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ログ・ホライズン二次創作

MISSING

作者: はくろ

「遅いな」

「そ、だね」

 少し出てくると言ったアカツキに付いて行こうとした直継が『花摘みだ馬鹿継っ!』と赤い顔で追い返されてしばらく。アイテムの整理は粗方済んだし後は寝るばかりなのだが。

「念話すれば連絡は付くけど」

 何しろ相手は女性だ。付け加えるなら大層な美少女だ。いくらレベル90の〈暗殺者(アサシン)〉とは言え、この状況下での一人歩きは心配であるし、そもそもそれを危惧して合流を勧めたのに気にしないわけにもいかない。

 かといって、場所を離れた理由が理由なだけに、探しに行くのもどうかという気がしてしまう男性二人組だった。


「んあー……」

「んー……」

 どうしようかと目線で相談し、直継は手元に盾を引き寄せると立ち上がった。 

「ちょっとその辺回ってくるわ」

「頼むね」

 先にアカツキが戻って来たら念話をくれるよう言い置いて、直継はコンクリートと緑が絡み合った建物を出る。

「さーて、どっちに行ったかね」

 建物を中心にぐるりと辺りを見回してすぐ、直継は拍子抜けしたような声を上げた。

「なにやってんだあのちみっこは」

 アカツキが根城にしていた建物は三階建てだった。その外壁には、朽ちかけた非常階段が屋上まで続いていて、その一番上の手摺に腰かけて足をぶらつかせている小柄な人影は確かに直継が探しに出た相手のものだった。


「直継か」

「おう」

 なんとなく足音を殺して登りはしたが、直継の体重ではどうしても無音と言うわけにもいかない。気配を消すなどという器用な真似も出来るわけではないから、振り返らないままのアカツキが声をかけたのにも驚くことはなかった。

「どしたよちみっこ」

「ちみっこ言うな」

 反射的に返ってくる声にも力はない。直継はアカツキが座る柵に寄りかかってちらりと横目に表情を伺った。アカツキは膝の上に黒い布を乗せて、口元を引き結び眉を寄せて遠くを睨みつけていた。

「中々戻ってこないからよ」

 声だけを聞けば確かに少女のものなのに、唸るように肯く返事はひどくぶっきらぼうだ。

「すまない。すぐに戻る」

 そう言いながらも、アカツキは動こうとはしなかった。

 "戻る"というのは今夜の寝床と定めた場所にか、それとも元の態度に、なのか。どちらとも判然としないが、それは当人にもわかっていないのかもしれない。

 何か、恐らく弱音とか涙とかいった類の、飲み込むには苦すぎるそれを、アカツキはその小さな身体にどうにか収めようとしているのだろう。

 シロエを介して出会ったばかりの相手であるが、彼女はどうやら結構な頑固者であるらしいなと直継は思った。あるいは人に頼るのが苦手なのかもしれない。

 文字チャットでのロールプレイというスタイルを選び、かつ彼の親友が言うには、という事はそれは限りなく事実に近いだろうが、相当な腕利きの一匹狼の〈暗殺者(アサシン)〉。それだけ並べても相当のコダワリ派である事は見て取れる。

(生真面目で方向性がある拘り型の職人気質で、言葉が少なくて誤解されるタイプと見た) 

 それが何処かの誰かへの評と重なって、直継は片頬に笑みを乗せた。

「シロが心配祭絶賛開催中」

「心配?」

 まるで思ってもみなかったような事を言われたと、アカツキは僅かに瞠った目を直継に向けた。

「カンストレベルの〈暗殺者(アサシン)〉だぞ?」

「それとこれとは話が別なんだっての」

 確かに、アカツキは現状最高(カンスト)レベルのプレイヤーで武器職でもある。不意打ちでも受けない限り危険はほとんどない。ここは戦闘行為禁止区域(アキバゾーン)内であるからなおさらだ。肉体の頑丈さ(HP)という観点だけで言うならば、魔法職であるシロエの方が注意すべきとすら言えるのだ。

「……わたしが〈アカツキ〉ならば、心配をかけなくて済んだだろうか」 

 これまでに培ってきた常識や倫理観、そんな大仰な事を言わなくても直継とシロエの性格上、仲間を心配しないという選択肢はありえない。だが、受け取る方は心配をかけたという事実そのものが申し訳ないと思っているようだった。

