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第4話 王太后の遺言

2週間前、長年病床に伏せっていた王太后がついに他界した。

葬儀には1週間にわたり供花のために国民が押し寄せ、彼女の死を悼んだ。



王太后がエストレアに嫁いできた当時、エストレアは領土の拡大と自国を豊かにするために常に戦争をしている状態で、彼女は敗戦した軍事国家から属国になる証として献上された姫だった。

嫁いだ当初は自室に引きこもり泣いて暮らしていたが、夫であった先王グリエルが時たま漏らす敵国の情報から、ぽつぽつと作戦の案を出すようになった。

戦時代の真っ只中にあったエストレアで、軍事国家の王族として育った王妃の意見は貴重だった。

グリエルは王妃の才を喜び、積極的に意見をもとめた。

ただ王妃の才は軍事作戦のみに特化したもので、政治的才能はない。

王妃自身も夫である先王グリエルもそれをよくわかっていた。

戦争の時代が終わりつつある頃には、王妃は政治や軍事に介入することはなくなり、王宮の女官の教養面の教育に尽力した。

戦の時代が終わり、グリエルは荒れた国の再建を図った。

強引なグリエルの政策に反感を持つ者がいたが、そういった者たちはことごとく左遷、もしくは暗殺されていった。

しかしその一方で政策は優れ国民の生活水準は向上していったので、国民の大部分はグリエルに畏怖の感情を抱きつつも、同時に賢帝として崇めていた。


時代の変わり目には、多少の犠牲はしかたがない。

みなが、そう思っていた。


しかしようやく安定し始めたグリエルの治世が、唐突に終わる時が来た。


王妃の故郷へ妻と幼い長女を迎えに行き、王都に帰った翌日のできごとだった。


翌朝、まだ夜も明けきらぬ王宮の庭で、血まみれになって死んでいるグリエルが発見されたのだ。不幸なことに、第一発見者は妻である王妃だった。身体の数か所を無残に抉られ絶命している夫を前に、彼女は顔色を真っ青にしながらも気丈に近衛士官に知らせに行き、その直後力尽きたように気を失った。


宮廷内は一時騒然となったが、王の乳母が凶器の小刀とともに自供したため、一応の解決を見た。

誰が指示したのかを突き止めるべきだという声も挙がったが、まだ混乱の残るエストレアにとって事態を早急に収束させることが第一だと判断した宰相の決断により、翌日の乳母の処刑を以て王殺害の真相は闇に葬られることになる。


グリエルの崩御後、第一王子のザフィエルが15歳で王位に着いたが、若くしての即位に初めは臣下に見下され苦しい時を過ごした。しかし、ザフィエルの生来の真面目で勤勉な性格、また有能な宰相の輔けもあり、20歳になるころには臣下国民からの尊敬と信頼を確固たるものにし始めていった。


そのころから、王太后が体調を崩した。

もともと得意でない政治ごとだったが、息子が地位を確立できるまではと無理をして補助を続けた結果だった。夫の死から溜まってきた心労も、ついに限界が来たのかも知れなかった。ザフィエルが不調に気づき無理やり医師の診察を受けさせた時にはすでに遅く、過労で心身ともに弱り切っていた。

そしてさらに5年後、ついにその時が訪れる。


亡くなる直前にふと意識を取り戻した王太后は、震える声で三人の子供を枕元に呼ぶようにと主治医に頼んだ。そうしてやってきた、長男であるザフィエル、次男セルフィエル、そして長女のヴァージニア。

王太后は最期に子供たちと水入らずの時を過ごしたいと、医師団に退室を命じ、主治医は何かあったらすぐに呼ぶようにとザフィエルに頼むと、3人を残して部屋をあとにした。


王太后は床に伏したまま、目線だけで息子たちの顔を順々に見上げると、誇らしげに微笑んだ。


「……みな、大きくなりましたね……」


そうして話した。彼女の知る限りのことを。

先王を殺したのは彼の乳母ではなく、乳母の孫娘だということ。

その孫娘は生まれた直後に乳母に引き取られ、密かに暗殺者として先王に直々に訓練を受けていたこと。

刺した理由は定かではないけれど、当時はまだ幼く、今は国境の山奥の村で隠れて暮らしていること。

この10年ずっと彼女を見守るうちに、憎しみが薄れ代わりに憐憫の情が湧いてきたこと。


そうして王妃は3人の子供に遺言を遺した。


もしできるなら、彼女に会いなぜ王を刺したのか理由を聞いてほしい。

そしてもし彼女にその意思があるなら、国外で新たな仕事と住居を与え、自由に生きられるように取り計らってやってほしいと。


その翌日の朝早く、王太后は静かに息を引き取った。


葬儀の済んだ夜、王太后の3人の子供たちは母の遺言について話し合った。しかし長女のヴァージニアは当時4歳であり、父の記憶は全くないといってもいい。


「お兄様方にお任せします」そう言って、自室に戻っていった。残されたザファエルは、弟のセルフィエルに尋ねた。


「どうする?」


するとセルフィエルは笑顔で答えた。


自分が行きます、と。



その後、何か言いたそうな兄を残し、セフィエルは寝室に戻った。

扉を閉め、寝台に腰掛ける。心臓が早鐘を打ち、胸に暗い興奮が渦まく。


父を殺した相手に、会えるかもしれない。

自分の手で、復讐が遂げられるかもしれない。


「……大丈夫です、母上。ちゃんと、父上を刺した理由は聞きます」


とりあえず、そのためには親しくならなければいけない。少し長い期間が必要になりそうだ。

明日からさっそく準備をしなければ。脳がめまぐるしく回転する。

近づいて、親しくなって、理由を聞き出したら。

セルフィエルは、暗い瞳で、薄く笑った。


思い切り裏切って、絶望させて、この手で必ず、殺してやる。



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