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幸福な結末のその先へ(4)




腹の前におずおずとアリーシャの両手が現れて、セルフィエルのシャツをきゅっと掴む。


「……っ」


背中の布越しにアリーシャの息遣いを直に感じ、セルフィエルは身体の芯が痺れたように感じた。両手をぐっと握り締める。


「好き……セフィさま、大好きです……」


セルフィエルの背中に顔を埋めて、アリーシャは壊れたように繰り返した。

彼は何も言わない。困っているのかもしれない。


(……それでも、いいや)


構うものか。こういうものは勢いが大切なのだ。

この際だ、とアリーシャは言いたいことを全て吐き出すことにする。


「セフィさましか、好きじゃない……。だから、他の女の人と、仲良くしちゃ駄目です……!わ、わたしだけ、見ててくれないと嫌です……!」


だんだんと声に涙が混じってきたが、一度溢れ出した言葉は止まらない。

なんて我儘。なんて傲慢な願いだろう。


「本当は、セフィさまが女の人と話しているの、見るだけで胸がもやもやするんです。みんなきれいで、気品があって、服だってお化粧だって何もかもが素敵で、セフィさまに釣り合うのはああいう方々ってわかっているのに、それでもセフィさまの隣は譲りたくないんです」


ごめんなさい、と呟くとさらに新しい涙が溢れてセルフィエルの服を濡らした。


「離れたくないんです。抱きしめてもらうのも、キスしてもらうのも、全部わたしだけの特権にしたいんです」


醜い、醜い独占欲。身体中を支配する嫉妬。

彼と会うまで知らなかった、浅ましい、けれど人間らしい感情。


「……っ……わたし、何もなくて……何も持ってないですけど、それでもセフィさまのことを好きな気持ちは誰にも負けませんから……」


それからアリーシャはぎゅっと目を閉じると、生まれてから一番の我儘を口にした。


「わたしのこと嫌いにならないで、……ずっと一緒に、いてくれますか……?」


沈黙が落ちる。アリーシャが啜り泣く声だけが聞こえる。

と、静かに腕を掴まれて、握り締めていた手をセルフィエルの身体から離された。


(拒まれた……?)


アリーシャは心臓をぎゅっと掴まれたような気持ちになる。

しかし次の瞬間、


「セフィ、さま?」


静かに身を返したセルフィエルの腕に、優しく抱きしめられていた。

耳元で囁かれる。


「……ありがとう。俺も、アリーシャの隣は誰にも譲りたくない。……アリーシャ、好きだよ、愛してる」


アリーシャはその言葉にいっそう涙を溢れさせた。

セルフィエルは柔らかな身体を抱きしめていた腕を解くと、そっと彼女の頬を指先で拭う。


「……ああもう、泣かないで。俺もアリーシャしか好きじゃないよ。だからほら、泣きやんで」


そう言って壊れ物に触るように艶やかな黒髪を撫でれば、


「……じゃあ、さっき、なんで……」


「え?」


「……帰らないかもしれないって、仰いました。それって、彼女たちの誰かと、一晩過ごすということでしょう……?」


途切れ途切れに責めるように問われ、セルフィエルは気まずそうに天井を仰いだ。


「あれは……あー、……アリーシャが恋文をもらっているのを見て、しかも初めてだって言って残念そうにしていたから……ちょっと自暴自棄になりました。ごめんなさい」


「……やきもち、ですか」


「……うん」


数秒見つめあって、どちらからともなく微笑み合った。

しかしすぐにアリーシャの瞳が曇る。


「すみません、わたし……あの方たち、議員様のご令嬢方でしょう?わたしの失礼のせいで、セフィさまにご迷惑をかけてしまって……どうお詫びしたらいいか」


「大丈夫だよ、こういうのは得意分野だから」


「こういうの、ですか?」


「ん……。相手と自分の立場や思惑を考慮してうまく立ち回って丸く収めたり、女性の機嫌を取ったり……そういうこと。だから、アリーシャは心配しなくてもいいよ」


そう言って微笑まれる。心なしか嬉しそうにさえ見えるその笑顔に、アリーシャはわずかに安心した。

心に余裕が出来ると、急に先ほどの自分の言動が思い出され、頬が羞恥に染まった。

背後から抱きついて、泣きながら愛の告白。

照れ隠しに拗ねたような口調で呟く。


「……でも、殿下もひどいです。……わたしのこと、いなくてもいいって」


「……そんなこと言ってないだろ」


「言いました!自分のことは自分で守れるし、身の回りだって……殿下のお世話をしたい人がたくさんいるんだって」


それを聞いた時、肝が冷えた。

自分はいらない人間なんだと改めて思い知らされた気分だった。

彼のお情けがあって、自分は初めてセルフィエルの傍にいられるのだと。


「……護衛やメイドとしてじゃなくても、そばにいられる方法があるのに」


「え?」


「……本当にわからない?」


両頬を柔らかく挟まれて、瞳を覗き込まれる。


「言ったよね?大義名分だって。俺としては、本当はアリーシャに護衛なんかさせたくない。危ないし、護られるより護ってあげたいのに、アリーシャのためにこの立場に甘んじてるんだよ。君が料理してくれたり、俺の送り迎えをしてくれるのは嬉しいんだけど、素直に喜べない。まるで本当に雇い主と使用人のようで嫌だ。……本当はもっと、別の関係がいいのに」


「……わた、しも」


「え?」


自分の頬を包むセルフィエルの手の甲に、そっと手を重ねて。

きちんと視線を合わせる。


「わたしも……別の関係がいいです」


能力は生かせるけれど、代わりが利く立場ではなくて。

セルフィエルにとっての、唯一無二の存在に。

今日みたいなことが起こったとき、堂々と胸を張って主張できるような。


「殿下が……セフィさまのことが、好きです。わたしを、あなたの恋人として……そばに置いていただけますか?」


セルフィエルの顔に、満足気な笑みが浮かんだ。


「……やっと聞けた。アリーシャの、好き。でも恋人じゃ、役不足だな」


その表情に思わず見蕩れていると、頬にあった両手で腰を引き寄せられ、耳元で囁かれる。


「婚約者として、そばにいてくれる?」


「……はい」


静かに下りてきた唇を、少し上向いて受け止める。

セルフィエルの左手が、アリーシャの手を軽く握る。


「……いた」


思わず小さな呟きが漏れた。その声にセルフィエルが彼女の手の甲を見ると、痛ましげに赤く腫れている。


「ああごめん、手当てが先だね。……でも馬鹿だなぁアリーシャ、どうして避けなかったの?」


ふてくされたようにそっぽを向き、わずかに尖らせた唇で呟く。


「……避けたら、負けな気がして」


その様子を見たセルフィエルはため息を吐き、呆れ顔で言った。


「ほんとにわかってないね。初めから、勝負になんてなっていないのに」








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