エピローグ
しばらく無言でアリーシャを見つめていたセルフィエルだったが、やがてにやりと口角を上げた。
「……まあ、いいけどね。時間はたっぷりあるから」
「え?」
「引き止められて動けなかったのも本当だけど、どうしてここに来るのに半年もかかったと思う?」
説得と引き継ぎだよ、とセルフィエルは言った。
「まず、王室師団の副団長を団長に昇格させる手筈を整えてきた。副団長には俺がいない間団長を務めてもらったあと、参謀本部で作戦参謀の任についてもらう。あいつは元々頭を使うほうが向いているから」
「……殿下がいない間、というのは?」
おそるおそる投げられた問いかけにセルフィエルの笑みが深くなる。それに比例し、アリーシャは心拍数が上昇する。
「……俺は、明日からシェットクライド州の州知事になるんだ。もともと歴代王位を継がない王子は、文に秀でていれば各州の州知事を歴任、武に秀でていれば王室師団の団長というのが慣習なんだよ。当時俺は武芸の方が得意だったから師団を選んだけど、州知事の仕事にも興味があった。シェットクライド州の知事は高齢で、数年前から引退を考えていたらしいんだけど適当な後継者が見つからずにいたらしい。正直彼の説得に一番骨が折れた。俺は経験もないしね。でも何とか半年かけて知事の仕事とこの州のことを勉強して説得を続けて、一ヶ月前ようやく了承してくれたよ」
「殿下……」
だからね、アリーシャ。セルフィエルはゆっくりと続けた。
「約束を、守りにきたよ。言ったよね、いつか絶対ここに戻ってきて、アリーシャと暮らせるようにするって」
……確かに言われた。
――――今すぐには無理だけど、これから徐々に準備して、アリーシャと一緒に暮らせるようにする。それまではあんまり会えないけど、絶対ここに戻ってくるから。……信じて、待っててくれる?
でもまさか本当にそんな日が来るなんて。
「なんだか……信じられません」
「実感が湧かない?」
「……はい」
「でも、俺と暮らすことについては賛成ってことでいいんだよね?」
「……約束ですから」
あの時は多少、雰囲気に流されてしまった気もするが。
「良かった。……ねえアリーシャ、覚悟しててね」
「え?」
アリーシャの鳶色の瞳を覗き込んで、セルフィエルが自信あり気に笑った。
「近いうちに必ず、アリーシャに俺のことが好きだって言わせてみせるから。前回は俺の完敗だったけど、今度は絶対に俺が勝つ。断言するよ」
アリーシャは少し考えて、彼があの雨の中の仕合いのことを言っているのだと悟り苦笑した。
あの時とは違う。あの時は、どちらが勝ってもどちらも幸せにはなれなかった。
でも、今回は。
(……なんか狡いなぁ……)
最初から、まったく勝てる気がしない。
それでも、勝負もしないで諦めるのは悔しいから、……もう少しだけ。
不適に笑うセルフィエルに、アリーシャは満面の笑みを返して言った。
「……望むところです」
***END***
これで本編は終了です。お読み頂きありがとうございました。
次からは彼らのその後を描いた番外編になります。
よろしければお付き合いよろしくお願いいたします。