1 目的を果たすのです。
どうも、竜胆です。
また書いてしまいました。
こっちは「王道」で行きたいと思います。
・・・今なら、出られそう・・・。
落ち着いたカラーの絨毯が敷き詰められているとある屋敷の3階の廊下。
その一番奥の部屋の扉が開いて、不意にひょっこりと小さなものが覗いた。頭だ。
さらりと長い髪が流れ落ち、それを左右に振りながら扉からそぉーっと出て来た者。
ストレートの腰まである金の髪を自身が動くままに風に靡かせ、廊下をきょろきょろしながら階段の方へと走り出す。
リリアナ・フォン・ウェールズ
今年5歳の誕生日を迎えたばかりの、この屋敷の末娘である。
・・・やった。今だ!
珍しく誰もいない階段を、それでも一応気配を探り一気に駆け降りる姿はまるで小動物で、公爵令嬢とは思えない振舞いであった。
それもそのはず。
今日はお客様がやってくるから、とその馬車が着いた時から部屋に閉じ込められていた。
リリアナは、しばらくは大人しくそれに従っていたのだが、2,3日前から彼女にとって気になる事が屋敷の横にあった為、周囲が静かになるのを待って部屋を抜け出したのだ。
階段下に一旦隠れ、忙しそうな声を遠くに聞きながらリリアナは父親の書斎へと滑り込んだ。
「・・・っふぅ~・・・。」
そこでやっと大きく息を吐き出した。
兄やメイドたちの態度から、今日のお客様が同等かウェールズより格が上の人物であるのは解ったのだが、名前までは聞いてなかった。
まだ5歳になったばかりのリリアナに社交的な事は関係ない、と兄のアルベルトが話さなかったのだ。
ただ、
『ちょこちょこ動きまわると失礼にあたるから、部屋に居ろ。』
と鍵を掛けられた。
普通であれば、大人しく人形遊びや本を読んで部屋に居たのであろうが、リリアナである。
家族や屋敷に勤める人間以外は知りえないことであるが、この小さな令嬢は脱走癖がありたびたび彼女を家人総手で探すことがあった。
「よっ・・と。」
書斎の窓際、出窓に向かって腕を必死に伸ばしていたリリアナだったが、所詮5歳児である。届く訳もなく嘆息して、またきょろきょろと視線を部屋に流す。
そして思いついたのであろう、父親が何時も座っている椅子をずるずると引っ張って窓の下まで移動させた。
「おー、ナイス!」
何がナイスなのか、彼女は靴を脱いで椅子に登ると、窓を開ける。
押して観音開きに開く窓の、その外をまたきょろきょろを警戒しながら、今まさに窓の外に飛び降りようとしていた。
「?」
実は、書斎には先客がいた。
書斎とその先に続く読書室を隔てる扉に寄りかかるようにして立っていた人物である。
ウェールズ家は評判になるほどの蔵書量を誇る図書室があると父親から聞いていたその人物は、居間に案内された隙を抜けてこの書斎に入り込んでいたのだ。
今日の客人であった。
静かに本を読み漁っていたのだが、物音に気がついて扉を見れば、扉がひとりでに開いて閉まった。・・・ように見えた。
・・・あれは・・・。
先客の人物からソファーを隔てた向こう側をひょこひょこと動くものが見えて、それが何なのかが解った。
頭だ。
先客は知っていた、
この屋敷で、あれほどの小さな人物はいまのところ一人しかいない事を。
そして、扉の陰に隠れた。
此処の当主と次期当主、家族がこぞって溺愛しているという末の姫は、まだ幼いが故に社交界への顔出しはしていない。なので当然先客も会ったことはないのだ。
見れば、窓の下でぴょこぴょこと飛び上がっていたかと思うと、椅子を引きずり持ってきた。
・・・?
