その4
そして、彼はあの美しい顔で平然と犯罪を犯し、莫大な利益を得ているのだ。犯罪をまるでゲームのように楽しみ、人の苦しみを笑って見ている。そんな恐ろしい男と僕たちが関わりを持ってしまったいきさつは・・・実は些細な偶然からなのだが、その話しはいつかまた別の機会に。
「最近、彼の呪われた名前を聞かなくて心安らかに暮らせていたんだけどな」
苦笑気味に僕が呟くと、山崎が申し訳なさそうに言った。
「ごめん。でも、こんなこと、誰にも相談できなくて」
「いいって言ってるのに」
面倒そうに言って、有村は山崎の青ざめた顔を見る。
「で、ジェミニはあなたに何をしたの?」
「あ、あの、先ずこれを」
山崎は一通の手紙を上着の内ポケットから取り出し、恐る恐る有村に差し出した。薄い水色の洋封筒に山崎の名前と住所が印字されてある。既に開封済みだった。
「それって、あなた宛ての手紙だよね」
有村を受け取ると、興味深げにその封筒を眺めた。こうして見る分にはどこにでも売っているごく普通の封筒だ。
「差出人の名前がないね」
「はい。それは・・・ジェミニからの手紙です」
「ふうん。それで?」
「え、えっと・・・読まないのですか?」
「うん」
有村は封筒を中身をあらめることなくそのままテーブルの上に置くと、代わりに紅茶の入ったカップを手に取った。
「先にあなたの話しを聞いた方がいいかなって。話してよ、あなたがジェミニにどんな悪夢を見せられたのか」
「・・・はい」
山崎はちらりと僕を見る。僕が励ますようにひとつ頷いてみせると、山崎はようやく決心がついたらしく顔を上げた。
「実は・・・僕はある人物に誘われて秘密のカジノに行ったのです」
「秘密って違法カジノのことだよね」
「・・・はい。ただの好奇心だったんです。僕はギャンブルで身を持ち崩すほどじゃないですけど・・・でも、嫌いな方でもなくて・・・そのつい」
「そのカジノの名前って分かる?」
「好奇心倶楽部、です。それはカジノの名前というよりは、組織の名前なんですが」
「組織?」
「ええ、カジノはその好奇心倶楽部という組織がイベントとして定期的に開いているものなんです」
「ふうん」
有村はしばらく、その好奇心倶楽部という名前を呪文のように口の中で繰り返していたが、不意に微笑むと言った。
「山崎さん、その好奇心倶楽部のこと・・・その倶楽部の趣旨、雰囲気とか、あとカジノ様子とか・・・なんでもいいや。思い出せるだけ全部、詳しく話してくれる? ゆっくりでいいよ。僕はその話しを聞きながら、石川の淹れてくれたお茶を飲むとするよ。・・・今日はオレンジ・ペコだね」
有村は呑気のそう言うと、ソファーにゆったりと座りなおした。そして優雅に紅茶をすする。その様子に、逆に山崎もほっとしたようで、血の気の引いていたその顔に少し赤みも戻ってきた。
山崎はすっと深呼吸すると、話しを始めた。
(次回につづく)