謎すぎる三角関係
僕は「降りろ!」と念じる。すぐに箒による押し上げは止み、僕の足はすぐ地に着いた。
「なんというか……。気づいてやれなくてすまんかったな。大丈夫か?」
ルークが心配そうな声色で問うてくる。なんだろう。ルークに謝られるのって、もしかして初めてなんじゃないかな。やっぱりルークも、妖精とはいえ男だからこの苦しみは理解できるんだろうか。
「後ろの藁の部分に乗れ。そこなら、だいぶましだろ」
僕はルークに言われた通り、箒の下のほうについている藁の部分に腰を下ろす。ちょっと不格好だけど、僕の股間の健康とは代えられない。
うん。まだ股間は痛いけど、さっきよりはよほどまし。我慢できないほどのものじゃない。さっさと逃げてしまおう。
股間の痛みという問題を乗り越えて、これにて一件落着、とはならなかった。
「うっ……!」
さっきルークが言っていた通りだ。バランスをとるのが難しすぎる。浮き上がる力を持っているのは箒だけなので、僕はそれに合わせてバランスをとらなくちゃいけない。幸いにも、箒自体が回転してしまうことはないけど、それでも難しいものは難しい。
「重心をおろせ、体を前に這わせろ!」
ルークの指示通り、僕は箒の先端に手を伸ばすようなポーズをとって体を前に倒す。ダサすぎるにもほどがある。
しかし、それだけで対処できるほど状況は甘くなく、僕の体はついにぐるんと回転してしまう。豚の丸焼きのようなポーズで、僕は必死に箒にぶら下がる。
上下反転して見える世界。僕は加速度で振り落とされないよう、ゆっくりゆっくりと移動する。
そして校舎の屋上、生徒が立ち入りできない給水塔の近くまで行って、僕は箒から足を下ろして、すぐに変身を解いてその場にへたり込んだ。
「ああ……。えらい目に遭った……」
頭に血が上り切ってる。鏡がないからわかんないけど、今間違いなく僕の顔は真っ赤になっていることだろう。
「まあ、なんだ。これから練度が上がれば、魔力でバランスをとることもできるようになるし、股間への衝撃も和らげられる、それまで辛抱しろ」
「本当だろうね!? 僕それまで絶対に二度と箒には乗らないからね!?」
僕はいまだに痛む睾丸を案じながらルークに叫ぶ。
魔法少女や魔女が箒と空を飛ぶ。それは某ジブリ作品でも見られる王道展開なのに、裏ではこんな苦労があったんだね。いや。ここまで変な苦労してるのは僕だけか。
僕はだれか人が来る前に、給水塔から降りて、そのまま教室へと戻ることした。
教室に戻って僕は黙って自分の席に座る。なんか周りが「まじかる☆ルークが学校に出たんだって!」とか話してるけど気にしない。まったく。高校生にもなって魔法少女を見ただなんて。恥ずかしくないんだろうか。病院いった方がいいんじゃないの。
「優くん! やっと見つけた……」
慌ただしい様子で心春が教室に入ってきて、そのままドタドタと僕の席の前に駆け寄ってきた。
「優くん今まで何してたの!? 教室にもいないし!」
「うるさいなあ。心春には関係ないじゃん」
「関係あります! 不審者が現れた以上、委員長としてはクラスメイトの安全確認をする義務があるんだから」
なんてめんどくさい話だ。第一君はいつも委員長としてどうのこうのって言うけど、それってただ単に自己満足に浸りたいだけなんじゃないの。
そう言ってやりかったけど、そんなこと言い出したら心春は怒り心頭になって、今の何倍も面倒なことになるので黙っておくことにした。
「図書館行ってただけだよ。てか不審者ってなに」
僕はあくまで不審者のことを知らない体で話すことにした。
「実は駐車場に変な男が現れたらしくって……」
心春が語るその不審者の情報に、僕は耳を傾ける。どうやら、巨大化したことについてはあまり広まってないらしい。不幸中の幸いだ。あれだけはただの不審者で片付く内容じゃないからね。
その後、先生が教室に入ってきたことでようやく解放された僕は午後の授業を受けていて、教室にとある異変が起きていることに気づく。
いや、教室の異変というより梶原さんの異変か。
いつもは心春並みに真面目できちっとしてるはずの梶原さんが、今日は授業中だというのにぼーっとしていた。
先生もそれには気づいたようで、梶原さんに問題を答えさせようと指名すると、梶原さんは「ごめんなさい。どれが問題かわかりません」と言って、しばらく罰として起立させられていた。梶原さんとしては考えられないミスだ。先生を含む教室中のみんなが驚きを隠せずにいた。
「梶原さん。どうかしたの?」
放課後。僕はいてもたってもいられなくなり、家に帰るべく廊下を歩く梶原さんに尋ねる。
「別に。なんでもないの」
「なんでもないわけないよね。だって梶原さんが授業聞いてなくて立たされるなんて、なかなかあることじゃない」
僕を放って帰ろうとする梶原さんに、僕は食い下がる。
「……でも、高屋さんに話すのは気まずいし」
「何言ってるの。僕は梶原さんの悩みなら喜んで力になるよ」
「本当? もし、それが恋の悩みだとしても?」
僕は一瞬面食らったけど、即座に「もちろん」と返した。僕を振った梶原さんが他の誰かを好きになるのは、もちろん悲しいことだけれど。でも女の子が好きな梶原さんは、どうせ僕に振り向いてくれる可能性はないんだし、だったら梶原さんの恋が叶って幸せになってくれた方が、僕としても嬉しいし、なにより踏ん切りがつく。
「当然だよ。梶原さんは、誰を好きになったの?」
僕の言葉に、梶原さんは「誰にも言わないで」と前置きしてから、僕に耳打ちしてきた。
「最近噂の魔法少女まじかる☆ルークっているじゃない。今日この学校にも来たっていう」
僕の耳元で小声で話す梶原さん。僕は好きな女の子がそんな行動をとっている事実に、くすぐったさを感じながら思わずどきどきしてしまう。
しかしそんな僕の心に、梶原さんはとんでもない爆弾を落としてきた。
「わたし、あのルークっていう魔法少女のこと、好きになっちゃったみたい」