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幸福な結末のその先へ(1)


――――セフィさま……。



セルフィエルに仰向けに組み敷かれたアリーシャの目尻から、雫が一筋流れる。何だかひどくもったいない気がして、それが完全に流れ落ちてしまう前にすばやく口付けて舐め取った。

そしてそのまま唇の位置をずらしてアリーシャの口を塞ぎ、激しく貪る。

力が抜けたところで唇を解放し腰を突き上げると、不意打ちに驚いたアリーシャの口から甘い喘ぎ声が漏れた。


――――んっ……ああっ……。


自身の声に驚いて赤面するアリーシャが可愛くて、その耳元で低く囁く。


――――気持ちいい?アリーシャ……。

――――……っ……!


固く瞼を閉じて両手で自分の口を塞ぎ、首を左右に振るアリーシャの姿にますます加虐心が掻き立てられる。

セルフィエルは意地悪く口角を上げ、アリーシャの背中と首裏に手を差し入れて ぐいと身体を起こした。


――――っ、や、ああああっ……!


より深くなった繋がりに、たまらず甲高い声が上がる。いとも簡単に白旗を揚げたアリーシャを愛おしそうに見つめ、またきつくなった締め付けのせいで自身の限界を感じたセルフィエルは、目の前の艶やかに濡れる小さな唇を再び味わおうと顔を近付け―――――。




触れ合う直前で、目が覚めた。




「………………」


すっかり見慣れた天井が目に入る。


「……夢か……」


わざと声に出して呟いてみると、その声音の予想外の現実感に大きなため息が漏れた。


(……俺、相当欲求不満なんだな……)


あんな夢まで見るようになるとは、いよいよ末期だ。

だがそれも仕方のないことだと、セルフィエルは思う。何しろ、現在同居中の想い人からはいまだ何の返事ももらえておらず、相手は口付けは拒まないし頼めば恥ずかしがりながらキスを返してくれるものの、自分からは何もしようとしないし、言わない。

いつまでこの宙ぶらりんな状態が続くのか、一つ屋根の下で紳士を演じ続けるのもそろそろ限界に近づいている。


(……このままだと、近いうちに本当に襲い掛かりそうだ……)


どんよりとした瞳で身を起こしながら、セルフィエルは思った。

しかし現実にはそんなことができようはずもない。

夢の中の出来事は完全にセルフィエルの妄想で、実際にはあのような行為はおろか、舌を使った口付けさえもまだなのだから。



***



(それにしても、今朝はどうしたんだろう)


いつもならとっくに頬を赤くしながらも控えめなキスで起こしにきてくれるはずのアリーシャの姿が見えない。

わずかに心配になったセルフィエルは、手早く着替えを済ませて寝室を出た。

そして階下に続く階段を下りようとして、玄関の扉を開けて誰かと話しているアリーシャを見つける。


(……客か?)


相手はどうやら郵便配達員の男らしいと、その制服からあたりをつける。精悍な顔つきをした褐色の肌の男は、なにやらひどく慌てているらしい。よくよく見ればその頬も少し赤い。


「……?」


男はわずかに眉根を寄せて自分を見つめるセルフィエルには気づかず、慌しく小さな白い封筒をアリーシャの手に押し付けると、そのまま踵を返して小走りに駆けていった。

その青年の姿が完全に消えると同時にアリーシャは扉を閉める。

そして驚いた様子もなく、自分を不機嫌そうに見つめるセルフィエルを振り返ると小さく頭を下げた。


「おはようございます。申し訳ありません、セフィさま。お部屋に伺おうとした矢先にベルが鳴ったものですから、行くのが遅れてしまいました」


「……それ、なに?」


アリーシャが顔を上げる前に大股に彼女に近づくと、セルフィエルは彼女の左手にある封筒を指差した。


「ええと……お手紙だそうです。わたし宛に……。いつも来てくださる郵便屋さんなのですけど、今日はわざわざこれだけ届けにいらっしゃったみたいで……、あっ!ちょ、セフィさま!」


