最終話 新生活
「さて……どうしてこうなうなった?」
「おいっ、そこの新入り! なにを突っ立っているっ。キリキリ走らんかぁっ!」
だだっ広い修練場で立ち尽くす俺にむかって、後ろからムダにマッチョな騎士教官が怒鳴り声をあげる。
「チッ……」
俺は舌打ちし、しぶしぶ走りはじめた。
「いいか新入り。この学院では上も下も、貴族も平民も関係ない! わかるか? いかに貴様がマーグスウェル家の人間だとしても、我々教官は区別なく、そして容赦なく鍛えてやるから覚悟しておけっ!」
「チッ……」
事の起こりは1週間前。
俺が自警団の皆さまがたと一緒に、ヒルデを攫おうとした野盗たちを父上に突き出したのがきっかけだ。
縛りあげられた野盗を見てから、俺の顔をまじまじと見つめる父上。
それを何度か繰り返したあと、不意に父上から質問がとんだ。
「デュオ、この野盗共はお前が捕まえたのだな?」
「はい父上。私の指揮のもと、村の自警団の者たちが一丸となって捕縛しました」
真実は自警団の皆さまがたが一丸となったのは、オットーの髪を引っこ抜くことだったけど、それは俺たちだけの秘密だ。
俺の言葉を聞き、父上は「うむ。うむ」としきりに何度も頷く。
やがて――
「素晴らしいぞデュオ! まさかお前に将の才があっとは、この私でも見抜けなかったぞ!」
「は、はぁ」
「フッ、お前は屋敷にいるときは書庫にこもってばかりだったからな。将来は文官にでもさせ、私や兄たちの助けになれば、と考えていたのだが……どうやら違ったようだ」
「違った……とは?」
「フッ、わからんのか? デュオ、お前もやはりマーグスウェル家の男子だったということだよ。戦場で幾千、幾万もの兵を率い、国に勝利をもたらす将軍に相応しい、マーグスウェル家のなっ!」
「……………………へ?」
「こうしてはおれん。すぐにお前を騎士学院へ入学させなくては」
「え!? 『入学』って――ちょ、父上!」
「15で入学は遅いと言われるだろうが……こうして将たる才の片鱗を見せてみたのだ。デュオ、お前なら必ずやマーグスウェル家の男子として恥じぬ結果を出してくれると信じているぞ!」
「ファァァァァァァァァッ!!」
こうして、俺はウキウキな父上の手によって王都にある騎士学院へ、無理やり入れられてしまったのだった。
割と真面目に家出をかんがえたけど、そのことを師匠に相談したら、
「学校に入るのもいいんじゃね?」
と、実にテキトーなお返事を頂戴した。
なんでも、もう俺に教えることはほとんどなくて、あとは『コミュ力』ってやつを鍛えるだけだとか。
そしてその『コミュ力』ってやつは、多くの人間がいる場所でないと鍛えることができないらしい。
騎士学院に入れられる可愛い弟子を見放した師匠に、ちょっとだけイラッ☆っときた俺は、
「師匠にも教えられないことがあるんだねー」
って皮肉ったら、
「俺はコミュ障だからな」
と謎の言葉が返ってきた。
なんでも、コミュ障にはコミュ力ってやつを教えることができないらしい。
そんなこんなで、ウキウキな父上と割と肯定的な師匠に背を押され、俺は王都へ旅立つことになってしまった。
「はぁ……」
王都に向かう馬車なか、俺は深いため息をつく。
ちなみに、
「お母さんお母さん、王都ってどんなとこなんだろうねっ」
ハーフエルフのヒルデと、
「うふふ、きっと欲にまみれた人族がたくさんいるにきまっているわ」
その母親であるエルフのフレアも一緒に行くことになった。
なんでかというと、この親子はふたりして無職だったからだ。
村の皆さま方に愛想を振りまきまくり、今日まで生きてきたんだとか。
実力主義で身分なんか関係ない騎士学院に入学するとしても、俺はマーグスウェル伯爵家の三男である。
身の回りの世話をする供は必要だ。
そこで、父上はこの無職なエルフ親子を雇用し、俺の使用人としたのだった。
礼節も、そして家事能力もまるで皆無なダメ親子を供とする俺。
「デュオさまー! がんばってー!」
「うふふ、見なさいヒルデ。人族が列をなして走っているわ。まるで虫けらの蟻みたいね」
教官に怒鳴られながら走る俺を見て、ヒルデとフレアが声をあげる。
「走れ走れ! 騎士の基本は体力だ! ぶっ倒れるまで走り続けろ!!」
「チッ……」
俺の王都での生活は、まだはじまったばかり。
これから多くの試練が俺を待ち構えていることだろう。
でも、俺には師匠から教わった武術に魔法、様々な知識と『たぶれっと』、そしてなにより――
「あの教官どうしてくれようか? 今晩にでもスレ立ててみんなからアドバイスでも貰ってみるか」
『掲示板』がある。
掲示板がある限り、俺の人生は間違いなく素晴らしいものになるに違いない。
………………なるよね?




