暴動起こしてとっ捕まったんっすよね?住民感情が最悪に!とかっすかね」

「さて?それなら分かりやすいですが…」

「…そうならもっと話してくれると思う」

「となると思いつくのは…政治絡みですかね?ああ見えてジェロック殿も神殿仕えでラシアラン卿も騎士爵とはいえ貴族。話せないこともあるでしょうから」

「星界人が政治にねぇ…」

 どうにもピンと来ない。星界人の中身はプレイヤー…つまり日本人だ。それも一般のゲーマーが大多数であり好き好んで政治に関わろうとするやつなどほとんどいないだろう。

「星界人から関わってるとは思えないっすから、利用されてるとか?どうするっすか団長」

「人里を伝っていかなければ行けないのは変わりませんし…近くまで行って様子見しましょう。倉庫はやはり気になります」

 近くまで行けば噂の精度も上がるだろうし、タルタルはこの世界から帰りたがっているのだからここに根を下ろすのも勘弁してほしいだろう。そう考えてケイ達は出発を決めた。


 とうとう別れの日が訪れた。2週間以上滞在していたのだ。別れも双方にとって中々辛いものになった。

「ううっ女っ気が…アルレットちゃんだけでも残らない?」

「いや」

 ミュエリクに至っては涙を流している。さっぱりと振られた涙ではないと思いたい。

「グラッシー様ぁ!タルタル様!お達者で!」

 兵士たちも涙ながらにグラッシー達に別れを告げている。

(俺の名前は出さないのか…)

 軽くケイがショックを受けていると先日調査から帰ってきたばかりのブリエールも挨拶に来た。

「ケイ殿。やはり貴殿は逃げなかったな。私も改めて腕を磨く。武運を祈っているよ」

「武運って戦いが避けられないのは確定なのですね…ブリエール卿、お世話になりました」

 二人はがっしと握手を交わす。男の友情というのを初めて体験している気がする。


「好敵手がいなくなって私も寂しいですよ。ケイ殿道中お気をつけて…もし王都に入れなかったら南へ向かうと良い。アナーバ同盟は多様な種族を受け入れており、貴殿の居場所もできましょう」

「ラシアラン卿。好敵手って私は一度も勝ってないのですが。…しかしそんなに酷いのですかプロヴランの状況は」

「…全て教えることができないのは許してください。少なくとも住みやすくは無いでしょう」


 別れがすむと兵士たちが整列し礼を示す。ジェロックが神に祈り一行の無事を願う言葉を唱える。

「誉れ高き勇者たちの旅路にヘルミーナの加護があらんことを!」

「あなた方にも星々の導きがあらんことを!」

 前から温めていた挨拶をケイも返し、道を下っていく。


「団長。なんっすかさっきの挨拶」

「いやこう…星界人らしい文化を演出しようかと」

「戦闘狂に加えて中二病まで発症したのかと思いましたよ…」

「…?」

 振り返ったら泣いてしまいそうなのでケイ達は振り返らず進んでいく。

 彼らの鎧の肩にはヤニク達が描いてくれたハーピーと剣の絵が刻まれており、後にこれがトワゾス騎士団のエンブレムとなった。

「次の目的地はアブヴルー村っすか」

「ようやく知っている名前が出てきましたね」

「…私行ったこと無い」

「一本道なので案内も不要だそうで。道にしたがって行けばそう問題も起こらないでしょう」


「ところで団長。馬は?」

「あ」

「今更戻るのも…こりゃ基本徒歩の旅っすねぇ」

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