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アライアンス!  作者: 松脂松明
第1章
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怪鳥②

 旅の仲間にアルレットを加え、ハトラギ村から出発した一行は山道を登っていく。山の名はタルブ山といい、頂の一つに同じ名前の砦がある…とはアルレットの弁だ。方角としては出発したハトラギ村からは北東に進んでいるように感じられた。

 木々が生い茂り、緑の葉があればやや黄色の葉も見える。植物に造形が深ければ、元の世界との違いや類似に興が乗るであろう。

 もっともケイにその知識は無く、山を登るという行為そのものを楽しむことにしていた。かつてのケイであれば、歩き始めて30分もすればゲンナリとしていたことは疑い無いが、現在の超人じみた身体能力であれば苦にならない。山登りのいいとこ取りをしているのか、醍醐味を感じる機会を失ったのか、それは分からなかったが。

 それでも流れていく景色を見るのは楽しい、未知の地を歩くための警戒もまた程よい緊張感を与えてくれていた。


「しかし山の上に砦を築くって…食べ物とかどうしてるんっすかね?」


 グラッシーが口を開く。その表情はややうんざりした感じで、あまり景色など楽しむのには向いてないようだ。単に飽きやすいのかもしれないが。


「…反対側にも村があって、そこの村の人達が歩荷で稼いでる。私は見たこと無いけど、その近くの砦からも物が送られているらしい」


 こちらの世界にもポーターやシェルパのような人々はいるらしい。砦といっても用途や形は様々であるらしく、山の向う側には物資の中継地点のような場所があるということか。


「しかし、砦っていうのは普段は最低限の人間ぐらいしか詰めてないって、昔テレ…本で読みましたけどね。山砦なんて特に人が住むのには不便でしょう」


 タルタルはドワーフのため、足が短い。遅れてはいないものの足元に苦労しながら進んでいた。

 アルレットが仲間に加わって、一番の大きな変化は3人共“元の世界”をボカして発言するようになったことだろう。特にこの世界に降り立った経緯については、話題にもならないよう気を遣っている。ありのまま話そうとしても、単語が共有できていないため伝えるのは難しい。ある意味隠し事をしているとも言えるが、ゲームの世界かもしれないなどと言えるはずも無かった。


「…昔、タルブ砦が魔物に襲われて大きな被害が出たことがあったらしいわ。それから騎士団が常駐するのが伝統になったって。お爺ちゃんが言ってたことだから、実際に見たことはないけれど」


 アルレット達の会話を聞いてケイは考え込む。

 ゲームであった時代にダルブ山という山そのものはあった。しかし、タルブ砦というのは聞いたことが無い。それを言えばハトラギ村自体無かったのだが。

 この世界はかつてのトライ・アライアンスと違い、広い。そしてそこにトライ・アライアンスにあった地名と、全く知らない地名が混在している。

 タルタルではないが、まるで“こんなに広いのだから、ここにも村がないとおかしい”というような考えで誰かが弄っているのではないかと思わせる。誇大妄想が過ぎるのだろうが。

 考えながら歩を進めていると、木の根に足を取られそうになり、ケイの意識は現実に向いた。


 軍事的知識はまるでないケイたちだが、偵察などは時々行うようにしていた。この山はアルレットの庭のようなもののため、ここまで問題は無い。しかし、山の反対側に出ればその知識も使えない。

 たとえ間違ったやり方でもうっかり危機にあうよりは、知っていたほうが良い。そう考えて今から意識して、偵察する癖をつけることにしていた。

 普通は交代制で偵察するのかもしれないが、4人から出るのは常にアルレットとグラッシーだ。

「じゃあ上から見てくるっすよ。アルレットちゃんは下からよろしくっす」

 そういうとグラッシーが跳んで、横に立つ木の枝に乗る。驚いたことに折れるどころか、音すら立たない。ゲーム時代のエルフは、器用値が高いだけだったが、ここでは身の軽さなども人間とは違うらしい。

「…いつ見ても凄い。自信無くしそう」

 こちらは身を低くして、慎重に進んでいくようだ。慎重にとはいっても中々の素早さで、山歩きに慣れているため無駄が無いのだろう。


 合図を待つまでの間、手持ち無沙汰になったタルタルとケイは少しばかり話し合いをすることにした。仲間が仕事をしている間、何もしなかったというのは憚られる。身軽でない二人は身体を休め無ければならないが、頭を動かすのはかまわないだろう。建設的な話し合いになるかはともかく。


「砦には騎士団がいるって話ですが、僕らのようななんちゃって騎士団とは違うのでしょうね。歴史の講義とか真面目に受けておけば良かったですよ」

「騎士の細かい仕組み、なんて真面目に聞いてても出てこないのでは?騎士といっても色々有るわけですし、そもそも現実の知識が通用するとも限りません」


 やはり良く分からないからできるだけ真面目に応対しよう、という当たり前の結論に達するだろうな。そう考えながらケイは、一応記憶を掘り起こすことにした。

 騎士には世俗騎士団と宗教騎士団があるとか、知っているのはそれぐらいだ。称号としてだけの騎士もあるが、こちらは今回考えないでも良いだろう。騎士団の職務は軍事に限らず、それに関連する医療や輸送どころか、金融が得意分野であった騎士団まであったという。


