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蜂蜜姫  作者: 竜胆
3/4

3 「矢です。」


 ランカは、扉から入ってきたモノ・・・いや人を見るなり、いきなり抱きつき思いのままに抱き上げた。

それこそ侍女らが止める間もない事だった。

抱き上げられた人は小さき人で、くるくるとランカに言い様に高い高いをされて目を回している様子で、慌てて周囲が止めさせた。


 「すまんな。あまりに可愛いのでな。」

椅子に落ち着いたランカを前に、小さき人は小さいながらも綺麗な所作でドレスを操り礼を取る。

「本日はおまねきにあずかり光栄にございます。 デレク・フォン・ウェールズが娘、リリアナでございます。ランカおうひさま。」

5歳という歳の割に大人びた口調で、しかし舌が完全には回っていないあたり、周囲の微笑みを誘う。

「よい。そう畏まらずとも、今日は公式ではないゆえ、ゆるりと座られよ。」

「ランカ様。公爵様は執務が終わり次第お迎えにいらっしゃるとのこと。お伝え申し上げます。」

リリアナの後ろで控えていたマーシャがそう言うと、ランカは解ったと頷き、リリアナに向き直る。

「リリアナ。どうしても同席したいと申しておるものがおってな。呼んでも差し支えはないか?」

王妃がそう言うのである。リリアナに何の拒否権があろうか。頷くと、入ってきたのは眩しいほどの光を放つ双子であった。

「我が息子のフェイランとオウランだ。」


・・・クリストファー殿下の弟たちか。


それくらいの知識はリリアナとて持ってはいる。顔を見るのは初めてであるが。


・・・でもこれは・・・。


似た雰囲気を持つ人間をリリアナは知っていた。父親と兄だ。

兄といってもアルベルトではなく、下の兄であるルドルフである。

アルベルトは一言で表すなら所謂清廉な人物であり、ルドルフは腹に一物持つような人物であった。それを軽い外見に誤魔化させて人にはけして見せない。賢く堅実であり皆から慕われる様な兄の後ろに隠れて、何やら画策するのを得意、というか趣味にしているような所がある。

「リリアナでございます。お初にお目にかかります。」

リリアナは静かに頭を下げ、皆が見とれる様な礼をする。

二人はにっこりと笑ってリリアナに席を勧めながら、自分たちはランカの横に座った。

・・・“天使”と評される双子の王子。

その笑顔は確かに周囲を魅了するに十分なものではあったが、日頃父親の黒い笑顔を見慣れているリリアナにとっては、何とも嘘くさい。

そしてルドルフの情報。

『殿下たちは兄上がことの他お気に入りでさ。時々学園で御会いするんだけど、ねちねち弄られるんだよ。嫌になるよね、弟に生まれたのは僕のせいじゃないってのに。』

ルドルフにも“そう”なのだとしたら、リリアナにもおそらく“そう”だろうと思われる。


・・・ん~・・。

 


 侍女が給仕したお茶やお菓子が並べられる。流石に王妃付きの侍女たちは、見目も麗しい女性ばかりで、その上所作も無駄がない。

「先日、クリスに会ったと聞いたが?」

「はい。わが家のしょこでお会いしました。」

「馬もな、大きくなったか?」

オニキスのことだ。そのことについては、あの後クリストファーから聞いた。

王の愛馬の仔馬だと。それをデレクが賭けで買って取り上げて来たのだと。

「オニキスと名付けました。かしこい子で、私を乗せてくれます。」

次々と母親であるランカが質問をする中、にこやかに答えるリリアナを2人はじーっと見ていた。


≪まじで、人形みたいなんだけど。≫

≪うん。びっくりするよ。でも公爵の奥さん綺麗な人だからね。≫

≪こりゃ兄上の言葉に頷くしかないじゃん。≫

≪そーだけど・・・。≫


その声は二人以外には聞こえない。

その時、窓の縁に小鳥が止まった。

高い声で囀り餌を強請る。

「おぉ。また来たか?お前は喰いしんぼうだな。」

王妃が席を立った。座っていた席を回りこみながら窓に向かって歩いて行く王妃の後姿にリリアナが立ち上がる。

すると窓から真っ直ぐにリリアナの顔が覗くことになる。

その瞬間だった。

きらりと光った何かが、真っ直ぐに王妃に、いやリリアナに向かって飛んでくる。

「ふせて!」

高い声が響いた。


 「あ・・・っあ・・・。」

扉に縋るようにして座り込んだ侍女の、一房の髪があるものによって扉に縫い付けられている。

「誰ぞ!」

皆に先立って声を発したのはやはりランカだった。

その声に扉を開けて入ってきたのは、扉を守っていたナッツと同僚のコウザ。

扉に刺さった矢と、震えの止まらない侍女。そしてまるで戦場を彷彿とさせるようなランカの視線に、2人はすぐに状況を察する。

「あの木だ。あの木の上に不審者がいるよ。」

オウランの言葉にコウザが叫びながら扉から飛び出してゆく。

時を同じくして中庭へとばらばらと兵が飛び出し、木から逃げ出した侵入者を追いかけ始める。

「大丈夫か?リリ・・・。」

ランカは振り返りリリアナの安否を確認しようとした。が、そこにリリアナの姿はない。

 

