それが嫌なら、耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ
教室に着いた僕は、いつも通り一人で本を読んで始業の時間を待つ。どうせクラスに話せる相手なんてほんの数人しかいないから、僕にわざわざ話しかけてくる人なんているわけがない。心春も、僕のほうを気にする素振りを見せながらも僕に話しかけることはなかった。
当然だけど始業の時間になっても樋口さんは姿を現さない。そして樋口さんだけでなく、梶原さんも登校してこなかった。
真面目なあの子が休むなんて珍しい。風邪でも引いたのかな。それとも昨日のことがあって心春と顔を合わせづらいとか? 魔法少女ビショップの正体を知ったのをきっかけに、魔法少女まじかる☆ルークの正体に気づいてしまった可能性はないと思いたい。
そういえば、樋口さんは、いやクイーンは素体を見つけたから行動を起こすといっていたけど、いったい何をしでかすつもりなんだろう。
考えても仕方ない。いざとなれば、一般人として僕は逃げるだけだ。
もしかしたら逃げおおせることもなく死んでしまうかもしれない。けど死ぬリスクが存在するのは立ち向かっても同じことだし、むしろそちらのほうが高いくらいだろう。
なら、僕はわざわざ身を危険にさらしてヒーローとしての責任を負い、心を痛めるなんてまっぴら御免だ。
そこから僕は、まるで心にぽっかり穴が開いたかのように午前の授業時間を過ごし続けた。
昼休み、僕は一人でご飯を食べながら、ネットでなんとなくまじかる☆ルークについての評判を調べる。自らネットでそれを見るのはルークと出会って初めて変身したあの日以来初めてだ。前も言ったように、あれから僕はネット断ちしてたからね。
僕らのことに関しては、どうもフェアリールージングは以前から黒い噂がネットにも流れていたらしく、魔法少女たちはそれを討伐しに行ったところ、敵がアジトを自爆させたという説が主流になっているようだ。概ね当たってる。
驚いたことに、僕らに対して好意的な意見が多かった。かつてはただキモオタおじさんがはあはあしているだけかと思ってたけど、どうやらそれに限った話でもないらしい。みんな幼少期にテレビの前で憧れたヒーロー像を僕らに重ねているのかな。
けど、僕は魔法少女アニメやロボットアニメ、特撮の主人公みたいな立派な人間じゃない。そんな風に期待をされたって困る。
まじかる☆ルークの噂が途絶えるまで、またネット見るのはやめておこう。それであの自爆で死んだとか勝手に勘違いしてくれるとありがたい。
放課後、僕らはキングの孫である早苗さんの誘いに応じて、近くにある大学病院へキングのお見舞いに行った。
できれば魔法少女関連で知り合った人たちとはもう関わりたくもなかったんだけど、心春に強引に引っ張られたのと、僕自身もキングの様子は少しばかり気になっていたので、仕方なくキングの様子を見に行くことになった。
バスを乗り継いで、キングのいる病院へ。早苗さんから教えられていた病室の前には「柳田義彦」と書かれた札が掲示されていた。
そこはどうやら個室らしく、部屋の奥に置かれたベッドの上に、頭と右足に包帯を巻いたキングが横になっていた。
「こんにちは。今日はおじいちゃんのために来てくれてありがとう」
僕らにそう挨拶してくる早苗さんは、顔に一枚ガーゼが貼り付けてあるだけで、特に大きな怪我をしているわけではないようだった。
あれからキングは病院に搬送され、ようやく今朝になって集中治療室から出て、一般の病室に移ることができたらしい。
「よくきたの。天野心春、それとそっちは……、高屋優か」
キングには以前のような覇気はなく、すっかりしおれきってしまっていた。
「初めに行っておく。本当に、すまなかったな」
キングは僕らに向かって頭を下げた。
「こうして大けがで入院して、ようやくわしも目が覚めたわい」
それは今にも死にそうな、弱弱しい年寄りの姿だった。
「わしは、わしの身勝手な願望で身勝手な研究をし、クイーンというおそろしい奴をこの世界に呼んでしまった。そして結果として、アジトの自爆でわしの下で働いていた研究員を何人も死なせてしまった。わしは世間に向けてすべてを公表する。そして捕まるならそれでもいい。そうやって自分の罪を少しでも償うつもりじゃ」
ぽろぽろと涙を流すキング。そして「じゃが……」と付け加えた。
「クイーン。あいつだけは野放しにはしておれん。奴が素体を見つけたという話が本当ならば、これはとんでもないことじゃ。何もしなければ、この世界が終わるかもしれん。クイーンさえなんとかした後であれば、わしは喜んでお縄になろう。天野心春、高屋優。頼む、クイーンを倒してくれ!」




