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第40話 その先にあるもの


「……そういえば」


アリーシャの涙が収まってきた頃合いで、セルフィエルは昨夜から気になっていたことを尋ねた。


「……はい」


鼻声混じりにくぐもった声が答える。


「昨日、すきにならせて…って、言ってたけど」


「……!」


「好きになったの?」


「……」


「俺のこと、好きになったの?」


返事は聞こえないが、完全に止まった嗚咽から察するにきちんと耳に届いてはいるのだろう。


「…………アリーシャ?」


少し低めの声で名前を呼ぶと、細い肩がぴくりと揺れた。次いでゆっくりと上げられた顔は真っ赤だった。まだ少し濡れた視線を逸らしたまま、小声で返される。


「……わかりません。頭の中がごちゃごちゃして、まだ整理できていないんです」


その表情を見れば答えは明らかだったが、それ以上の追及はやめておく。

好意は好意でも、それがセルフィエルのものと同じとは考え難かった。おそらくはメリーベルやターニャに向けている感情、少し質は異なるかもしれないが、想いの強さは同程度か、もしくは負けている気がした。


(……今はそれでもいい)


気が長い方ではないが、彼女に対してだけは焦りたくなかった。

ゆっくり構えていることにしよう。彼女が自分の気持ちに確信が持てるまで。


(……もちろん、最終的に俺を選ぶ以外の選択は認めないけど)


いつかセルフィエルのことを愛していると、ずっと傍にいてほしいと、彼女の口から言わせてみせる。


そこまで考えてふと我に返り、苦笑した。

昨日と今日で、再び自分に対する評価が改まった。

自覚していたよりも多分に独占欲が強く、子供っぽい性格だったようだ。

今後は意識して器の広いところを見せていかないと、せっかく捕まえかけているのに愛想を尽かされかねない。


今までは、相手の女性の機微など深く考えずに付き合ってきた。

その時々で良かれと思った行動を取り、己の言動をあとから振り返ったり反省したりしたことなど皆無だった。

相手を侮辱するような発言はしないし、柔らかな態度も崩さない。

だが代わりに、もっと好きになってもらいたいとか、もっと笑顔を見たいとか考えたことはない。


あえて意識したことはなかったが、心のどこかで どう思われてもいいと思っていたからだろうか。


自分にとって一番大切だったのは兄で、その唯一の存在はいつだってセルフィエルのことを大事に思っていてくれた。

他の者は、去りたければ去ればいい。特に引き留める理由もない。お互いに楽しめなければ、一緒にいる価値などないだろう。


しかしアリーシャを相手にすると今まで感じたことのない感情が次々と顔を見せる。

焦り、後悔、嫉妬、執着。

どうしたらもっと自分を見てくれるだろう。どうしたら嫌わないでいてくれるだろう。


(俺、追われるより追う方が合っていたんだな……)


今更ながらに確認する。

アリーシャは家族ではない。兄と違って無償の愛など注いではくれないだろう。

もしセルフィエルのことが嫌になれば、離れていってしまう。

それは困る。嫌われたくない。ずっと傍にいてほしい。

だから慎重に行動して、仕向けないと。確実に。彼女が自分からセルフィエルの元に留まりたいと思えるように。

どこまでも小賢しさが抜けない自分に呆れる。


(恋愛って……大変なんだな)


だが、楽しい。自然と口元が綻ぶ。

気分が高揚し、生きていると実感できる。

この感情と比べると今までの付き合いは単なる経験で、恋愛ではなかったのだと気付く。

彼女の言動に一喜一憂し、振り回されるのは全く悪い気分ではなかった。


「……そう、わかった。いつまででも待つよ。俺の気持ちは変わらないから」


(逃がさない。絶対に、手に入れる)


そんな思いを隠して微笑み、小さい子供にするように頭をぽんぽんと撫でると、アリーシャは安心したように笑顔になった。


――――コンコン。


その時、控え目なノックの音が響いた。


「―――っ!」


扉を叩く音と同時にと同時にアリーシャがばっと身体を離す。


「あ、残念。……誰か来たみたいだね。近付いてくるの、気が付かなかったの?」


笑いかけながら問えば、アリーシャは真っ赤な顔でばつが悪そうに口籠った。


「そんな余裕、なかったですから……」


寝台を降り台所の水で手早く顔を洗うと、アリーシャは小走りに戸口に向かった。

扉を開けると、心配そうなメリーベルとターニャが立っていた。

2人はアリーシャの顔を見ると、安心したように溜息を吐いた。


「アリーシャ!よかった……出てくれて……だいじょうぶ?昨日の昼よりは顔色が良いようだけど……」


メリーベルが泣きそうな声でアリーシャの手を握る。


「うん、ありがとう、もう……平気。ターニャもメリーも、お仕事休んで来てくれたの?……心配かけて、ごめんね」


そう返すアリーシャの顔を見ながら、やはりまだ彼女の友人たちには敵わないとセルフィエルは思い知る。当然だ。彼女たちはアリーシャがこの村に来てから、ずっとアリーシャの居場所だったのだ。


「いったい、何があったのよ……やだ、アリーシャ、目が赤いわよ、泣いたの!?―――って、セインさま!?」


そんなことを考えていると、アリーシャの肩越しに中を覗き込んだターニャと目が合った。

そして何か言葉を発する前に、ターニャはずかずかと室内に上がり込み寝台に腰掛けたセルフィエルの目の前に仁王立ちした。

地を這うような低い声音で問われる。


「―――アリーシャに、何したのよ」



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