屈んでよじ登ると、窓を開ける。
・・・まさか。
そのまさかであった。
先客は足音を立てずに傍によると、今まさに飛びだそうとしていたその小さな身体をひょいと持ち上げた。
「危ないだろう。」
飛び出すはずだった身体は脇を持ちあげられ出窓に座らされる。そして聞いた事のない声が降ってきた。
リリアナは、真上に近い形で見上げた。
「蜂蜜姫?」
その呼び名は、兄であるアルベルトが呼びだした渾名だった。
とろりと溶ける様な、なめたら甘そうな色合いの稀なる金の瞳。
真っ白な肌はクリームのように艶やかだろう。
「おきゃくさま?」
まだ幼いが故の甘い問いかけに、“危ない事をして!”と怒ろうと思っていた言葉は易々と飲み込まれた。
こちらが何を言おうかと考えていると、出窓からストン、と床に飛び降り、リリアナは丁寧に頭を下げた。
「しつれいいたしました。 デレク・フォン・ウェールズが娘、リリアナでございます。」
着ているドレスの布地を細い指先で摘み、ちょこん、と淑女の礼を取ると真っ直ぐにこちらを見上げる。
その首が痛そうだな、とまた脇に手を入れ持ち上げて出窓に座らせる。こちらの方がまだましだろうと。腕にかかる体重の軽さは、幼女故。
そのまろやかな頬にかかった髪を数本どけながら、先客は口を開く。
「アルベルトの学友で、クリスという。窓から出る気だったか?」
・・・見られてたか・・・。
「ちょっとおそとにでたかったのです。」
「玄関から出ればいいだろう?」
「だめなのです。おへやにいるように、とアルにいさまが・・・。」
・・・成程。
小さな赤みのある唇は、まるで薔薇の花びらの様だ。紡ぎだされる声は、鈴が転がるよう。
・・・出さないはずだ。
今でこれほどなのだから、大きくなれば如何様か。想像に難くない。
当主は若い時分、かなりの美形で有名だった。甘い声とマスクで、夜会へ出ればそれこそ令嬢たちに囲まれてダンスどころではなかったほどだという。
次期当主の方もかなりのものだ。
尤も彼の場合は父親の影響が強いらしく、微笑みながらバッサリ切って捨てるという容赦のない感じだが、それがまたいいと乙女心は解らない。
廊下が騒がしくなった。
・・・バレたか。
この場合、どちらが、かは解らないが。
そちらへ気を持っていっていると、眼下ではリリアナがまたもや窓から外に出ようとしていた。
「こら。」
「だっておなじことです。どうせしかられるのであれば、ぬけだしてもくてきをっ・・・。」
言いかけた言葉に、その小さな身体を抱き上げて窓の外に飛び降りた。
「確かに。」
一緒に抜け出した。
厩舎に行くのだと、リリアナは手に持っていた靴を履いて走り出す。
屋敷の横手には、主人達用や馬車用の馬の養い小屋がある。
ウェールズくらいになるとその頭数も多いのでかなり大きな造りにはなっているが、その手前の小屋を覗いてリリアナは顔を巡らした。
「どうした?」
成り行き一緒に出てきたクリスは、リリアナの横に立っている。
「いないの。 あっ! あっちよ。」
目的の馬がいなかったのだろう。今度は裏手に広がる練習場へと足を向けて走り出す。
・・・見かけと違い、えらく活動的だな。
見かけは深窓の御令嬢、といった印象を与える娘は、さっきから走りっぱなしだ。
金の髪を靡かせ、花の香りをまき散らし、まるで兎のようにぴょこぴょこと。
ドレスの裾から白い足が見え隠れしていることなんか気にもせず。
放牧してある馬が3頭いる中に、リリアナの目的の馬がいた。
「オニキス!」
柵に危なげなく登った足取りから、リリアナが日常的にそうしていることが窺えた。
そうして腕を一杯に広げて、おそらく馬の名前であろう言葉を叫ぶと、草を食んでいた1頭の馬がリリアナの方を振り返り走り寄ってくる。
足の細さや身体つきから、まだ若いその馬はリリアナの前で止まるとその長い鼻面を擦りつける様に甘える。
そうしておいて、しっかりとクリスの方を見ていた。
