その6
そこには着飾った紳士淑女たちが、思い思いにゲームを楽しむ姿がありました。
ルーレットやカードゲームに熱を上げる者もいれば、会場の隅で何ごとか甘く囁き合うカップルの姿もあります。そこにいるすべての人が仮面を付けているのですから、会場に異様な空気が漂っていたことは言うまでもありません。非現実的な光景がそこには広がっていたのです。
僕は圧倒されながら、前を歩く上司の背中を必死で追い掛けました。情けないようですがこんなところで一人にされるのが怖かったのです。しかし、怖いと思う反面、奇妙な昂揚感もありました。高級なスーツに身を包み、妖しい仮面を付けていると、いつもとは違う特別な人間になったような錯覚に陥ってしまうのです。
そうこうしているうちに、上司からポーカーでもどうだと言われ、ゲームに参加することになりました。ですが、最初は断ったのです。自分の勝負運というものを信じていなかったですし、なによりも急な誘いだったものですから持ち合わせも少なかったからです。しかし、上司は金は立て替えてやるからと、妙に熱心に勧めます。結局、追いやられるようにカードゲームの席に着きました。
大変なことになったなと思いつつ、顔を上げるとそこに・・・彼がいたのです。
目の覚めるような鮮やかな金髪に深い青い瞳の、それは美しい青年でした。僕は息が止まる思いで、彼をみつめたのです。こんなに美しい人を見たことが無いと思いました。変な言い方になりますが、その青年は存在そのものが完璧だったんです。
僕は瞬時で彼に圧倒され、恐怖すら感じました。そして惹きつけられてもいました。それは今思い返してみても、形容できない不思議な感覚でした。
彼は、黒い羽根飾りの付いた、目の周りだけを覆う仮面を付けていました。その仮面越しに彼はゆっくりと僕に微笑みかけてきました。すると彼の、深い色の瞳が微妙な色合いに揺れて、僕はその瞳から目が離せなくなってしまいました。
ぼうっとしている僕に、彼は意外にも流暢な日本語でゲームの相手をして欲しいと言いました。気が付くと僕はそれをあっさりと受け入れて、今思えばどういうわけか彼と一対一でポーカーをすることになってしまっていたのです。緊張して挑んだのですが、結果は呆気なく僕の勝利に終わりました。
その後も、彼に請われるまま何回か勝負を重ねましたが、結果は僕の圧勝でした。こんな幸運は初めてです。僕はいつの間にか周囲に集まった大勢のギャラリーから称賛の言葉と眼差しを一身に受けていたのです。魔法にかかったように僕の気持ちはどんどん昂ぶってきました。
しかし、その熱はすぐに冷めることになります。それは賭け金のあまりの高額さゆえでした。ほんの二、三回のゲームに百万単位の金が当たり前のように動いていたのです。
僕は賭け金は上司が立て替えてくれていたので、そのことは全く気にせずゲームに集中していたのですが、知ってしまうと全身の血の気が引くようでした。
僕はこのカジノのことをまるで理解しないうちに手を出していたことに少なからずぞっとしました。僕のような凡人には不似合いなカジノだったのです。それに今更ながら気が付いた僕は挨拶もそこそこに逃げるようにそのカジノを後にしました。本当に恐ろしく、そしてなによりも浮かれてしまった自分が恥ずかしかったのです。あのカジノは僕の居場所ではありませんでした。
しかし、話しはこれで終わりません。あたふたと家に帰った僕は、自分の鞄の中に見慣れない封筒が入っていることに気が付きました。それはどこにでもあるような無地の茶封筒で、触ってみるとかなりの厚みがあります。僕にはその封筒の存在が不吉なものに思えて、なかなか中身を確かめられないでいました。かなり迷って、ようやく中身を見てみると、そこにはやはり不吉なものが入っていました。・・・札束です。
いくらあるか数える余裕はなくて金額は不明ですが、厚みからして百万円は軽くあったと思います。それは例のゲームでの金に違いありません。僕があの金髪の美青年から勝ち取った金です。
帰り際にゲームで勝った金を渡されそうになりましたが、僕はそれを受け取りませんでした。それがいつの間にか鞄に入っていたのです。
厄介なことに手を出してしまったのではないか、そんな思いが僕の頭から離れませんでした。翌日、M氏に掛け合うと、それは君のものだから貰っておけばいいとあっさり言われ、二の句が継げませんでした。その上、彼は耳元で僕にまたカジノに行こうと囁くのです。とんでもないと僕は断りましたが、しかし、ゲームに勝った時の話しをされたり、あんなスリルはあそこでしか味わえない、あの金髪の青年も君の参加を心待ちにしている、などと言われると少しづつ、心がぐらついてきました。
(次回につづく)