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憂鬱な探偵の日常的冒険  作者: 夏村響
1.好奇心倶楽部
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その8

 それからその後、上司は僕をカジノに一切誘わなくなりました。そればかりか、避ける素振りまでし始めたのです。不審に思いながらも、僕はいつもと変わりばえのない日々を過ごしていました。こうしてみると、実はあのカジノでのことはすべて夢だったのではないかとさえ思われてきました。

 しかし、あれは・・・現実です。

 何故なら例の百万円ほどの現金が手つかずで僕の手元にあり、そして、何よりも金髪の青年の声が・・・あの甘やかな声がまだリアルに耳の奥に残っていたからです。

 僕は混乱した頭と心を抱えながら、それでも平常の生活を送っていると、ひと月は経った頃、突然差出人の名前も住所もない手紙が一通送られてきました。

 ええ、あなたにお渡ししたその水色の手紙、それがそうです。

 あの時、僕が書かされたもののコピーに違いありません。間違いなく僕の筆跡なのです。けれど、会員になるためにサインなんかじゃなかったのです。見てください、これは告白書なんです。僕が会社の金に手を付けた横領犯ということになっているんです・・・!

 僕は・・・嵌められたんですよ、上司のMと、そして、あの金髪の青年に!


 ★

「あらら」

 封筒の中身を広げて、有村は呆れたように言った。

「サインだけじゃないよ、これ。ご丁寧に文面まで書かされている。・・・気が付かなかったの?」

「あ。はい・・・」

「有村」

 しょんぼりする山崎を気遣って僕はちょっと有村を睨む。

「仕方ないだろう、普通の状態じゃなかったんだ。きっと、薬でもかがされていたんだよ」

「うん? ああ、そうだね。ごめん」

「いえ、いいんです。確かに、自分でも間抜けだったと思うので」

「なあ、山崎。その後は何もなかったのか?」

「・・・いや、実は、この手紙を受け取ってから、冗談じゃないと思ってMに掛け合ったんだ。すると、Mは涼しい顔で私は何も知らないと言うんだよ。そんなわけないだろう。ムカついて、食い下がったら、そんなに言うならもう一度カジノに行ってみろ、そこでいくらでも聞きたいことを聞けばいいと言われたんだ。それで・・・」

「行ったのか? ひとりで?」

 僕の言葉に、山崎はこくりと頷いた。

「馬鹿な。危険なことを」

「軽率だったと今は思うよ。だけど、あの時は・・・」

「場所はどこか判る?」

 うなだれる山崎に、さらりと有村が質問した。山崎は、はっと顔を上げると慌ててその場所を教えた。都内の某所だった。

「ふうん。それで、あなたはひとりでカジノに行ってそれからどうなったの?」

「あ、はい。カジノに行くと、いつもドアの前にいたスーツの男の姿はなく、しんと静まり返っていました。ドアには鍵が掛かっていなかったので中を覗いてみると、広い室内には常夜灯のオレンジ色の明かりがついているだけで、がらんとして誰もいません。

 また騙されたと思ってむかむかしていると、いきなり誰かに背中を押され室内に突き飛ばされたのです。後ろでドアの閉まる音がして顔を上げると、そこにはあの金髪の青年が立っていました」

「・・・また金髪の青年か」

 僕の憂鬱そうな声に山崎は微かに頷いた。

「あの時はぞっとしたよ。彼は前にカジノで会った時と同様に、正装をして仮面を付けていた。しかし、同じなのは格好だけで、以前の柔らかで優しい印象はきれいに消えていたんだ。多分・・・あれが彼の本来の姿なのだと思う。とても嫌な感じで彼は僕を見て、蔑むように笑ったんだ。僕は・・・かっとなって、後先考えず、彼に掴みかかっていたよ。でもそれは簡単にかわされて、逆に腕をねじ上げられてしまって・・・情けないけど、僕は苦痛に悲鳴を上げていた。あっさりと彼の力に屈服して、たちまち無力になってしまったんだ」

「山崎・・・」

「いいよ、なぐさめてくれなくても」

 山崎は疲れたように笑うと話しを続けた。

「・・・彼のあの細い体のどこにあんな力があるのか、彼の手を外そうとかなりあがいたのけれど、びくともしなかった。そして、彼は僕を見下ろして余裕たっぷりにこう言ったよ。『君の身に起こった不幸を救ってくれる友人がいるのなら助けて貰えばいいさ』と。その言葉を聞いた途端、思い起こしたのは、石川、お前のことだよ。お前が有村さんと一緒にいるのは知っていたから」

「それで」

 有村がだるそうに言った。

「彼は他に何て言ったの?」

「あ、はい。タイムリミットは明日から一週間と。それを過ぎれば君の書いた告白書はしかるべきところに送られる。そうなれば、君は身の破滅だ。好奇心倶楽部としては君や君の友人たちの哀れな姿を見て好奇心を満たしたいところなんだがね、と、あの青年は楽しそうに笑っていました・・・。それから、このジェミニに魅入られて逃げ切れた者はいない。君も覚悟するんだなって・・・ジェミニって言ったんです。僕はそこでようやく、目の前にいる青年の正体を知りました。彼があの悪名高いジェミニなのかと判った途端、僕は絶望して悲鳴を上げていました。本当に恐ろしかったのです。取り乱す僕の顔に彼はいきなりスプレーを吹きかけました。その途端、気を失い、次に気がついた時には駅のホームに倒れていました。駅員に声を掛けられなければ、朝まで目覚めなかったことでしょう・・・」

 話し終わると、山崎は申し訳なさそうに僕を見た。

「石川、ごめん。こんな厄介事を持ち込んでしまって。だけど、相手はジェミニだ。頼れる人が他にいなくて」

「いいよ」

 僕が山崎に笑顔で応じると、不意に有村が言った。

「ああ、面倒くさいなあ」



(次回につづく)


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