馬は賢い動物である。
だから主だと認めた人間には忠実でも、その他には違う。リリアナの背後に居るクリスに向けるその瞳には、それが窺える。
「おたんじょうびにちちからもらったの。」
言われて思い出した。
父とウェールズ公が取り合った馬があった事を。
元々その馬はクリスの父の馬の番から生まれ、ウェールズ公に自慢していた馬だった。
確か、そうこのように漆黒の毛並みだった。
混じりけのないその漆黒の馬を、ウェールズ公が譲って欲しいと父に言って、お茶目なところがあるクリスの父は“代わりに末の姫を連れて来い!”と命令していた。
それに”お前の目に晒すのももったいない”とウェールズ公が反論し、だったらやらない、いや寄こせと子供の喧嘩に発展し、その場に居たクリスや他の使用人を呆れさせた。
結果、クリスの父親が負けて馬はウェールズ公が持ち去ったのだが、幼い頃からの友人である2人は、よくそのような遣り取りがある。
「綺麗な馬だな。」
「はいっ! それにかしこいの。 おとなしいし、かっこいいの。」
褒められているのが解っているのか、オニキスはふん、といった感じでクリスを見やる。
・・・賢いというか、性格悪そうだがな。
思えば父の馬も人を見る馬で、気に入らなければ振り落とす位朝飯前の馬だった。
「リーリィ! お前っ!」
書斎の窓から顔を出したアルベルトが、そのまま飛び降りてやってくる。
「や・・やっ、どうしよっ・・・えっと・・あー・・。」
オニキスは解っているかのようにまた仲間の方へと行ってしまい、リリアナは柵から飛び降りようとしていた。
おたおたと慌てるリリアナをひょいと腕に座らせる形で抱き上げると、
「いいから、そのままでいろ。」
と声を掛ける。
真っ直ぐやってきたアルベルトは憤懣やるかたないといった表情をしていたが、それでもクリスの前まで来て膝をついた。
「アルにいさま?」
「アルベルト、いい。私用だ。」
きょとんとしているリリアナに目をやり、馬を見せて貰っていた、と言えば、じろりとアルベルトはリリアナを見る。
「また抜け出したな。」
“また”。
やはりよくやるのだな、とリリアナを見れば、クリスに縋るように肩に腕をまわして縮こまっている。
その頼りないほどの細い腕や流れてくる髪に、一瞬・・・。
「だって、たいくつだったんですもの。おべんきょうもおわったし、ごほんもよんだわ。だからオニキスに・・・。」
耳元で聞こえる声の何と障りのいいことか。
「俺に免じて許してやってくれ。一緒に抜け出した。」
「ですが・・。はぁ・・じゃ、まぁいい。リリアナ、おやつにしよう。殿下も。」
アルベルトの言葉に、今度はピシっとリリアナが固まった。
「で、んか?」
・・・余計な事をっ。
と後ろから歩きだしたアルベルトの足を蹴る。
「クリス、でんかなの?」
・・・仕方ない。
「あぁ。」
「でんかって・・・王さまのこどものことでしょう?・・・・え?」
髪を風に揺らしながら、金の瞳が覗きこむ。
「そうだ。俺の父親が獅子王と呼ばれるベネディクトだ。」
・・・え?まって、まずいんじゃ?
今抱きあげられている状態が非常にまずいのではないか、とリリアナは悟り、下ろしてくれるようクリスに頼む。が、
「いい。」
・・・“いい”じゃなぁーい!! 私がまずいっ。
そうは思っても所詮は5歳児のリリアナで、その腕から逃れるすべもなく、玄関から居間へと連行された。
王立学園の同級生だというのは本当らしく、それも入学からこっちずっと友人として付き合っているのだとか。
アルベルトと同じ歳の13歳。
もう王の執務を手伝ってもいるらしい。
話を聞いている間に、リリアナは父親の言葉を思い出していた。
『“黒獅子”と呼ばれているんだよ。そりゃ見事な黒髪でね。王妃様譲りだね。』
