魔法のバリアは飛び散る糞尿から身を守るのにも役に立つ
「階段の陰に隠れてて! 安全になったら逃げてよ!」
梶原さんはまだなにか言いたげだったけど、僕は無理やり梶原さんを階段の陰に隠し、僕は梶原さんのほうに鎌が行かないようにするため職員室へとつながる廊下側に逃げる。
僕を追って二階に上ってきたリーパーによって操られる鎌のうち四つは僕を追ってくるんだけど、ひとつはあろうことか梶原にその刃を向けた。
まずい! 梶原さんが!
「おい! なに立ち止まってんだよ!」
「だって梶原さんが!」
梶原さんは慌てて逃げようとして転んでしまっていた。まずい
「マジカルビーム!」
僕は梶原さんを狙う鎌に向けてビームを放つ。ビームはリーパーの鎌をはじき。その直後に消滅して消えた。
「お、お前もなかなか魔法の扱いがうまくなってきたじゃねえか。ビームを自由に消せるようになったのは大きな成長だぞ。これなら呪文なしでビームが撃てる日も近い」
「そりゃどうも!」
魔法少女として成長してるのはうれしくないけど、恥ずかしい技名を叫ばなくて済むのはなかなかメリットが大きい。
僕はあわててビームで鎌を弾き飛ばしながら、梶原さんに駆け寄った。
「梶原さん。大丈夫?」
「え、ええ……。あなたが助けてくれたから、大丈夫よ」
僕は梶原さんの手をつかんで立たせる。
「おい、お前この女の名前知ってることがばれて大丈夫なのかよ」
しまった。必死になってたから、ついそっちに注意を払うのを忘れてしまっていた。
しかしここでうろたえてはいけない。何事もなかったかのように装わないと、それこそ名前の件を梶原さんに怪しまれておしまいだ。
「ルーク! あの包帯って無限に伸びるの?」
「わかんねえ。けど妖精形態のときはそんなことはなかったから、多分伸びないとは思うぞ」
「よし、それなら、このまま逃げれば……」
そう言いかけて、すぐにその手段は通用しないと気付く。
教室のエリアまで行ってしまえば、おそらく窓を破ってリーパーは教室の生徒に手を出そうとするだろう。なんせ個人情報を特定して攻撃してこようとするやつらだ、そのくらいのことはしてきてもおかしくない。
なら、今ここでどうにかしないといけない。
「いいこと思いついたぜ!」
「……絶対ろくでもないことじゃないと思うけど、聞いておこうか」
「そんなこと言うんじゃねえよ。いいか。そこのパイプにリーパーの包帯をくくりつけるんだ」
ルークが指差す先にあるのは、踊り場の廊下を上から下に突っ切る、うっすらと「下水」と書かれたパイプ。
確かに、包帯が無限に伸びないのであれば、くくりつけてしまえば攻撃を封じることができる。
「珍しいね。ルークがまともな案を言うなんて」
「失礼すぎるだろお前。俺をそんな風な目で見てたのかよ」
その理由は自分の胸に手を当てて考えるんだね!
「けど、あんなただのパイプがそれに耐えられるの?」
「わかんねえ。説明してる時間はないが、それでも問題はない。いいからやれ」
うーん。仕方ない。ここはルークのいうことに従っておくことにしよう。
リーパーの鎌が再び襲ってくる。僕は梶原さんに「目閉じてて!」と叫んだ後、ステッキを構える。
「ルークフラッシュビーム!」
必殺魔法。これをリーパーの鎌に向けて発射する。
僕の放ったビームはリーパーの鎌を打ち落とした後、階段下の廊下の床をえぐる。校舎損壊に関しては、緊急避難ってことで勘弁してほしいものだ。
リーパーの鎌は階段に落ちて、なにやらこちらに狙いを定められずにミミズのようにうねうねしていた。
これこそが僕の狙いだ。敵の鎌はまるで目がついているかのように動いていた。だから強い光を当ててやれば、しばらくまともに行動できないんじゃないかと思ったんだ。その目論見は、見事成功した。
僕はまずリーパーの包帯のうちひとつをつかんで、踊り場のパイプに硬く括りつける。
残りの包帯も同様に括ってやろうかと思ったけど、そうもいかないようで。他の包帯たちも先ほどの光のショックからもう解放されたらしく、また僕に矛先を向け始めていた。
しかもせっかく括りつけた包帯も、僕の後ろでパイプをギシギシと軋ませ始めている。
「こ、これまずいんじゃないの? しばらく必殺技は撃てないし」
「問題ない。これで俺たちの勝利だ。後ろに向かってバリアを張れ!」
「え……?」
僕は言われるままに「ルークバリア!」と叫んで体の後ろにバリアを張る。
直後、背後の下水パイプから水の噴出する音が聞こえ、悪臭を放つ茶色い飛沫がそこらじゅうに散乱した。僕と梶原さんは背後に仕掛けたバリアによってその汚い液体から守られる。
リーパーの包帯はすべて床に落ちて、まったく動かなくなった。
「ど、どういうこと……?」
「あいつは潔癖症だからな。自分の包帯をこんな糞尿交じりの下水で汚されたらパニックを起こすだろ」
え。なにその理由。
「今あいつは行動不能だ、急いで止めを刺しに行くぞ! そこの女は置いていって大丈夫だ」
「う、うん!」
僕は下水の飛沫を踏まないように気をつけながら階段を降りて、保健室へと向かった。
 