「大丈夫ですよ? けがはありませんから。いきをおおきくゆっくりすってください。 すみませんが、お水をください。」

その声は扉に縋りついて恐慌に陥っている侍女の前から聞こえて来た。

侍女の前に座り込み、その手に自分の小さな手を添え舌っ足らずな声でゆっくりと話す高い声。

「っ・・あ・・・す、すみま・・。」

「いいんです。びっくりなさったですね。さぁ、これをゆっくりのんで、しんこきゅうをしましょう。」

花が綻ぶように微笑んで、他の侍女が持ってきたグラスを、そっとその侍女の手に持たせると、自分の手を添えたまま口へと運ぶ。口の端から零れた水が自身の手を濡らすことさえ気にもせず、取りだしたハンカチで手ではなく侍女の口周りを拭いてやっている。

ほぅっと侍女が大きく息をつくと、そっと手を離す。

それを見守っていた周囲は、もう大丈夫だろうと、リリアナに声を掛けた。

「この子はもう下がらせて休ませますから。」

マーシャが言うのに頷いて、リリアナはやっと振り返った。

「大丈夫そうだな、リリアナ。」

「はい、おうひさま。ごしんぱいいただきありがとうございます。おうひさまにはおけがは?」

「ない。あれほどのこと、戦場では当たり前ゆえな。」

答えながら、居を移すと皆に告げ、ランカはしっかりとリリアナの手を握る。


≪あれって、母上を狙ったものじゃなかったよな?≫

≪うん、僕もそう思う。≫

≪じゃ・・・。≫

≪多分。≫


***



 「矢だと?」

「はい。幸い誰一人怪我もなく済んではおりますが。」

ナッツは居を移した王妃たちを送った後、その場を次の兵に任せ取り敢えず王へと報告に上がった。

「ランカ様が狙われたのか?」

別の声に頭を下げる。

「それは部屋の中におりませんでしたので、何とも・・・。」

ナッツが言いかけると、

「違うよ。狙われたのはリリアナだ。」

割って入った声に皆の注目が集まった。

「「フェイラン。」王子殿下。」

王の声とデレクの声が重なる。

「母上を狙ったのなら、もっと早い段階で矢を射った方が当たる確率は大きかった。窓に背を向けて母上は座っていたからね。でも、矢は母上が席を立った時に放たれた。窓からはちょうどリリアナが丸見えだったはずだ。・・・ナッツ、侵入者は?」

フェイランは手にしていた矢をテーブルの上に放る。

「申し訳ございません。間に合いませんでした。」

やっぱりね、とフェイランはソファに座ると肩を竦めた。

距離とタイミングからいっても、おそらく逃げられるだろうとは思っていた。成功しても失敗しても、一度矢を放ってからすぐに逃げる算段だった事は知れる。何と言っても場所が王宮の中庭なのだから。

あの中庭は森のようになっており、その奥には鍛錬場がある。尤も真っ直ぐに行けば、の話であって横道に反れ、崖を降りれば山道へと逃れられる。しかし・・・。

「フェイラン。」

「髪は茶。体格はアルベルトくらい。・・・矢の筋はいい。身のこなしも足も速かった。フードを被っていたから顔や歳までは解らないけど、多分若いよ、でもナッツ位?・・・多分、あれ兵だよ。」

フェイランは、そう言って宰相が入れた茶に口をつけた。

「“兵”?うちのか?」

「他国なら母上を狙うでしょう?リリアナを狙ったという事はうちの、だよ、多分ね。でも本人の意思ではなく、頼まれたか、脅されたか・・・。黒幕がいるね。」

フェイランの言葉を継ぐ様に、アルベルトが呟く。

「貴族、ですね。」

と。

その言葉を受け、デレクがベネディクトを拳で殴った。

「お ま え のせいだ!! お前がランカ様に入れ知恵したからだっ!」

「おまっ・・・不敬だろーが!」

ベネディクトの言葉に刺すような視線を投げかけながら、

「何が”不敬”だ。リリアナにもしものことがあってみろ。俺は持てる力全てを使って片っ端から貴族どもを殺してやるぞ。」

「・・怖い事ゆーなよ、本気でやりそうで信憑性があり過ぎだ。」

「本気だ。」

静かな声で本気を示しながら、ナッツを見る。

「今から上げるに該当する者のリストを。・・・アルベルト。」

名を呼ばれたアルベルトが口を開く。

「年はナッツ殿ほどで、私ほどの背丈・体格の茶の髪。 そして現在国軍に配属されている弓矢の得意な者。但し風と距離に関わらずあの距離の小さな窓辺の中の人までを狙って射れるほどに腕の立つ人間で、おそらく下位貴族。 そして、侯爵か伯爵位までの貴族に借金のある家の者、です。」

