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第5話 出会い

必要最低限の荷物を持ち、平民の衣服に着替えると、セルフィエルは騎馬で王宮をあとにした。この国で騎乗が許されるのは原則貴族か兵士のみだが、それでも大きな都市では珍しいというほどのこともないのでドーラムまでは馬でいくことにする。首都からシェットクライド州の州都までは大きな馬車道の隣に、騎乗者と歩行者用にそれぞれ細い道が併設されていた。


やや早足で馬を駆け、馬車で行く半分の時間でドーラムに着いたのは、正午を少し回ったあたりだった。


(ここがドーラムか……)


隣国レストランカと文化が混ざり合っているせいか、首都ベルファールとだいぶ雰囲気が違う。より庶民的というか、活気があるように思う。様々な種類の飲食店や服飾店が軒を連ね、道をゆく人々も肌の色はそう変わらないものの髪や目の色、顔立ちなどは多様である。

到着してまず馬を手放した。彼女が暮らしているというニース村を馬で出入りする人間はほぼ皆無に等しい。年に1、2回、国の役人が視察にくる程度である。


昼時ということで飲食店はどこも混み合っていた。

セルフィエルはざっとあたりを見回し、ドーラムの郷土料理の店に入った。


「いらっしゃーい!」


給仕の娘の元気な声に迎えられ、騒がしい店内に入る。家族連れと仕事の休憩中と思われる男たちの集団が半々だ。厨房に近い一人掛けの席に座る。

50半ばほどの体格のいい店主が、調理の手を休めることなく注文を聞いてきた。


「いらっしゃい、お兄さん、初めてだね。何にする?」


「そうですね……おすすめは何ですか?ここでしか食べられないものが良いですね」


セルフィエルは王室師団長として、城下町もよく巡回する。そのため、10代前半からこういったところにはよく出入りしていた。


「そうだなあ、今日はケナガ鳥の卵が手に入ったんで、鶏肉とキノコと一緒に煮込んでシチューを作ったんだ。それはどうだい?ここでしか食べられないし、滅多にお目にかかれないよ」


「じゃあそれにします」


しばらくして料理が運ばれてくる。ケナガ鳥の卵は濃厚で、少し甘味があった。


「おいしいです。でも名物なのに滅多に食べられないんですか?」


「ああ、名物というか……知る人ぞ知る、という感じかな。ケナガ鳥はこの町の近くの谷にしか巣を作らないんだけど、谷底近くに作る癖があってね、なかなか獲ることが難しいんだよ」


「ケナガ鳥の卵専門の狩人でもいるんですか?」


「うん、ケナガ鳥専門というわけではないんだけど、手に入りにくい薬草や山草、料理の材料全般の採集を生業にしている人ならいるよ。まだ若い娘なんだけどね」


規則正しくスプーンを動かしていた手が一瞬止まる。


「……へえ、すごいですね。どんな娘なんです?」


「いい子だよー、ここから少し離れたニース村っていうところで暮らしてるんだけど、一日おきに町に降りてきて、注文しておいた食材を届けてくれるんだ。いつも笑顔でなぁ、身寄りがないから、俺たちみんなの娘みたいな気がしてんだ」


「生まれた時からその村に住んでるんですか?」


「いや?確か…何年か前に一人で村長を訪ねてきたんだよ。何でも唯一の肉親が亡くなったらしくて、その人が村長の知り合いだったんだって。詳しくは聞いたことねぇけど、あの危険な仕事を身一つでやってるからね……雑技団か狩猟の民出身なんじゃないかって、みんな何となく思ってるけど」


「……そうですか」


「お兄さん、学者さんの見習いか何かかい?いろんなところ回ってその土地の風土を研究しているとか?」


「あはは、そんなところです。ここには2カ月ほど滞在しようと思います。ところで、その娘さんのいる村にはどう行けばいいか教えていただけますか?」


「え!会いに行くのかい?」


「ええ、何か興味が湧いてきました。一度会ってみたいです」


「そうか……じゃあ地図描いてやるよ。だけどな、お兄さん」


「はい?」


店主はセルフィエルを軽く睨む。


「……あの子に会っても、変な気起こすなよ。俺たちの大事な娘だからな」


セルフィエルは思わず目を見開いた。そして思った。

そんなこと、あるわけがない。

いや、別の意味での変な気ならあるが、店主の心配している意味とはほど遠い。


「大丈夫ですよー、俺、国にちゃんと婚約者がいますから」


都に贔屓の娼婦は何人かいるから、嘘ではない。店主の顔に笑顔が戻る。


「なーんだ、悪かったな、変なこと言っちまって。また食べにきてくれよ、安くするから」


「いいえー、ではご馳走さまでした」


金を払い、地図が走り書きされたメモを受け取って店を出る。そのあと少し町の中を歩き、ニース村に到着したのは4つ目の鐘がなった頃だった。


「こらー!もう、一緒に遊んでてって言ってるでしょ?」


村に入ったところで、小さな男の子たちを追いかけまわしている20歳ほどの少女にぶつかりそうになる。


「うわ、……っと、すみません、弟たちしか見てなくて……」


そう言いながら顔を上げた少女の頬が真っ赤に染まる。そしてはっと我に返ると、「いけないいけない、ごめんなさい、ナイジェル……」と呟く。


「だいじょうぶ?」


「はい!すみません……。あの、町の方、ですか?村長にご用でしょうか?」


「いえ、諸国を旅して風土や文化を研究している学者で、セインといいます」


昼に店の主人に言われたことをそのまま使い、偽名を名乗る。少女も慌てながら、メリーベルです、と名乗った。


「今日ドーラムに着いたばかりなんだけど、そこで興味深い娘さんの話を聞いて。なんでも大人でも躊躇うような危険な場所に出入りして薬草や料理の材料を調達しているらしいんだけど、知ってるかな?」


メリーベルの顔がぱっと輝いた。


「アリーシャのことですね!幼馴染なんです。でも、今は町に出ていていないんですけど……。もうすぐ帰ってくると思って、わたしここで待ってたんです……」


言いながら、メリーベルの視線が青年の背後に移動する


「あ、帰ってきた。アリーシャ!お客さんよ!」


メリーベルが手を振って叫んだ。セルフィエルが振り返る。


視線の先には、大きな籠を背負って山道をゆっくりと登ってくる、黒髪の少女の姿があった。


黒髪の少女もメリーベルに気が付き、手を振り返す。


そしてふと、セルフィエルの顔を見る。

心臓が一度、どくん、と脈打った。


2人の視線が交錯する。


その瞬間、少女の瞳がわずかに細められた気がしたのは、セルフィエルの気のせいだったのだろうか。



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