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第37話 夜明け



アリーシャは、ふっと目覚めた。

見慣れた天井。窓から差し込む日の光が眩しかった。


(……あれ?)


軽く混乱した。いつもなら目覚めた瞬間から意識がはっきりするのに、今は何故かぼんやりと霧がかかったようだ。

心なしか頭痛がする。瞼も腫れぼったく、目がすっきりと開かない。


(……昨日……いつ、布団に入ったんだっけ?)


鈍い頭で昨夜の記憶を辿ろうとし、そして。


「―――――っ!」


何があったかを思い出すと、アリーシャは勢いよく上半身を起こした。

一瞬ずきりと頭が痛むが、そんなことに構っていられる余裕はない。


(わたし……な、何言った……?おまけに大声で泣いて……。うわああ、……あれ?でもなんでベッドにいるの?)


考えれば考えるほど混乱し、アリーシャは頭を抱えた。

と、唐突に能天気な声が掛けられる。


「あ、おはよう。起きたね」


「……!?」


驚いて横を見ると、寝台の傍らに置かれた椅子にセルフィエルが足を組んで腰掛けていた。


「……セ、セインさま……」


響いた自分の声が普段よりも数段掠れていることに戸惑う。喉も少し痛い。


「……まだ、その名前で呼んでくれるんだね」


言われて気付く。そうだ、彼の名前はセインではない。彼は……。

セルフィエルは無言で立ち上がると寝台に近付き、無造作にアリーシャの頭に手を伸ばした。


「……!」


思わず首を竦めるが、彼の手は壊れものに触れるようにゆっくりとアリーシャの乱れた髪を梳き始める。


「……昨日のこと、覚えてる?」


静かに問われ、記憶がより鮮明に蘇った。

優しく頭を撫でられる感触が心地よく、自分がだんだんと落ち着きを取り戻すのを感じる。

そしてそれに反比例するように頬が熱くなっていき、思わずアリーシャは視線を逸らして俯いた。


「……覚えています。途中から曖昧ですが……。……いろいろと喚いて泣き出して……」


「うん。泣き疲れて床の上で眠っちゃったんだよ。だから寝台に運んだんだ」


「……お手数掛けて、すみません」


居た堪れなくなり小声で謝罪すると、セルフィエルが笑った。


「どういたしまして。……それで、落ち着いた?」


「……はい」


落ち着きはしたが、だからと言って状況が理解できたわけではない。

いったい、どういうことだろう。

昨日、アリーシャは自殺を図ろうとして、セルフィエルに止められた。

てっきり自分の手で仇を討つ機会を奪われそうになったからだと思ったのに、どうやら違うらしい。

昨夜は本気で殺される覚悟を決めたというのに、起きてみるとなぜかその相手はここに座って自分の髪を撫でている。……嫌じゃないけど、ちょっと落ち着かない。時々彼の指先が首筋に触れてくすぐったい。


「……あの」


徐々に冷静になると同時に、アリーシャは自分の中だけで勝手に答えを出すのではもう何も解決しないことを悟っていた。

したがって、単刀直入に聞くことにする。元来アリーシャは、こういった無言の駆け引きや騙し合いに向いていない。

自分がいくら悩んだところで彼の考えを読み取ることなど不可能なのだと、この半月で理解していた。


「あの……殺さないんですか」


「え?」


「ですから……すみません、昨日は見苦しいところを見せてしまいましたけど……続行していただいていいというか、もう取り乱したりしませんから、どうぞ」


アリーシャの髪を撫でていた手が止まる。だが彼の右腕は首の後ろに回されたままで、アリーシャの肩に温かい重みがわずかにかかる。

訪れた沈黙を居心地悪く感じセルフィエルの顔を見上げるが、彼は無表情で何か考え込んでいる様子だった。


「……」


アリーシャの方はこれ以上何も言うことはないので、とりあえず彼の言葉を待つ。

しばらくすると、セルフィエルがぽつりと言った。


「昨日のこと、思い出したんだよね?」


「はい、その……泣き出してからのことは、あんまり覚えてないですけど」


「じゃあ君が泣き出す前、俺が何て言ったか覚えてる?」


「……泣き出す前、ですか?」


言われて考え込む。実は彼が入ってきた辺りからの記憶がすでに断片的に途切れている。

何か言われただろうか。自分ばかりが一方的に喚いていた気がするが。


「……すみません、ちょっと……その辺りは曖昧で」


どうしても浮かばず、おずおずと正直に申告する。

セルフィエルは疲れたように溜息を吐くと、「うん、そんなことだろうと思った」と呟いた。


「じゃあ、何で泣き出したか覚えてる?」


「……それは……」


彼が現れたところから思い出す。

薬を払い落され、なぜか抱きしめられて。

本懐を遂げて下さいとお願いしたら、最初から騙して殺すつもりだったと言われて。

わかっていたけど悲しくなって、でも仕方がないって思っていたら、そのあと。

……あ。


「おもい……だしました」


「そう」


「……殿下が、その」


「うん」


「わ、……わたしを、好きだと……仰ったので」


セルフィエルが安堵したように笑った。


「よかった、思い出してもらえて」


「でも、あの……嘘だってわかったてたんですけど、すごく悲しくなってしまって。わたしは死ぬつもりだったのに、止めたんだから早く楽にして欲しかったのに、まだわたしを好きな振りを続けるのかって思って、……すごく自分勝手なんですけど、どうしようもなく悲しくなって、腹が立って、八つ当たりをしてしまいました。……すみません」


「ううん、全然構わないよ。むしろ嬉しい。だって、俺が好きだって言ったのが嘘だと思ったから悲しくなったんでしょう?……それって、どういう意味だと思う?」


怒らせるかと思ったのに、なぜかセルフィエルは嬉しそうにアリーシャを覗き込んだ。


「……わかりません」


「……そう。まあいいや。それは一旦置いておこう。それよりも、誤解を解かないと」


「……誤解?」


またわからなくなってきた。アリーシャは戸惑いを隠せずに、紅茶色の瞳を見上げる。

不安そうなアリーシャをじっと見つめて、セルフィエルは言った。


「……さっき、続行していいって言ったよね。だから昨日の続き。……アリーシャ、俺は君が好きだよ。君が死のうとしているのを見て、心臓が止まるかと思った。……間に合ってよかったよ。君が生きててくれて、よかった。君が泣き疲れて眠ってるって知ってても、起きたらまた死のうとするんじゃないかって不安で仕方がなくて、結局朝まで一睡もできなかったくらい……君のことが、好きだよ」


セルフィエルの言葉が、じんわりと胸に沁みた。自然に声が零れる。


「……そんなふうに、仰ると……まるで、心配して下さっているように……聞こえますよ」


「心配してるんだよ。というか、怖がってるんだ。君を失いたくないからね」


苦笑と共に返される。


「殺すために……止めたのでは、ないのですか?」


「違うよ。そんなことのために、こんなに慌てて帰ってきたりしない。君のことが心配で、死んでほしくなかったから止めたんだよ」


「……」


しばしの沈黙。

そして、アリーシャは呆然とした気持ちで問いかけた。


「……殿下は…………本当に……わたしのことを、好きなのですか……?」


視線の先で、セルフィエルが笑顔で頷いた。


「だから何度もそう言っているだろう。……やっと、信じてくれた?」





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