悪の組織のアジトには自爆装置があると相場が決まってる
「そ、そんなこと可能なのか」
「え!? おじいちゃん知らなかったの!?」
「約款なんぞ読まんからな。学会の奴らも教えてくれなったから、まったく知らんかったわい」
キングは立ち上がって早苗さんからカードを受け取った。
「おじいちゃんのことだから、どうせ『ビタ一文払う気はない!』だとか叫んだのだろうけど。とにかく、これでおじいちゃんは学会に戻れるから、またやり直そう?」
「そうじゃな。とりあえずキングロボを作るときに生み出した数々の技術を論文にして、奴らを驚かせてやるとするか」
端末を拾ったキングがそれを操作すると、いまだに誤作動を起こし続けていたキングロボの動きが止まった。どうやら床に叩き付けられても端末は壊れなかったらしい。
「ルーク、ビショップ、そして高屋優と天野心春よ。すまなかったの。わしはこの世界征服計画から足を洗うことにする」
えっと。あまりに急な話で頭がついていかないんだけど、要するにキングは滞納していた分を払いさえすれば学会に戻れることすら知らなくって、ほんとにただの逆恨みで学会を恨んでいたところ、孫に学会に戻るための費用を立て替えてもらって、それで改心して復讐をやめたっていうこと……?
なんだよそれ! そんなものに振り回されてた僕らがバカみたいじゃないか!
呆れて声もでない。もう今の僕としてはそもそも妖精をこの世に呼び出した諸悪の根源であるキングをむちゃくちゃに罵倒してやりたい気分だけど、そんなことをしてキングの気が変わったら大変なので、僕は頭に血が上るのを感じながら、それを表に出さないように必死で抑える。
まあいいよ。もっと壮絶な戦いを覚悟していたのに、案外楽にキングを陥落させることができたわけだから。到底納得いかないけど、今はそれでよかったと思う他ない。
さあ、これでキングとの闘いは終わったわけだ。あとはクイーンを倒せば僕らの戦いは終わる。
僕らがキングと死闘というほどでもなかったかもしれないを繰り広げている間も、クイーンは一度も姿を現さなかった。
そもそも、僕はクイーンの姿を一度も見たことがない。おそらくこれまでの情報からしてルークやビショップとよく似た見た目をしてるんだろうけど。
「まったく。情けないな」
突然、なにやら女の子の声が倉庫に響き渡る。
「あれだけの支援をしてやったというのに、あっさりと寝返るとは。そんな奴と手を組んでいた自分が恥ずかしいくらいだ」
なんだろう。この声、どこかで聞いたことがあるような気がする。つい最近も耳にしていた。誰だ。一体これは誰の声だ。
その答えは、すぐに向こうのほうから現れてくれた。
機能を停止したキングロボの陰から現れたその姿に、僕らは驚嘆する。
「樋口さん……っ!?」
そこにいたのは、僕が不登校になっている間に転校してきたクラスメイト、樋口香織さんだった。服装は僕らの高校の制服だ。
「そういうことかよ。気づけなかった俺も間抜けだぜ」
ルークが悔しそうに声を漏らす。
「ど、どういうことなの?」
「この女、クイーンが人間に擬態した姿だったんだ」
「ええっ!?」
どういうこと? クイーンは人間に化けて普通に高校に通ってたの?
「本来はビショップと変身した魔法少女があの学校にいる可能性が高いと踏んで、お前たちの高校に潜入して、そこで怪人を暴れさせて正体を突き止めようとした。そうしたら運のいいことに、ルークのほうまで正体を特定できたというわけだ」
同級生にすら常に敬語でおどおどしていたこれまでの樋口さんからは考えられないような、低く落ち着いた冷たい口調だ。あの樋口さんとしてのキャラも僕らに取り入るためのものだったのだろうか。
「今更出てきてもおせえよ。残念だったな! もうキングはお前の計画からは足を洗うといってるぜ」
ルークの言葉を聞いて、樋口さんもといクイーンは大きな声をあげて笑う。
「まさかとは思うが、お前たちはわたしがキングロボなどというくだらないものを、頼りにしているとでも思っていたのか?」
え。違うの。だからキングと手を組んだんだと思ってたんだけど。
「もちろん。場合によってはキングロボを利用するつもりではいた。しかしそれはわたしの計画が失敗したときの最後の妥協案に過ぎない。わたしの本当の計画、それは変身元の素体となる人間を見つけることだ」
「ルーク。素体ってなに」
「前にも言ったと思うが、妖精は誰とでも変身できるわけじゃねえ。詳しい話は割愛するが、魔力の波長がある程度一致してないといけないんだ。クイーンは魔力自体は俺やビショップよりはるかに強いから変身できれば最強だろうが、その波長があまりに特殊なパターンだから、人類の中にクイーンと変身できる人間がいるかどうかすら微妙なところだ」
「だがわたしは見事に見つけたのだ。魔力パターンが完全に一致する人間をな」
「ハッタリに決まってる。クイーンほどの特殊な波長の妖精が、そんな簡単に素体を見つけられるわけがねえ」
「じきにわかる。もうキングロボなど必要ない。いや、この組織自体がわたしには不必要なものだ」
クイーンは指をぱちんと鳴らす。その直後、サイレンが鳴り響いた。
『自爆装置起動。自爆装置起動。爆発10分前。総員、直ちに退避せよ。繰り返す。自爆装置起動……』
放送が入り、アジトの中がパニックに包まれる。
「クイーン。貴様、なんてことを!」
キングが叫ぶ。そりゃ自分の研究所が爆破されようとしてるんだからね。
そういえば、キングってこの研究所を作るときに背負った借金どうするつもりなんだろうか。
気になるけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。あと10分でこの研究所が爆発してしまう。なんとしても、逃げ出さないと。
「裏切ったお前に言われる筋合いはない。この自爆装置はもう止めることは不可能だ。死にたくなければ、一刻も早く逃げることだな」
そう言い残して、クイーンはこれで話は終わりだと言わんばかりに僕らに対して背を向けた。