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憂鬱な探偵の日常的冒険  作者: 夏村響
1.好奇心倶楽部
3/46

その3

「・・・なあ、俺はさ、有村さんって頭の切れる人って聞いていたんだけど・・・さっき、見た感じじゃあそんな風には・・・本当に大丈夫か?」

 ソファーに座りなおしたものの、山崎は落ち着かない様子で僕を見る。僕も、さもありなんと頷きながら友人の顔を見返した。

「そう思うのも無理はない。でも、彼が必要なんだろ?」

「そのつもりだったけど」

「とにかく、せっかく淹れたんだ、紅茶を飲めよ。そのうち有村が来るから」

「うん・・・」

 渋々というように彼はカップを手に取った。口を付けようとしたまさにその時、トイレのドアが開き、ぬっと有村が出てきた。山崎は、はっとして動きを止める。

「有村」

 そのまま自室に戻ろうとする彼を呼ぶと、目だけ動かしてこちらを見た。そこで初めて山崎の存在に気が付いたようだが、特に何も言うことはなく、有村はただ僕を見る。仕方なく僕は言った。

「お客さんだよ。僕の大学時代の友人で、山崎くん。相談があるそうだ」

「・・・相談」

 少し首を傾げる。まるで幼い子供のような仕草に、つい僕は微笑んでしまう。

「うん。こっちに来てくれないかな。お茶とショートブレッドがあるよ」

 こくりと頷くと、彼は素直にこちらに来た。そして、ソファーに座るとさっそくショートブレッドに手を伸ばす。僕はその間に彼のカップにお茶を注いだ。

「・・・あ、あの」

 山崎は手にしていたカップをそっとテーブルに戻すと、僕と有村の顔を交互に見ながら言った。

「は、話しを聞いて貰える・・・・のかな?」

「いいよ」

 頬張っていたショートブレッドを呑み込んで、紅茶のカップを手に取りながら、有村は素っ気なく言った。

「暇だし」

「有村、そういう言い方をするんじゃない」

 まだ寝ぼけ眼の彼を軽く注意して、それから声を落すと言った。

「どうもジェミニが絡んでいるようだよ」

「・・・ああ、またあの人」

 お茶を一口すすって、うんざりしたように息をついた。

「あの人も暇なんだね」

 思わず、僕は笑ってしまった。

 ジェミニの名前を聞いただけで、多くの人は恐れおののくというのに、そんなジェミニも有村にかかればただの『暇な人』で片づけられてしまう。

「そうかもな」

 調子を合わせて相槌を打つ僕を、山崎は怖い顔で睨んだ。

「・・・こっちは本気で困っているんだぞ」

「あ、ごめん。分かっているから。おい、有村。山崎の話しを聞いてくれ」

「うん」

 頷くと、有村はまっすぐに山崎の顔を見た。軽く微笑みを浮かべて彼は言う。

「どうぞ。始めていいよ」

「あ、はい・・・」

 山崎は毒気を抜かれたように有村をみつめる。

 寝起きでぼうっとした顔に、髪はひどい寝癖でコンデションは最悪なのに、それでも有村の可憐さは隠しようがない。仔犬のような無垢な瞳にみつめられて、むっとしていた山崎の表情も次第に優しくなっていった。

「ええっと・・・どこから話せばいいかな」

 急にうろたえだした山崎に、静かな調子で有村は言った。

「あなたはジェミニに会った?」

「はい。会いました」

「彼がジェミニだと名乗ったの?」

「そうです。彼は・・・ジェミニは、金髪碧眼の美青年で、いつも優しい微笑みを口元に浮かべていました。噂で聞く邪悪さは微塵も感じられない容姿だったのに・・・でも、彼は・・・」

「なるほど。確かにジェミニみたいだね、石川」

「そうだな」

 溜息交じりに僕は答える。

「金髪碧眼の美青年。優しい微笑み。・・・天使のような顔に悪魔のような心って奴だな。まさにジェミニだ。だけど、彼はしばらく姿を現さなかった。てっきり日本を離れて外国にでも行ってしまったのかと思っていたのに」

「戻ってきたのかもね。・・・この件はきっと彼特有の『ご挨拶』だよ」

「ご挨拶?」

「うん。これからもよろしくってことかな」

 こともなげに有村は言う。僕は怖気を振った。これからもよろしくなんて、固辞したいところだ。

 双子座ジェミニ・・・そう名乗る男は有村の宿敵と言ってもいい。彼の存在が有村を『探偵』として有名にしてしまった。有村にしてみれば不本意極まりないところだろうが。

 では、ジェミニとは何者か。

 それは残念ながら誰にも分からない。彼の素性は警察組織ですら掴めていない。ジェミニという人物は実在していないのではないかと疑う者もいるほど、不確かな存在なのだ。

 僕も有村も、かつてジェミニと対峙したことがある。それ故、彼が実在することは確かだと言えるのだが、それなのに実在すると断言するのをためらってしまう自分もいる。まったくおかしな話だが、僕は実際に彼に会ったからこそ、ジェミニが本当にこの世に存在するのか、逆に疑問に思ってしまうのだ。

 ジェミニには・・・生きている人間になら必ずある存在感、そこからにじみ出る生活感というものがまったくない。彼には影がなく、感情がなく、匂いがない。ない、ない、ない、何もないのだ。

 あの神々しい金色の髪と穢れを知らぬがごとくの澄んだ青い瞳。そんな類まれな美貌とは裏腹に、彼の内側に巣食うのはどろどろとした純粋な悪意のみ。それが人としての存在感を消してしまうのか?

 彼のあの美しさに騙されてはいけない。悪魔はいつも優しい顔と甘い言葉で僕たちを堕落させるのだから。



(次回につづく)


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