「山の砦に常駐する騎士団、と考えるなら実戦的な騎士団でしょうけど…、伝統で配置されてる騎士団なら儀礼的なものかもしれませんね」

「騎士団といっても大半は兵士とか従者で構成されてるとか。連合の首都からは大分離れてるわけですし、やはり実戦的なやつの方だと僕は考えますねぇ」


 結局行ってみなければ分からないということか、と考えてケイはため息をつく。昔襲ってきた魔物というのも気になる。どういった存在だったのか、正確にはどれほど前なのかも。



 そうこうしていると、グラッシー達が戻ってきた。手を振っているところを見ると、問題は無かったのだろう。もう少し進んでから、野営することになるだろう。

 砦に着くのが明るい時になるよう、調節しながらケイ達は進んでいく。じきに日が沈む。夕焼けに照らされた森の木々は幻想的だった。旅を始めてから幾日になるか、景色はその都度違う顔を見せてケイを楽しませてくれている。元の世界でもコレに劣らぬ光景はあったのだろうが、それを楽しむ余裕は無かった。


(明らかにこちらの世界の方が殺伐としているし、余裕も無いはずなのにおかしなことだ)


 そんなことを思いながら、ケイは野営の準備を開始する指示を出した。


 アルレットが仲間になったことで、火を起こせるようになったことは大きかった。

 ケイ達は現代人である上にインドア派という二重苦であるため、この手の知識は持っていない。ランタンはクリスタルが発光する形であったため、火を起こすことはできなかった。

 もっともアルレットからすれば、そんな様でどうやって旅をしてきたのかが不思議だったようだし、魔法のカンテラの方が余程珍しいようだった。

 小さな弓のようなもので棒を回転させて火を起こす方法を、いざという時のためにケイ達も学ぶ。ここで才能を見せたのはタルタルだった。思えば、ドワーフといえば火と鍛冶の専門家だ。種族特性による才能だろう、と全く上達しなかったグラッシーとケイは語り合った。ケイは完全に負け惜しみだったのだが、エルフであるせいかグラッシーは本当に火に苦手意識が発生してるようで、自分でも驚いていた。

 

 料理はハトラギ村での報酬である日用品、その中にあった鍋で行う。鉄製の鍋はいかにもくたびれた、と言った風情で本当に不要なものだったのだろうが、複数あったのはありがたい。水はマジッグバッグから大量に取り出せるため、色々なことに使える。

 ハトラギ村産の干し肉は、やたら塩気が多い。それが普通なのかもしれないが、湯で戻さなければキツイのだ。アルレットは意外なことに料理に関しては微妙な腕前のため、ケイ達の作る鍋は干し肉に貰った芋、あるいはポテトや魚のフライまでぶち込んだ闇鍋のような有様だった。連日ポテトとアップルパイに魚のフライのローテーションで過ごしてきたケイたちにとって、温かいというだけで鍋は美味かったが。


 食事が終わると腹ごなしがらの鍛錬だ。ダイアウルフとの戦いで得たものを時間をかけて咀嚼して、仲間と共有していく。

 TPを地面や空気に伝わせるやり方でかなりのスキルが使用可能になったが、炎や雷に変化させるイメージは難しい。特にグラッシーのように弓矢を飛ばすスキルは、矢が手元から離れていくためか、この方法でもスキルの発動はかなりの集中力を要する。

 この世界においては恐らくスキルは、いわば基本の型に過ぎないのだろう。それは応用がかなり効くということでもあるが、習熟には現実と同様時間をかける必要があるのだ。鍛錬や模擬戦は必須といえた。もっとも一足飛ばしでコツをつかむ才能を持つ者もまた同様に存在しそうだが。


「スキルを新しく作ることもできそうですけど、そうなると追加効果が把握できなさそうですねぇ」

「〈アローレイン〉とかどうやるのかと思ってたっすけど、“力”で矢を作るんすね。時間かかる上にかなり難しいんっすよ…いややり方間違ってる可能性もあるっすけど」

「力を流す対象を空中にすれば、〈ソニックブレード〉も空に向かって出せるのかな。しかし、雷や炎のイメージはバチバチとかボーボーで良いんでしょうか?」


 盛り上がる3人をアルレットが不思議そうに眺めていることに、ケイは気付いた。もしかしたら、この世界で産まれ育った彼女にとってはTPの応用などは当たり前なのかもしれない。


(奇異に見られただろうか?しかし仲間外れにするわけにもいかないし…設定とか言い訳も考えておかないとな、それに彼女もグラッシーのスキルには考えるところがあるようだし)


 なによりこの時間は楽しい。運動でも勉強でも仕事でも、これほど真剣に取り組んだことはあっただろうか。あったのかもしれないが、それを共有しようと思っていなかっただろう。

