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第35話 未来のない想い




―――――ジャクリーンの懸念は、見事に的中していた。



(……なぜ、もっと早くこうしなかったのだろう)


淡々と薬草を調合しながら、アリーシャは心底不思議に思っていた。

そろそろ日が暮れる頃だ。2日間を抜け殻のように過ごした。

ここ10年欠かさずこなしてきた仕事にも出ず、心配して見に来てくれた村長やメリーベル、町の人々にもどう対応したか記憶にない。

かつて感じたことのないほどの無気力感。全てがどうでも良く、セルフィエルが村を出てから一度も食事と睡眠を摂っていなかった。

涙も出ない。全ての感情が麻痺し、ただぽっかりと絶望だけが残った。


そして先程、唐突に思い立って毒薬を調合することにしたのだ。

腕を動かしながら鈍麻した頭で考える。


なぜ、今まで生き延びてきたのだろう。

何度か死を考えたことはあった。

自分が生きていることが無意味どころかどうしようもなく罪深く思えて。

しかし、その度死を思い止まったのは祖母の最期のおかげだった。

祖母が自分の罪をかぶってまで逃がしてくれた、つないでくれた命を自分から捨てるのは、どうしてもできなかった。

もう永遠に孝行はできない。ならばせめて、これ以上祖母を悲しませるようなことはしたくなかった。

自分では死ねない。でも誰かがこの命を奪いに来たら、その時は。

そこまで考えてため息をつく。


(本当に、呆れるほど他力本願な性格だな……)


生まれた時から王のために仕えることが決まっていて、当たり前のように訓練を受け、期待に応えられるように努力して、……そして。


(……たぶん、最初で最後、自分で判断して動いたのは……あの方を刺した、あのときだけ)


まあ あれは、判断というより勝手に身体が動いただけだから、数に入らないかもしれない。

ニース村に行くように指示してくれたのも祖母だし、仕事だって選んだというよりも他にできることが思い浮かばなかった。

思わず自嘲の笑みが漏れる。なんだか、泣きたい気分だった。


(……お祖母さま、ごめんなさい。お祖母さまが生かしてくれた命だったけれど、結局わたしはわたしのすべきことがわからなくて、ぼんやりとここまで来てしまいました)


毒薬の調合が終わる。出来上がった粉末を対角線に折り目を付けた半紙の上に移し、水瓶から水を汲んでくる。

準備は整った。


(お祖母さま、グリエルさま、ようやくお会いできます。……ほんとうはずっとずっと、お二人に会いたかった)


脳裏にふと、あの第二王子の顔が浮かんだ。胸が苦しくなり、振り切るように目を閉じる。左手で半紙を支え、唇に持っていき、右手でグラスを掴んだ、その瞬間だった。



―――――――バァン!!



家の扉が、ものすごい勢いで開いた。思わずびくりと硬直し、そちらに視線を向ける。

そこには、髪を乱し肩で息をしながら目を見開いたセルフィエルが立っていた。


「…………」


何が起きたか把握できないでいるアリーシャの顔をまじまじと見つめ、セルフィエルは安堵の溜息を吐いた。


(……泣いてないじゃないか)


しかし、アリーシャの手元に目をやり彼女が何をしていたかを理解すると、セルフィエルはたちまち怒りの表情を浮かべて ずかずかと上がり込み、彼女の前に立った。

そして未だに硬直しているアリーシャの手から半紙を払い落すと、その勢いのまま彼女の腰を引き寄せ、力任せに抱き締めた。

床にずるずると座り込むセルフィエルに引き摺られるようにして、アリーシャも膝をつく。


「……なに、してるんだ……!!」


耳元で怒鳴られ、アリーシャはようやく我に返った。そして激しく混乱する。


なにって。決まっているのに。もっと早くこうするべきだったのだから。


なのに、なんで。……邪魔するの。


目の端が、床に散らばる粉を捉える。

白い粉末とこぼれた水がゆっくりと混じり合っていくのを見ながら、アリーシャは唐突にセルフィエルの怒りの理由に気が付いた。唾を呑みこんでから、おそるおそる口を開く。


「……すみません。軽率でした」

「……?」


肩口から聞こえた小さな声に、セルフィエルはアリーシャの頭を自分に押しつけていた力を緩め、彼女の顔を覗き込んだ。

アリーシャは至近距離にあるセルフィエルの目をしっかりと見つめ、続けた。


「……お父上の仇を討ちに戻られたのでしょう?10年前に先王殺害の件は終わっていて、今更わたしを裁くことはできない。ならばご自身の手で、と思われたのですね。……それなのに自分で命を絶とうとするとは、非常に軽率でした。止めて下さって本当に良かった。わざわざ戻ってくださったのに、無駄足を踏ませてしまうところでした。……どうぞ、本懐を遂げて下さいませ」


「…………」


セルフィエルの瞳が、わずかに険を帯びて細められる。

アリーシャは目を閉じ来るべき時を待った。

ほんの少し恐怖はあったけれど、それよりも感じたのは圧倒的な安堵だった。

これで終わる。

やっと、……やっと。


「…………確かに」


「……?」


しかしアリーシャの予想に反し、長い沈黙の後、セルフィエルは口を開いた。

アリーシャは怪訝に思いながら瞼を開く。

セルフィエルは続けた。


「……確かに、俺は君に、復讐のために近づいた。国外で自由に生きていけるように取り計らってくれという母の遺言を無視して、君と親しくなって、信頼させて、そして思い切り裏切ってから殺してやるつもりだった」


アリーシャは驚かなかった。しかし改めて告げられると、やはり胸が痛む。


(……でも……わかっていても、避けられないことってあるんだな……)


しみじみと思う。

彼の思惑に何となく気付いていながら、アリーシャはセルフィエルの策に見事に嵌ったのだ。2人の友人に語った彼への好意は本物だった。

彼への気持ちはぼんやりと自覚していたし、だからといって抑える必要も感じなかった。

なぜなら自分は彼とどうこうなりたいと考えていたわけではない。

絶対に未来のない想い。

彼がいくら自分への好意を示しても、一瞬たりともそれが本心からだと思ったことなどない。

だから彼との将来など想像したこともなかったし、いつか必ず彼に命を奪われるものだと疑わなかった。


「……そのつもり、だったのに」


感情を押し殺したような声がゆっくりと続く。

セルフィエルは深呼吸をして、アリーシャの目をまっすぐに見つめた。




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