「・・・してその者は?」

「泳がせますよ、当分ね。黒幕を焙り出すまで。」

ふっとアルベルトが微笑むと、ぞわっと鳥肌が立った。


「当たり前じゃないですか。私の可愛いリリアナを怖い目にあわせた人間でしょう? じっくりたっぷりとお灸を据えたいじゃありませんか?」


・・・悪魔がいる。


後にナッツはそう語ったという。


***


 ランカとリリアナ、オウランがいる部屋に勢いよく入ってきたのは・・・、

「リリアナ!」

その声にびくっとして思わず立ち上がってしまったリリアナの肩を掴んで振り向かせた人物。

クリストファーだった。


「クリストファー王子でんか。」

まだクリストファーの腰くらいまでしかない身長のリリアナの顔を覗き込む為、床に膝をついた状態で頬や頭を撫でる。

「ないな? 怖かったろう?」

ほっと息をついてよしよしと抱きあげる。


・・・っわ・・。


「お、おろしてく・・・。」

「母上、お怪我は?」

「ない。」

「オウランは?」

「・・・ないよ・・・ってゆーか、僕が一番最後ってどーゆーの? ったく。」

リリアナの声は聞こえない振りで、その小さな身体を抱き上げたまま、クリストファーはほっと息をつく。

その身体に見合った小さな手で、リリアナは恐れ多くもクリストファーの肩を揺すり、こちらに向いた顔に言葉を繋ぐ。

「あの矢はどうなさいましたか?」

「執務室にあるが?」

「どなたも矢じりにさわられてはおられませんね?」

リリアナの言葉がおかしいのにオウランが突っ込む。

「どうして?」

くるりとオウランの方を振り返るリリアナの髪がふわっと揺れ、クリストファーの頬にかかる。

その香り。

「なにかぬってあります。矢じりの色が・・・それににおいがしました。あれはねむり草のにおいです。」



 眠り草の根を煮詰めてからとれる液体は、甘酸っぱいお菓子のような香りが特徴の、薬にも毒にもなるものである。

少量を薄めて使えば治療に使われる睡眠を誘う薬に、原液を使えば永遠に眠りから覚めない毒に。

「きょねん、母の馬がほねをおった時、おいしゃさまがそのくすりをつかっていらっしゃって。 ねむるようにお空へ行くからって。“あぶないからさわってはダメだよ”って。」

そう言われればそんな事があったな・・・とデレクは思い出す。

自身は仕事で家に居なかった時だったが、ルドルフが興味本位で触ろうとしたのを慌てて家人が止めた、と。

その時匂いを嗅がせて貰ったのだとリリアナは言った。


 「・・・あの・・・下ろしていただけませんでしょうか。へいか。」

ぎりぎりと刺すような視線をデレクから受けつつも、平然と自分の膝の上にリリアナを乗せながら菓子をその口に運んでいるベネディクトへ鈴が鳴るような声が言う。

「よいではないか。・・・あぁいいなぁ、娘って。」

「お前の娘じゃないっ!いい加減返せ。」

結局皆で王の執務室へと移動して、小さな茶会みたいになっている。


 クリストファーに抱かれたまま入ってきたリリアナを見た途端、ベネディクトは攫うようにリリアナを抱っこした。

『父上!』

クリストファーの声など、どこ吹く風。

知らん振りで、王はソファーに座ると茶と菓子を用意するように言いつけて、そのきょとんとした顔を覗き込んだ。


・・・誰?


そんな顔をしていたのだろうリリアナに、

 『クリスの父親のベネディクトだ。よろしくな。』


・・・王子でんかのお父さま?


ピンとこなかった娘に、兄が囁く。


『ランカ王妃さまの旦那様だよ。』


・・・ランカおうひさまの・・・?


ぼやけていた線がしっかりと繋がった途端、リリアナは恐れ多くも王の膝に抱かれているのに気がついた。


・・・ひーっ・・・ちょっと・・・・やだ、王様だよ! 馬鹿じゃないの私っ!! 王だよ、王!!


『おとうさま!!』

叫んだ声に、

『『何だね?』』

王とデレクの二重奏が返って来て更に絶句。


・・・助けてよぉ!

 


アルベルト、怖い。

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