表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/52

第7話 夜の山道と懐中時計

暗闇の中、アリーシャはふと目を覚ました。窓の外を見上げ、月の位置を確認する。ちょうどいい時間だ。体を起こし、身支度を整える。今日の目当てはいつもとほぼ変わらず、幾種類かの薬草、香辛料、そして見つけることができれば、シカイノシシを1頭。

アリーシャは考えながら家の外に出て、ぎょっとした。家の外壁に、風土学者のセインが寄りかかっていた。アリーシャを見てにっこりと笑う。


「おはよう」


「……おはようございます。ずいぶん早いですね、夜明けはまだだいぶ先ですよ」


「メリーにアリーシャさんがいつも何時頃出かけるのか聞いたんだ。おいて行かれないように少し早く来たんだけど、正解だった。山に行くんだよね?では、出発しようか」


そう言って上機嫌に山の方に向かい出す。アリーシャはため息をついて、「本気だったんですね……」と呟きながら、自分も彼を追いかけて歩き始めた。


二人で真っ暗なケモノ道を早足でざくざくと歩く。セルフィエルはアリーシャのあとに続きながら、彼女の全身をしげしげと観察した。

細身だが、しなやかで無駄のない動きから相当鍛えているのだろうと判断できる。アリーシャの長い髪を束ねた青い飾り紐が、背負った籠の上で動きに合わせて左右に揺れている。


「どのくらいまで深く入るの?」


アリーシャが前を向いたまま答える。


「今日はだいぶ歩きますよ。川の音が聞こえますか?」


耳を澄ますと、わずかに水の流れる音が聞こえる。


「あの川の源流に滝があるのですが、そこまで行きます」


「どのくらいかかる?」


「そうですね、夜明けまでには着くと思います」


「うわあ……まだ2時間くらいあるよね」


アリーシャが暗闇の中でわずかに微笑んだのが気配でわかった。


「都会の方はは常に時を刻むものを携帯されていますね。ここでは鐘によって時間が管理されますから、その単位を聞くのは新鮮です。セインさまも持っていらっしゃるのですか?」


セルフィエルは思わず舌打ちをしそうになった。迂闊だった。これからはもっと気をつけなければ。


「……うん、持っているよ。土地によって時の数え方がまちまちでね。違うところに行くたびに時間がわからないのは不便だから。見る?」


そう言いながらシャラリと音をたて、懐から細い鎖の付いた懐中時計を取り出す。王都では常に時間に追われて生活しているため、いつも持っていないと落ち着かずここまで身に着けたままで来てしまった。


「よろしいのですか?」


アリーシャが振り返りながら受け取る。セルフィエルは小走りに彼女の横に並んだ。


その時だった。突然足元の地面がずるりと滑り、セルフィエルの体がぐらりと傾く。


その瞬間、強い力で二の腕を掴まれ、引き戻された。

足を踏み外したのだと気づいたのは、両の足が地面をしっかりと踏みしめてからだった。


「危ないですから、気をつけてください」


アリーシャがセルフィエルの腕から手を離しながら言う。


「暗くてわかりづらいですが、私たちの今歩いているこの細いケモノ道からずっと深く降りたところには、さっきの川が流れています。流れの速い渓流です。足を踏み外したら川まで転がり落ちて、まず助かりません。だから、私の歩いたあとを違わずに付いてきて下さい」


「うん……ごめん、ありがとう」


「いいえ、無事でよかったです」


アリーシャが笑ったのがぼんやりと見えた。


……それにしても。

再び彼女の後ろについて歩きながら、セルフィエルは思った。あの暗闇で、よくセルフィエルが足を滑らせたのがわかったものだ。

そして掴まれた腕の力。王室師団の部下を相手にしている気分になる。


(……まともにやり合ったら……果たして勝てるだろうか)


もっとも、正々堂々と勝負を挑む気などないが。

そう考えている間に、すでにアリーシャの興味は懐中時計に移っていた。歩く速度は緩めずに、そのまま興味深げにしげしげと眺め始める。


「へえ……数字が細かいのですね、この2本の針が指す位置で、時間を判断するのですか?もう1本、細い針が常に動いていますね。数字と数字の間の細かい線を、小刻みに……。これは何です?」


楽しそうに聞いてくるアリーシャに、セルフィエルはまた驚いた。アリーシャに追いつき、背後から文字盤を見つめる。兵士であるぶん常人よりは夜目が利くが、目を凝らしても数字と2本の針がぼんやりと見えるだけだった。


「よく見えるね?俺も暗闇には強い方だけど、そこまでは見えないよ」


「仕事柄よく夜道を歩きますから……。長年続けていれば誰でもこうなります」


アリーシャは、一種の職業病ですね、と言って笑った。


(……嘘だな。おそらく)


王宮にいた頃に身につけた能力だろう。身につけさせられた、と言った方が正しいか。暗闇の中でもしっかりと利く夜目を持つことは、暗殺者の必須条件だ。


他愛ない会話を交わしながら、夜が明ける頃、2人は川の源にたどり着いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