第1話 許嫁ができたよ!
のどかな午後の昼下がり、いつものように屋敷の書庫にこもって魔導書を読みふけっていると、
「デュオ、デュオはいるか?」
どこからか俺を呼ぶ声が聞こえた。
これが屋敷で働くメイドや執事だったらよゆーで無視してたけど、残念ながら呼んでいるのは父上のようだ。
「はい父上。デュオールはここにおります」
父上はこのあたり一帯を治める領主で、伯爵の爵位を持つ偉いひとだ。とうぜん無視なんかできるはずがない。
俺は読んでいた魔導書を閉じ、あわてて書庫から飛びだした。
「おお、そこにいたかデュオ。私の部屋にきなさい。話がある」
「お話……ですか? わかりました」
笑顔で手招きしてくる父上。
楽しそうに笑ってはいるけど、その目には有無を言わせぬ迫力がある。
「デュオ、お前も今年で15歳。あと1年で成人となるな」
「はい」
「喜ぶがいい。そんなお前のために、私が許嫁を見つけてきてやったぞ」
「へー、いいなずけですか……って、えぇっ!?」
「はっはっは。驚いたか? 相手はカトロフス家のドロシー嬢だ」
「んなっ! どど、ど、ドロシーですって!?」
「ん、嫌か? 気立てのよい娘と聞いているぞ」
ドロシー・ロームル・カタロフス。
貴族界隈では有名な尻軽娘で、俺の師匠の言葉を借りるなら「ビッチ」ってやつだ。
顔は可愛いんだけど、いかんせんお股とお頭が緩いらしい。
そんな、「一晩だけならいいけど、結婚相手としては絶対にないわー」と陰で言われている娘を、父上はよりにもよって俺の許嫁として選んできたわけだ。
なんということでしょう。
これは、なんとしても全力でお断りさせていただかないとだな。
「ち、父上、僕に結婚はまだ早すぎるかと……」
「何を言う。三男とはいえ、お前も誇り高きマーグスウェル家の男子。許嫁のひとりやふたり、いなくてどうする?」
「しかし父上、僕はまだ15歳になったばかりで――」
「歳など関係ない。貴族とはそういうものなのだよ」
そう断言する父上。
当主である父上の言葉は、神の言葉にも等しい。
つまり、受け入れるしかないのだ。
俺がこのまま、家に留まり続けるのならば。
「ドロシー嬢は、いま南方の国々を巡って様々なことを学んでいる最中だそうだ」
「へ、へー。スゴイデスネー」
顔が引きつっていくのが自分でもわかる。
きっと南方の方々と一晩だけの恋を楽しんでらっしゃるんでしょうねー。
「結婚まであと1年しかない。デュオよ、お前もドロシー嬢に相応しい男となるよう励むのだぞ」
「…………はい」
「話は以上だ。戻りなさい」
「……はい。失礼します」
俺は一礼し、父上の部屋から出る。
「………………」
とぼとぼと無言のまま廊下を進む俺の足は少しずつ速くなっていき、
「うわ~ん!!」
いつしか全力疾走していた。
「くっそー! どーすりゃいんだよっ!!」
全力でベッドにダイブし、頭を抱えてゴロゴロ。
状況は最悪だ。
なんで希望あふれる15歳の俺が、びっちびちのビッチと結婚しなきゃいけないんだよ。
もっと他にあるじゃんよー。
エルフとか、エルフとか、エルフとかさー。
3男だからって油断してた。てか父上なめてた。
まさか末っ子の俺にまで政略結婚させるとは思ってもみなかった。
まったく冗談じゃない。
俺は昔っから、恋愛して愛を育んでから結婚する、というのに憧れを抱いていたのに。
それなのに政略結婚だなんて……勘弁願いたい。
「落ち着け。落ち着け俺……」
許嫁のドロシーは、いま南方の国々で男漁りの真っ最中。
それにまだ結婚まで1年もあるじゃないか。
その1年の間に状況をひっくり返せばいいだけだ。
たとえば俺が家での発言力を増すとか。
たとえば俺が異国のお姫様のピンチを救ってそのままお婿さんになっちゃうとか。
なんなら家出したって構わない。
とにかく、この1年の間になんとかすればいいだけだ。
「よっし。ならまずは―――」
気を取り直した俺は、机の引き出しからあるマジックアイテムを取り出し、起動する。
師匠からもらったマジックアイテムを起動した俺は、
「えっと……『ひほう。びっちのいいなずけができたけん』っと。……これでよし。ふぅ、『すれ』ってやつを建てするのはじめてだから緊張するなー」
不満を吐きだすため、異世界にある『掲示板』なるものに不思議言語で書き込みをするのだった。