走れ
楓誇を…助けに行かなきゃ……!!
「はぁっ…はあっ…!」
がやがやと五月蠅い人混みをかき分けて、何とか前へと前進しているようだった。気を緩めれば誰かに足を掬われてしまいそうで、一時の油断も許されない状況。
何度も誰かの肩にぶつかり、何回か足がふらついた感覚はあった。でも、校舎に戻らなければいけない理由があった。どうしても守らなければいけない存在を救うために。
「楓誇…っ!!」
どうか死なないでいて。
さっきの爆発でびっくりして校舎外へ出たのは事実だ。だが、外に楓誇の姿が無いことに気付いた私は後悔した。
あの時、私が帰ろうとしていた楓誇を些細な理由で引きとめて、私用のことにつき合わさなければ、今、彼女は教室に居なかったであろう。…そう、私があんなことを引きずっていなければ…っ。
涙目になりながらも、ようやく人の波に終わりが見えた。必死に力を振り絞り、足の筋肉にこれまでの力の最大限を発揮する。
私のたった一人の一番の親友は楓誇だけなんだよ。部活の試合で自分のチームが負けたのに、私のチームが県大会優勝した時泣きながら喜んでくれてありがとう。私のただ単に思いついた無茶振りにいつも全力で付き合ってくれてありがとう。私が失恋したとき、ずっと寄り添っててくれてありがとう。楓誇の変わりは誰もいない。楓誇のおかげで学校が楽しかったんだよ。
楓誇との思い出が脳内を巡っていく度に、それが最悪のことにしか連想されなくて。ついに一粒の涙が、私の頬を伝ってカッターシャツに落ちた。それをはじめに、次々とそれこそ滝のように大粒の涙があふれ出てきた。
今泣いてはいけないのに。楓誇のことを思えば思うほど、心配で怖くてたまらなかった。
「!!」
急に、体が勢いよく前に突き出た。すばやく周りを見渡す。周りは人だかりではない。廊下だ。窓は割れきって廊下に破片が散らばっているが、人の気配はない。
私は人混みを抜けたのだ。それを確認した途端、心の奥底から強くて熱い衝動が湧き上がり、全速力で駆け出した。
間に合え。間に合え。間に合え…!
急いで階段を駆け上がり、私の教室二-三の中へと飛び込んだ。それと同時に叫ぶ。
「楓誇ッ!!」
教室の中は、ついさっきまでクラスメイトと話し合っていたという和気あいあいとしていた雰囲気など少しも感じさせない、壮絶なものとなっていた。机の上や、床の上はやはりガラスの破片が飛び散っていて。それよりも目についたのは、ガラスと同じく床に広く迸っていた赤黒い血痕だ。
少々ショッキングな現状に衝撃を受けながらも、教室中に視線を這い蹲わせ、楓誇の姿を探した。
そして。
「…ッ!!!」
見つけた。床に一人、小さく横たわっている楓誇の姿が見えた。肩や背中の部分の制服は焼け落ち、ブラのホックと肌が火傷しているように浅黒く、痛々しい状態となっていた。しかしそれよりも志乃を絶望の淵に陥れたのは、床に広がっていた血痕の現地地点。いわば中心だったのだ。
ゆっくりと、足を踏み入れた。
「楓誇……?」
頭が冷えていく。足がもつれる。ローファーがガラスを踏み、赤黒い絶望を踏み、何をしたいのかすら認識できないまま、足に生々しく重い楓誇が当たるのを感じた。
「……あ…」
楓誇と呼びかけようとした。そこで足に急に力が入らなくなった。ばしゃん。足の側面にたっぷりと付いたそれと、鼻から微かに臭う煙の臭い。瞬きを忘れていた眼からは、静かに涙がこぼれた。
「…ごめ…ん…なさい……っふうこ…ふう……こ……っ!!!!」
泣き叫んだ。自然と声がお腹からでた。喉が潰れそうだ。自分の声なのに鼓膜が破れそう。このまま何もなかったかのようになればいいのに、さっきまでみたいに、私が楓誇に抱き付いて、楓誇が私の悲しい事聴いてくれて、優しく、優しく笑ってくれれば…いいのに。
―――数十分後、謎の爆破を起こした現場である二-三の教室から一人の少女を救出された。楓誇の遺体も発見された。
ちょっと生々しく書いてしまいそうだったので短くしました。