“獅子王”と呼ばれる王の、妻ランカ王妃は見事な漆黒の髪と銀の瞳を持つ戦士で、2人が出会ったのはランカがこちらの国に留学していた学園でだった。2年間の留学後、周囲を強国に囲まれた小さな国の王女であったランカは、まさに飲み込まれようとしていた国の為、逃げずに戦場に出た。
そのランカの国を飲み込もうとしていた強国は周囲の国からもやり方が汚いことで有名で、それを厭うたランカの父は『嫁に行って治まるのならいい』というランカの意見を退け、全面対決を決断した。
しかし、民を巻きこむことだけは避けるべく気がつかれないよう国から民を逃がし、王と志を同じくした多くの兵が残った中にランカもまた居た。
女性にしては大きいほうのその肢体を甲冑に納め、“女にしておくのが惜しい”と言わしめた剣術を振るい、家臣と共に戦いの舞台へ飛び込んだ。
小国とはいえ、ランカの国は武で成らした国であったからある程度の抵抗は出来たが、それでもやはり多勢に無勢であった。
もはや落ちるのは時間の問題かと思われた時、敵の囲みを打ち破って戦いに割って入ったのがベネディクトだった。
少数精鋭で切って割り込み、あっという間に終戦に持ち込んだベネディクトの土産は、敵国の王の首だった。それを王の広間に投げて寄こしたベネディクトに皆は唖然とし、ざわくつ広間にランカの声が響いた。
『遅い!』
『悪かったな、デレクの奴が女に手間取って準備が遅くなったんだよ。』
『私に罪を着せないでください。・・・伝令の兵が瀕死でしてね。遅くなりました。ランカ殿下。』
この時の副将はリリアナの父、デレクだった。
共に18。
『で、だ。二言はないだろうな?』
剣をデレクに渡したとて、血塗れのベネディクトは肩を竦めて斜めにランカを見やる。
『ランカ?』
やっとランカの父王が口を開いた。
それには答えずランカは甲冑を脱いだだけの簡素な、同じく血塗れのままベネディクトに走り寄って抱きついた。
『来ないかと思ったぞ。』
ランカより20㎝は大きいであろう長身で抱きついてきた彼女を抱えあげ、
『言ったろう?俺はしつこいって。 絶対に手に入れると言っただろう?』
ベネディクトはにやりと笑った。
『しょうがないな。嫁に行ってやる。』
そのランカらしい言葉にベネディクトの兵は笑い出し、王は仰天し、臣下は騒然とした。
今でも人気の芝居の一つに挙げられる“獅子王の剣”の話である。
その後、シュルツ国(ベネディクトの国)から大量の物資と資材が運び込まれ、街の復興が始まった。避難させていた民たちも戻り、兵も貴族も民も全てが一丸となって国を元に戻し、そしてランカの結婚を機に、ランカの国はシュルツ国の属領となった。ベネディクトの父、当時のシュルツ国王は政略結婚のつもりはなかったので花嫁の国を属領とすることに難色を示したが、国自体が小さいこと、これから先自国のみで乗り切ってゆくことが困難な事、そして何よりシュルツ国が強大な事を主張するランカの父に説得される形で属領とした。
それが今のナースルー領(旧・ナースルー国)。今現在の領主はランカの兄である。
・・・その息子。
母親譲りの見事な漆黒に、ブルーグレイに光る父親とおそろいの瞳。
第一王子殿下 クリストファー・デ・シュルツ。
・・・おおう、マジで王子様。
5歳の幼児としてはちょっと変わった感想であるが、皿に盛られた菓子に手を伸ばしつつ、向かいに座った人生初の王子様をじっくりと眺めるリリアナであった。
・・・人形の様だな。
黙って菓子を摘まみ、兄であるアルベルトの膝に座っている姿を見れば、まるで等身大の人形の様だ。
陽に輝く金の髪と稀色の瞳。白い肌は透ける様で、その下の血管さえ見える様だ。
「あるにいさま。」
と囁きかける声は煩さを感じさせない声で、日ごろ女たちの煩い声を聞かされているクリスにとっては心地いい声だった。
・・・5歳児ってもっと煩いものなんじゃないのか?
リリアナは脱走癖もあり、けして大人しいという令嬢ではないのだが、それでも・・。
・・・あぁ、これが“ちゃんと躾けられている”と言うのか?