「すまない。繰り言だ」

 アカツキが〈アカツキ〉の身体に慣れていれば、こうして直継と二人で話す事もなかった。だから、そのwhatifに意味はないようなものだ。それでももちろん性差という大きな壁は存在するのだが、自分の矮躯がコンプレックスの源であるアカツキにとってみれば、性別だけの変化であればこのように心配させることはなかったのではないかと考えずにいられない。

「んなこたーないけどよ」

 直継の相槌は軽いものだったが、そこに含まれる気遣いが感じられて、アカツキの口から零れ出るように言葉が飛び出した。

「頑張って、育ててたんだ」

 初対面の相手にこんな事を言われても直継だって困るだろうと頭では分かっていた。いつものアカツキなら飲み込んでしまうのに言葉が止まらないのは、アカツキ自身が自覚していたよりもずっと、彼女が人との会話に飢えていたという事なのだろう。

「キャラ作成に一日悩んで。高身長だけは譲れなかったけど、二刀流も憧れるし〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉もありだろうかとか。装備だって、色々調べたし金策もした。〈暗殺者(アサシン)〉は〈暗視(ダークヴィジョン)〉持ちだから〈常闇の黒装束〉は相応な装備だったんだ。製作級のユニクロ装備かもしれないけど、わたしは気に入ってた。装備を黒で揃えたくて、〈数寄者〉を探して武器を手に入れた時は本当に嬉しくて」

 確かにその時アカツキは〈アカツキ〉で、高レベル〈暗殺者(アサシン)〉として自分なりに自信を持って振る舞う事が出来ていた。"あの日"が来るまでは。

 日が暮れて最初の夜。ひとりの心細さに漏れた嗚咽は余りにもか弱く頼りなく。ここにいるのが〈アカツキ〉でない事を示す声が自分の耳に届くのすら嫌で、アカツキは包まった毛布の端を噛み締めてその情けない声を押し込めた。

「〈アカツキ〉であることに、慣れようとは、したんだ。体格も良くて、この身体よりずっと間合いも広くて、多分戦いも容易かったはずだ。戦闘スキルをメニューから出すことも出来た」

「試してみたのか」

 アカツキは黙って頷いた。直継は彼女―彼―が根城にしていたフロアの混乱具合を思い出す。あれはアカツキの努力の結果だったのだろう。あんな侘しい場所で、アカツキが一人で上手く動かない身体を相手に苦闘していたのかと思うと、自然と直継の眉間に皺が寄る。

「でも、普段の生活はできなくて。歩く度に躓いて、階段の上り下りも手摺に縋るしかなくて。……スキルを使えば身体は動くのに」

(エルダーテイルは〈アカツキ〉のものなのに、ここにいるのはわたしでしかなくて)

「たくさんは、いなかったけど、でも、〈アカツキ〉にはフレンドだっていた。たまには一緒に出掛ける事もあって」

「ログインしてたやつもいたんだろ?」

「いた、けど。でも、わたしは〈アカツキ〉じゃないから。きっと、皆、困る」

 考えてみれば、アカツキがこれから先ゲームでの知り合いと連絡を取るのはかなり難しい。状況が落ち着いてから連絡するにしろ、今のアカツキが〈アカツキ〉であった事を説明するところから始める必要があるのだ。

 今のこの世界で情報は貴重だ。情報交換するにせよ相談を持ちかけるにせよ、連絡は念話が中心とならざるを得ない。しかしその相手を作る所から始めなければならないというのは、縛りプレイをしているようなものだ。

「でもまあ、あれだ。シロは困ってないぞ?」

(ちみっこの美少女っぷりにおののいてはいたけどな!)

自分の事を棚の上に放り上げた直継はそんなことを思う。シロエは確かに驚いたり戸惑ったりしてはいたけれども、彼女の事を〈アカツキ〉であると自然に受け入れたようだった。それは今のアカツキには大きな救いではあった。

「何度同じ事になっても、きっとわたしはシロの主君を探して声をかける。わかってる。仕方ないのは、わたしだってちゃんとわかってる」

 時間を費やしてずっと育ててきてたくさんの楽しみを彼女にもたらした〈アカツキ〉があの夕陽のようなオレンジ色の中で溶け去ってしまった事も、そして同時に彼が繋いできた縁もほどけてしまったことも。