 夜は更けていく。何かの鳴き声が聞こえた気もしたが、熱中する一行の記憶には残らなかった。



 翌朝、準備を終えてから出発してしばらくすると、グラッシーの耳がピンと跳ねた。

 ちょうど砦の一部が見え始め、一行の歩く足に力がこもり始めたところだった。


「…どうしたの、グラッシー?」


 グラッシーは口に指を当てるジェスチャーをする。聞き取ったなにかに集中したいのだろう。しばらくしてから口を開いた。


「人の声と鎧の音。それにこれはバサバサと…何かの羽ばたき?慌ただしい感じ…っす」


 その言葉から推測できる状況は、戦闘だ。翼を持つエネミーは多い。砦が見れる位置に人型のエネミーがいるとも思えない、鎧の音は恐らく砦の人間だろう。


「どうしますか団長」

「急行しましょう。グラッシーが先行、一拍遅れてタルタル。さらに後ろに私とアルレットで後方と左右に警戒しつつ進みます。グラッシーは状況が視界に入った段階で止まって、位置を静かに知らせてください」


 脳内で練習した、偉そうな仕草で指示を出す。

 翼が生えた側に理があり、鎧の側に問題が有る場合もあり得るため、即座の介入は避ける。ケイは基本的に“善人”の側に立ちたい。もっとも、ソレがこの世界の秩序や体勢と一致するかは不明だが。

 砦の人間に恩を売るチャンスかも、とは口に出さない。


 平地ではさほど差は無かったが、山道におけるグラッシーの動きは速い。瞬く間に見えなくなり、それにタルタルが続く。レベル差があるためか、アルレットは身軽なのを差し引いてもケイの方が速いためソレに合わせて進んでいく。


(後方から他にもエネミーが来る可能性を考えて、自分が殿になったけど失敗だったかな…グラッシーさんが先行しすぎる形になってしまってるし。タルタルさんをアルレットの随伴に回した方が良かったかも)


 時間が経つと自信が無くなるのは仕方がないが、現在のリーダーはケイであるため自信が無さそうに見られるのは避けたい。努めて顔を平静に保ちつつ、小走りで前方に続く。

 アルレットを後方に配置したのは、速度の差だけでなく森の様子に良く目が行くためだ。器用に周囲を警戒しながら走るアルレットを頼もしげに見やっていると、ケイの耳にも戦闘と思しき音が聞こえてきた。タルタルが手を振っている位置で止まる。

 

 タルタルにならって、木陰に滑り込んで身をひそめる。少し前方の木の枝の上にグラッシーも見える。二人の視線の先に目をやると、やはり戦闘が行われていた。

 翼をもったエネミーは鳥のような翼と足に、人の顔をしていた。ファンタジーゲームではお馴染みの敵役、【ハーピー】で、数は5。

 鎧を着た側は空を飛び回るハーピーに、懸命に剣を振り回している。

 鎧の人数は3。正規の兵士と見えて揃って同じ格好であり、山賊などには見えない。ケイは腹を括って、兵士達の側に助勢をすることにした。

 

 かねてより打ち合わせていた戦闘開始のジェスチャーを出し、指をハーピーに向ける。グラッシーが静かに頷き、弓を構える。相手がまだこちらに気付いていない場合の初撃は、射程が長いグラッシーだ。

 力を溜めているのが、こちらからでも分かる。不意打ちのため声には出さないが、〈パワーショット〉だろう。放たれた矢は見事にハーピーに命中し、そのままハーピーを吹き飛ばす。

 ハーピーも兵士たちも、目を見開いてこちらを振り向く。

 飛び出したケイは〈ソニックブレード〉を放つ。狙いは兵士とハーピーの間の地面だ。突然衝撃波が目の前に走ってきたハーピーは、驚いて身を翻す。そこにアルレットの矢が命中したが、仕留めるまでは行かない。

 その間にある程度近付いていたタルタルが、盾をメイスで叩きつつ叫び声をあげた。


「〈タウント〉!」


 敵意を煽り、注目を集める【戦士】のスキルを受けたハーピー達はタルタルの側に進路を変える。

 兵士たちとハーピーの間に空間が生まれたのを確認したケイは、静止の合図を出す。


「〈アローレイン〉!」


 一斉に向かってきたハーピー達に矢が降り注ぎ、戦闘は終わった。


 

 レベル差がありスキル一発で片付いたため無事に終わったが、課題の残る戦闘だった。〈アローレイン〉のような範囲攻撃スキルは今のケイたちには発動までに時間がかかってしまう。相手が強敵ともなれば、致命的な隙となりかねない。とはいえ、〈タウント〉のようなヘイトスキルに効果があることがわかったのは大きい。回復役がいないため、迂闊には使えないが。

 武器を収め、気付かれないよう息を整えるとケイ達は兵士に向き直る。


「あんたら…い、一体?」


 若い声だ、先程の様子からして実際に若い新兵なのだろう。


「我々はギルド、トワゾス騎士団のものです。苦戦されているようなので、助勢しました。あなた方はタルブ砦の兵士の方々かな?」


 恩に着せる言い方に少し心が傷んだが、無視する。がくがくと二度も首を縦に振った兵士を見て、良いファーストコンタクトになりそうだとケイは感じた。

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