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憂鬱な探偵の日常的冒険  作者: 夏村響
1.好奇心倶楽部
7/46

その7

 勝利を収めた時の周囲の称賛の声、尊敬に満ちた金髪の美青年の眼差し・・・忘れられるものではありません。ついに誘惑に負けた僕は、例の百万円を返すという名目で上司の誘いに乗ったのでした。

 カジノに着くと、前回と同じ手順で着替え、マスクを付けて人々が集まる会場に行きました。先ず、気になるあの金髪の青年に会うためにカードゲームのテーブルに向かうと、そこにいた人々がさっと僕に道をあけます。まるで僕の登場を心待ちにしていたかのようです。

 僕は前の時と同様に、少しづつ気分が高揚してきました。

 判ってはいるのです。このカジノがどこかおかしいことは。でも、抑えられない興奮、といいますか、この会場の独特の雰囲気が僕の心を昂ぶらせるのです。

 僕はそうして当たり前のようにカードゲームの席に着きました。正面を見るとやはり当たり前のようにあの金髪の美青年がいます。彼は柔らかく微笑んで僕を迎えてくれました。

「あなたをお待ちしておりました」

 彼は優雅に会釈をすると甘い声で囁くように言いました。

「僕はあなたのように勝負運に恵まれた方に初めて会いしました。僕もここではちょっとしたギャンブラーとして知られていましたが、あなたには完敗です。ほら、周囲の連中の顔を見てください。あの目つきを。今まで僕にしか見せたことのない称賛と尊敬のまなざしを、今はあなたが独り占めしている。悔しいですが僕はあなたに叶わない。才能の差というものですね」

 耳に心地よい声に僕はますますぼうっとしてきました。彼の声には柔らかな響きがあって、まるでそれは頭の中にとろとろとした甘く濃厚な蜜を注ぎ込まれている、そんな感じなのです。

 僕が何も答えられないでいると、彼は少し身を乗り出して僕に顔を近づけてきました。清々しい香りが僕の鼻腔を漂い、ふっと意識が遠のきそうになりました。

 ぼんやりしている僕に彼がますます畳み掛けてきます。

「山崎さん・・・Mさんからあなたのことは伺っております。賭け事にお強いとのこと。本当だったのですね。お会いできて光栄です。が、しかし、僕は残念でなりません」

「・・・な、何が残念なのでしょうか」

「あなたがこの有意義な会の会員ではないことが、ですよ」

「ああ、それは・・・」

 僕は重い頭を一振りして、必死に言いました。

「僕はただの会社員ですから・・・この会には相応しくありません・・・」

「とんでもない。この会にはあなたのような人が必要なのです」

 そこでふと、意味ありげに小さく笑い、

「あなたのためにある会のようなものです」

 と、まで言いました。

 僕はさすがに怖くなりました。

 そこで、同行していた上司Mの姿を捜したのですが、人の垣根がそこには出来ていて見つけることはできません。仕方なく席から立とうとすると、傍らにいた女たちが僕にまとわりついてきて椅子に引き戻します。

 何をするんだと彼女たちを追い払おうとしましたが、一人の女がその赤い唇を僕に寄せてきました。慌てて避けると、女は低いみだらな声で僕に囁きます。

「あなたは言う通りにすればいいのよ」

「・・・何の話しだ?」

「ここにサインすればいいの。そうすれば私たちの仲間になれる。ねえ、もっと遊びましょう。楽しい遊びを教えてあげるわ」

「サイン?」

 気が付くと、いつの間に用意していたのか、女は一枚の紙を僕の目の前のテーブルの上に置いたのです。僕はその紙に意識を集中しようとしましたが、ぼうっとした頭と霞む目では情けないことその紙に何か書かれているのかそれとも白紙なのか、それすらも判別できませんでした。

「さあ、どうぞ」

 困惑する僕に、女はペンを無理矢理握らせました。

「書くのよ、早く」

「や、やめてくれ・・・」

 恐怖にかられて僕が抗うと、またあの金髪の青年が囁きます。

「山崎さん、何を躊躇するのですか。僕はあなたの仲間ですよ。ただ楽しく人生を過ごそうと言うだけの会なのです。怖がることなど何もありません」

「・・・いや、ですが・・・」

「ここいると楽しいでしょう? ここ以外であなたが楽しめる場所が他にありますか? 今までのあなたの暮らしはどうでしたか? 女性にはモテましたか?」

 彼の台詞に呼応して、女たちがくすくす笑いながら、僕に体を押し付けてきます。その柔らかな肉が粘つくように僕の体に絡んできました。

「お金はどうです? 前回の勝ち取ったお金はどうしましたか? あんなもの、はした金ですよ。もっと、簡単に増やせる。ここではあなたは何でもできる。望みのままです。ここほど、あなたに相応しい会ありません・・・」

 ふうと意識が遠のいてそれからその後、どうなったのかまったく記憶がないのです。

 気が付くと、帰りのタクシーの中でした。隣には何食わぬ顔で上司が座っています。僕は混乱しながら、あの後、どうなったのか、あれは何の真似なのかと詰め寄りましたが、彼はのらりくらりと逃げて、結局なにも答えてくれませんでした。



(次回につづく)


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