 アカツキが決めて行動した結果は覆らない。突然放り込まれたプレイヤー全員に等しく降りかかった理不尽と同じく、それはもうどうしようもない事だ。事なのだけれども。

「あのな」

 直継はガリガリと頭を掻いて言葉を探した。こんな状況に陥って落ち込んでいる相手、しかも人を介して知り合ったばかりの異性に言える事など少ない。それでもゲーマー仲間としてなら言えそうな事はあった。

「俺さ、復帰組なんだよ。仕事で忙しくなってさ。そんで慣れてきた時期と大型拡張重なったらそりゃもうログインするしかない祭よ。〈シロエ〉と会うのも二年ぶりだし、ログインも二年ぶり」

 アカツキは驚いて振り向いた。それ程のブランクがあるとは思わなかったのだ。ネットゲームで二年と言う期間はかなり長い。

「ま、俺の場合はすぐシロと連絡が取れたからな」

 毎日の生活の延長で巻き込まれた自分でもこんなに不安で仕方がないのに、二年ぶりのログインで突然この災難に遭遇して、それを何でもない事のように言う直継は強いと、アカツキは素直に思う。

「で、だ。ちみっこ、〈直継〉のレベルはいくつだ?」

90(カンスト)

「そーいう事」

 就職や仕事が原因というのは、おそらくネットゲームの引退理由の中でかなり上位に位置するだろう。直継も新しい環境に慣れるのに必死で、ゲームの事自体ほとんど思い出せないような期間も続いた。

 それでもエルダーテイルは月額課金制のゲームだ。ログインの有無に関わらず、キャラクターの保持にはそれだけで月額料金が発生する。直継がその間に払った金額はそれなりのものになっていた。

「二年分?」

「二年分」

 アカツキに向かって直継はびしっと指を二本立てた。

「そうか」

 キャラクターは確かにただのサーバー上のデータに過ぎない。それでもやっぱり、そこに意味はあったのだ。少なくとも自分達(ゲーマー)にとっては惜しむべきものであって良いのだと肯定されて、アカツキは小さく息をついた。

 座っていた柵の上から飛び降りて、アカツキは自分よりも随分と上の位置にある〈守護戦士(ガーディアン)〉の顔を見上げる。

「元気出たみたいだな」

「うむ」

「やっぱ元気ないおぱん」

 きちんと顔を見て礼を言おうとしたタイミングだったのに、下品な冗談で台無しだった。鼻を押さえて蹲る直継を仁王立ちで見下ろして、アカツキは憤然とする。

「膝はやめろ膝は!」

「下品な事を言うからだ!」

 早くも"いつもの"と言えるようになってしまったやり取りをする二人に、下から怪訝そうな声がかかった。

「何やってるの、二人とも?」

「下品な直継に膝を入れていた」

 アカツキは軽装のままのシロエの横に駆け降りた。自分の事にかまけて主君を一人にするなど忍び失格だった。これからはシロエの側にいてきちんと護衛を務めなくてはと改めて決意する。でかい図体で一緒にいるから仕方がない、直継もだ。

「主君、シロの主君」

「えーと、何でしょう?」

 首を傾げて見下ろすシロエは、いまだに敬語が抜けてくれない。それについての要望をつけるのは後の事として、アカツキは精一杯背筋を伸ばして主君と定めた青年を見上げて視線を合わせた。

「これからはわたしが二人を守るからな!」

「え……あ、ありがとう……?」

「守るのは〈守護戦士()〉の方だっての!」

 宣言する後ろで直継が何か叫んでいたがアカツキは気にしない事にする。

 自分が〈アカツキ〉だと変わらずに受け止めてくれて嬉しかった。〈アカツキ〉を惜しんでくれて嬉しかった。〈外観再決定ポーション〉を得た事以上に、この二人と合流できた事は本当に幸運だったと、アカツキは深く思った。

ものすごく今更なネタだけど書いておきたかった。


どっかで<アカツキ>が話に関わって来たりしないかなあと未だに思っているのですよ。

<アカツキ>を知ってる大地人とかさー。過去RPで話した内容の設定が生きてたりとかさー。リ=ガンさんが大魔道士シロエさんを知ってたんだからさー、とか思ってみたりもするんですがだめかな。だめですかね。だめですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど。それもいいすなぁ。 ままれ先生、いつか書いてくれないかなぁw それにしても直継イケメンだな(^^;
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