不思議そうな顔で説明するアリーシャの手から封筒を抜き取ると、無言で封を切る。

慌てて取り戻そうとするアリーシャをうまく躱しながらすばやく文面に目を通せば、『一目見たときから』など『今度是非2人でどこかに』などの語句が並ぶ、案の定それは恋文だった。


「…………」


セルフィエルは眉間の皺をいっそう深くすると、ちらりとアリーシャを一瞥する。

そして止める間もなくそれを散り散りに破いてしまった。


「セ、セフィさま、何をなさるんですか!わたしがいただいたお手紙ですよ!」


普段温厚なアリーシャもさすがに声を荒げて抗議する。

しかしそんな彼女の様子をものともせずに、セルフィエルはそのままダイニングの暖炉の前に行くと、ただの紙切れと化したそれを燃える炎の中に放り込んでしまった。


「…………」


あまりの所業にアリーシャは声も出ない。呆然と暖炉の前に立ち尽くす彼女に、セルフィエルが静かに言った。


「どうせ誘われたって断るんだからいいでしょ」


「そういう問題じゃありません!」


反省も後悔も微塵も感じられない声音に、アリーシャは思わず言い返した。

ひどい。まだ開けてもいなかったのに。渡された時、彼はひどく真剣な様子だった。どんな内容であれ、きっと一生懸命書いてくれたに違いない。それを勝手に読んで、あろうことか破いて燃やすなんて。

いくら王弟殿下でも、やっていいことと悪いことがある。

次に彼に会った時、何と言えばいいのだろう。

どうしようもなく悲しい気持ちになりながら、アリーシャはため息を吐いた。


「……誰かから手紙をもらったの、はじめてだったのに……」


その小さな呟きを聞き逃さなかったセルフィエルの機嫌が、ついに氷点下に達した。


(……初めて、だと)


心の中で思わず舌打ちをする。

言ってくれれば、手紙など腐るほど送ってやったのに。あんな簡素で薄っぺらいのではなく、もっと上質な紙に花を添え、美しい装飾の封筒に入れて。

予期せずしてアリーシャの『はじめて』を一つ奪われ、動揺を隠せない。

苛立ち紛れに呟く。


「……夢の中では、あんなに俺に夢中だったくせに」


「……夢?夢って何ですか?」


「今朝、アリーシャの夢を見たんだよ」


「……どんな夢ですか」


嫌な予感がする、という心の声を隠しもしない顔で聞いてくるアリーシャに、セルフィエルは据わった目で思い切り厭らしく答えてやった。


「アリーシャを裸にして全身触って舐めまわして、俺でいっぱいにして泣いて許してって言うまで離さない夢」


沈黙が落ちる。

アリーシャはぽかんと口を開けてセルフィエルを見つめていたが、次の瞬間その顔が真っ赤に燃え上がった。


「……っ、な、……!」


あまりの衝撃に声も出ずに口をぱくぱくさせるアリーシャをちらりと流し見ると、セルフィエルは平然とした声で言った。


「今日は送ってくれなくていいよ」


「……え、」


その言葉に一瞬でアリーシャの顔色が戻る。浮かんだ感情も、羞恥から戸惑いに変わった。


「で、ですが……そういうわけにはまいりません。わたしは護衛として殿下に雇われている身ですから、仕事はきちんとこなさないと……」


護衛。殿下。雇われている。仕事。

ただの名目だと言ったのに。名前で呼ぶように言ったのに。

彼女の発する言葉一つ一つが、セルフィエルの神経を逆撫でする。


「言っとくけど」


耐え切れずに、強引にアリーシャの言葉を遮った。


「護衛やメイドなんて、本当は必要ないんだよ」


「……え?」


「自分の身は自分で守れるし、必要なら王都にいくらでも腕が立って信用できる兵士はいる。身の回りのことだって、俺に仕えて俺のために尽くしたいっていう女性なら山ほどいるんだ、……アリーシャは知らないかもしれないけど」


「…………」


「迎えもいい。前々から誘われている食事会があるから、今夜は遅くなる」


セルフィエルはそれだけを言い残すと、振り向かずに家をあとにした。




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