子供らしさも残しつつ、使い分けている。
クリスの視線をアルベルトは気が付いていた。
・・・解ってるよな。
膝の上の妹もきっと。
父と自分と、家族総出で大切に扱っている妹には、実は秘密があった。
知られたらどうなるか、いや、その時は自分と父の権力を最大限使っても守り通すくらいの気持ちはあるが、それほどに変わった秘密が。
それは、彼女が生まれて間もない頃に解った事だった。
尤も、彼女を身籠っていた母親はとっくに気が付いていたらしいが。
事実が解って思い返してみれば、母親はまだお腹に居る彼女に話しかけている時から変だったから。明らかに弟の時とは違っていたから。
アルベルトとリリアナの間には、10歳になる弟がいる。
今日は学園に居残っているので帰って来てはいないが、こちらもまたちょっと変わった弟で、しかし皆に言わせるとアルベルトも小さい頃より少し変わっているというか、覚めた子だったらしいが。
おそらくは、父親の影響かと思われる。
人当たりのいい笑顔を振りまき一見優しい公爵様ではあるが、腹の中は真っ黒という男であった。
別に生い立ちが壮絶であるとか、両親が不仲で愛情が足らなかったとかいうのではなく、ただ非常に理知的で利己的で怖い人物である。
表情と腹の中で考えていることが全く違うという人だった。
そうなれとかそうあるべき、と教育を受けた訳でもないが、アルベルトはよく似ている。しかし若い分隠せない部分があって、そこをよく父親には指摘を受けていた。
『ただ漏れですよ。』と。
何時か父の様になり、望むものを手に入れるのがアルベルトの目標であった。
・・・お説教かなぁ。
リリアナは膝の上で微妙に黒いアルベルトを見上げながら、心の中でため息をついた。
・・・だってさぁ・・・。
身体年齢5歳であるリリアナだが、勉強も本もすっかり兄たちの内容を凌駕しているのである。
元々生まれた時から、言葉自体を理解していた。ただ赤児故言葉が話せなかっただけだ。
母親が読んでくれる本や、休みの日に横で宿題の問題を読んでいるアルベルトの言葉はしっかり理解していたし、それについて解答も出していた。
ただ伝えられなかっただけだ。だって乳幼児だったから。
それがバレる原因となったのは、アルベルトの下の弟、リリアナには兄になるが、現在10歳のルドルフだ。
3年前、当時リリアナ2歳、ルドルフ7歳の昼下がりのことだった。
「ねぇ、リィリ、これの答えは?」
何気なく聞かれ、つい何気なく答えてしまったのだ。その時ルドルフは学園に入る前の歳で、ある程度の学問をこなしていた頃だった。8歳で入学試験のある王立学園は、身分の上下なく入学できるが、当然一定基準以上の成績が求められる。
出題される問題の8割以上正解を条件に定められ、8歳以上であれば誰でも入学は出来る。当然、歳が上になればなるほど、問題自体は難しいのだが、貴族だろうが庶民だろうが、学費はただである。
その為の勉強をルドルフは家でやっていたのだが・・・。
それに正解を答えた時、周囲が騒然として、初めてリリアナははっとした。
それまで、ルドルフだけは何故かリリアナが理解をしていることを知っていて、部屋ではこういう質問はあっていたのだが、すっかりここが外で家族みんながいて、一家団欒中の庭先だという事を失念していたのだった。
・・・あの時は・・・、頭が真っ白になるという事を初めて理解した時だったな。
アルベルトは、リリアナの髪を撫でながら思い返す。
ルドルフの質問に的確に答えながら、次の問題の注意点なんかを指示していたリリアナを見た時は、父と自分は相当間抜けな顔をしていたに違いない、と。
家に一緒に居ることの多かった母親とルドルフは自然な感じだったが、2歳児がまるで学生か教授の様に論をぶっているのを見た時は・・・。
静かになった周囲にリリアナが気がつき、そして自分がしていたことを反芻するように考え、そして叫んだ時、金縛りが解けたような気がしたものだ。
「アルにいさま。おへやにかえる。」
手にしていたカップを置いて、すとんとアルベルトの膝から降りたリリアナは、くるんとアルベルトの方を振り返ってその頬にキスをした。
「どうした?」
「おひるね。」
「あぁそんな時間か? じゃ、また後でな。サリーを呼ぶか?」
それにううん、と首を振り自分で帰れるから、とリリアナは今度はクリスの方を見る。
「おじゃましました、クリスおうじでんか。わたしはここでしつれいいたします。」
5歳児並のちょっと舌ったらずな話し方。
「俺に挨拶はないのか?」
ひょいと向こう側から両手を差し入れ、クリスはアルベルトの前からリリアナを攫う。
きょとん、としたリリアナだったが、にっこりと笑ってその小さな唇をクリスの頬に寄せた。ふぅわりと触れた花弁は温かく儚げで、きっと触れれば甘いのだろう。
添えられた小さな手が反対の頬から逃げてゆくのを残念な気持ちで見送り、クリスはリリアナの頬にお返しをした。
「おやすみ。」
金髪金瞳、憧れです。