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アライアンス!  作者: 松脂松明
第1章
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怪鳥①

 かつて魔軍が支配していた地域に不穏な動きあり――

 ボウヌ連合の盟主であるジェロイス王はその知らせを謁見の間で聞いた。

 もっとも、初耳というわけでもない。各所に配置された連絡員が辺境の噂なども収集し、報告をあげてくる。また王直属の細作達の活動もあるのだ。情報は多角的に集めなければならない、というのは“10年前”に思い知らされたことの一つだ。


「ご苦労だった。下がって良いぞ」


 偉そうな手振りを見せると、鎧がガシャリと音を立てた。



 ジェイロスはまだまだ若い。短く刈り揃えられた髪と髭にも白いものは混じっていないし、公的な場では重たげな鎧を常に着込んでいる。

 それだけでなく、王としても彼は若かった。10年前の彼は騎士団長の地位にあり、王族の端に引っかかっているだけだった。しかし、その後巻き起こった魔軍の跳梁によって高位の王族の多くが倒れたのだ。一年程度の短い期間で、彼を取り巻く環境は激変することとなった。

 紆余曲折を経て、彼は星界人や他連合の名だたる戦士達と共に魔軍の長を封印することに成功した。そのことが、彼の名声を著しく高め、安寧を求める国民や残った貴族に押される形で王となった。

 いわばお飾りであることを求められたのだが、貴族たちの勢力が魔軍によって縮小していたため気がつけば、ジェイロスの権力は歴代の王の中でも屈指のものとなってしまった。

 そして今や連合の盟主にまでなっていた。

 

 居並ぶ各組織の長や、貴族の重鎮達に挟まれる形で王に急を告げた伝令は興奮で顔を真っ赤にしている。横に立つ近衛兵は、疲労困憊した伝令の介添役ということになっていたが、実際は伝令が無作法を働いて処罰されることを防ぐためのジェイロスの計らいだ。

 伝令の名を聞こうとしたジェイロスは思いとどまった。高位の身分のものからの覚えが目出度い、というのは下の者にとって必ずしも良いこととは限らない。次に会った時に「お主はあの時の…」と言うぐらいが良いだろう。


 伝令が来る前からジェイロスがこの事態を既に知ってるように、この場に居並ぶ面々も既に各々の伝手から話は耳に届いているだろう。それをわざわざ謁見の間で報告を受けたのは、「これからこの事態に対して公に対策を講じるための話し合いをしましょう」というポーズに他ならない。

 伝令が下がってから、その姿勢のまま会議が始まった。王の右手が臣下や貴族たちであり、左手は正確には臣下ではない各ギルドの長達だ。

 通常であれば、報告を受けてしばらく時間を空けてからの会議となる。しかし王が騎士の出身であり、無駄を好まないことを知っている彼らから文句が出ることはない。

 先のポーズにしたところで、どちらかと言えば辺境や他国へ向けてのポーズなのだ。


「魔軍に不穏な動きあり。ではなく魔軍が支配していた地域に不穏な動きあり、か」


 戦士ギルドの長が呟く。王の前でも言葉遣いを改める気はないようだ。それを咎めるものがいないのは彼がそれだけの勢力を持つからだった。戦士ギルドは傭兵達の元締めも兼ねており、その権威は生半な貴族などでは及びもつかない。


「以前の大戦でも、やつらに与しようとするやつらはいたものだ。その残党が夢よもう一度、となっても不思議ではあるまいな」


 臣下側からも騎士団長が声を上げる。初老の男だ。騎士スキルの教官である彼は、各ギルドの長と王配下の橋渡し役でもあった


「実際のところ、どの程度の動きなのかしらね。侵攻してくるような段階ではないのでしょうけど」


 フェンサーマスターが口を挟む。彼女はスキルを探求し伝授するのが主な役割であり、彼女の弟子と言える人材は各地に散らばっているが、そこまでの情報網は持っていなかった。


「物資の流れる量が増えたのです。あとは人型の魔物を見たとか…まぁコレは噂話の範疇ですが。物資に関しては複数流通路があるようで、完全に潰すのは難しいですね。我が国を通るルートも一つありますのでコレを潰すか泳がすかは悩みどころですな」


 国家の情報網を握る臣下は、今事態を知りました、というポーズを取る気はない。優秀だが、クセのある人物だ。


「やり口を聞いてる限り、やはり魔軍そのものとは思えんな。かつての奴らは確かに狡猾ではあったが趣が違う」


 辺境の地を守る重鎮が語る。特に彼の領地はかつての魔軍の支配地域に近く、言葉の重みが違った。

 

 最前列に並んでいない、中位の貴族たちのざわめきも大きくなってきた。


「こうなると、陛下が進められた軍備の意地は誠に慧眼でありましたな」


 それは皮肉か?とジェロイスは内心で苦笑する。表には出さないが。

 10年前の大戦の後に王となり、次いで盟主となったジェイロスは軍備を整えることに余念が無かった。それは世界の危機と言える事態を目の当たりにした人間として、やるべきことであった。

 同様に事態の収拾に当たった人々からは賛意を得ることができたが、反発も大きかった。人は喉元を過ぎれば暑さを忘れるものだ。

 もっとも、10年の間は何も起こらなかったのだから、反対派の人々の意見とて間違っていたわけでもない。実を結んだ労力もあれば、無駄になったものもあったのだ。


「仮に魔軍が蘇ったのだとしたら、一体どうやって対抗するというのだ?星界人共はあの有様なのだぞ?」


 その声はさして高い位に無い貴族の集まりから漏れた言葉だったが、全員に染み透った。暗い沈黙が場を覆う。

 魔軍の主だった者たちは不滅の存在だ。故に封印しただけであり、復活の可能性は否定できない。目には目を。不滅の存在には不滅の存在を。アレらを相手にするには星界人の強力が必要不可欠だ。それが魔軍との戦いに参加したものの共通した見解だ。

 また、彼らの使う“転移門”が無ければ事態に対して後手に回り続けるだろう。


「やはり先手を取り、潰しておくべきだろう。封印を解く手段を見つけたからこそ、残党共や協力者が蠢動を始めたのだとも取れる。流通路については、できるだけ辿ってから潰せ。勿体無いが、行動を起こされてからでは遅くなる。兵の配備も急がせ、諸卿らも軍容を整えよ」


 ジェイロスの言葉が響くと、ざわめきがピタリと収まる。

 やや拙速に過ぎる方針だが、仕方がないのだと自分を納得させながら言葉を紡いでいく。


「星界人達はいかがいたしますか」

「従順な者たちは試験的に投入してみよう。未だ立ち直らぬ者たちの監視はギルド長たちが持ち回りで行うように」


 心が痛む。かつてジェイロスは彼らと共に戦場を駈けたのだ。


 しばらくして会議は終わり、謁見の間には静寂が戻った。

 一人になるとジェイロスはいつも考えることがあった。

 私と共に魔軍の長を倒した星界人の名をなぜ覚えていないのだろうか、と。

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