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第32話 消えない違和感



壁に掛けられた時計の針はそろそろ10時を回ろうとしていた。いつまでも食堂にいては給仕係が休めないので、4人は国王夫妻の寝室の隣にある居間に移動することにする。ここならば気兼ねなく寛げ、そして誰かに話を聞かれる心配もない。

全員分の茶を淹れなおしたジャクリーンが自分の隣に腰掛けるのを待ち、ザフィエルは口を開いた。


「さて、ではまず母上の行動から整理しよう。ジャクリーン、なるべく時系列がはっきりするように書き留めてくれるか」


「わかりましたわ」


ジャクリーンが羊皮紙と筆記用具を用意して頷く。

セルフィエルがそれを確認し、兄と妹の顔を見て言った。


「……あの日、母上はジーナと共に実家に帰っていた。訪ねてきた父上を見送って自分もジーナを連れて夜遅くに城に戻り、そのまま休むことにした」


「帰った時、父に挨拶しようと思わなかったんだろうか?」


ザフィエルが素朴な疑問を口にする。

セルフィエルは考えながら推測を述べた。


「おそらくですが……母上は、実家で父上を見送る時に待たずに先に休んでいてくれるようにと言っていたんじゃないでしょうか?夜遅くなることはわかっていたはずですし。加えてジーナは当時4歳でしたからね……その日は休んで、翌朝改めて顔を見せる予定だったのでは?」


「ふむ……。そうかもしれん」


「では、続けますね。……母上が休んでいると、どこからか誰かの啜り泣きが聞こえた。目を覚まして窓の外を見ると、乳母の孫娘が城壁を超える後ろ姿が見えた。不思議に思い泣き声を頼りに庭に出ると、身体を複数箇所刺され血塗れで倒れている父上と、その脇で泣き崩れている乳母がいた。……ここまでで何か付け加えることはあります?」


兄と妹を交互に見るが、2人とも難しい顔をして考え込んだ。


「いや……、それぐらいだったと思う。ああ、雪が降るような寒い日だったと言っていたな。うっすらと積もった雪に父の血が沁み込んで赤く染まっていたと」


ザフィエルはそこまで口にし、はっと女性陣を見て口を噤む。しかしジャクリーンもヴァージニアもけろりとした顔をしている。


「大丈夫よ、ザフィ兄さま。私たちの読んでいる小説にはもっと残酷な描写も出てくるわ」


「……そうか」


ザフィエルは何となく複雑な気持ちになりながら、弟に話の続きを促した。セルフィエルは頷いて続ける。


「……そして乳母は母上に気付くと、自分が王を殺した、処刑してくれと縋った。母上は嘘だとわかっていたが、孫を庇う彼女の心を尊重し、その場で乳母を衛兵に引き渡し、夜明けとともに刑が執行された」


ジャクリーンが右手を羊皮紙の上に走らせながら呟く。


「夜明けとともにとは、随分と急ぎましたのね。それでは充分な審議がされる時間がなかったのではありませんの?」


ザフィエルが頷いて答えた。


「そうだな。だが何よりも犯人が自供していて、凶器もあったんだ。加えて10年前はまだ諸外国との関係も不安定だった。俺もセルフィエルも寄宿舎に入っていて城を空けていたから、当時の……現在も在職だが、宰相のノーワンが一刻も早い事態の収拾が第一だと判断したようだ」


「そうなんですの……でもそうですわね、そういう状況であったのならその決断が最適だったかも知れませんわ」


セルフィエルは兄夫婦のやり取りを黙って聞いた後にヴァージニアを見た。


「ジーナ、お前はどうだ?何か母上の言ったことで俺たちが思い出していないことが何かあるか?もしくは……10年前のお前自身の記憶でも良いが」


振られたヴァージニアは苦笑して肩を竦めた。


「セフィ兄さま、私当時4歳よ。覚えているわけがないじゃない。それに母さまの話だとその日は王都に帰り着く前から朝までずっと眠っていたらしいし……」


「……そうだな、すまん。……わかった、では母上の見たことについては思い出したら追加するとしよう。では次に乳母の孫娘……アリーシャの経験を聞いたままに話します」


数分後、同じ出来事を違う視点から辿った羊皮紙が2枚完成した。4人はそれらを無言で見比べ、やがて一様に溜息を吐いた。ザフィエルが眉根を寄せて弟に告げる。


「セルフィエル、何もおかしなところはないぞ。筋は通っているように見える。お前の勘違いではないのか?」


「いえ……」


曖昧に否定しながらも、セルフィエルも自信を失くし始めていた。食い違いや矛盾があるような気がしたのは全自分の直感だ。何の根拠もない。論理立てて説明できない以上、ただの思い違いという可能性も否めなかった。

セルフィエルが言葉を継げずにいると、ヴァージニアが首をかしげて呟いた。


「……あら?」


「どうかしまして、ジーナ?」


義姉に尋ねられ、ヴァージニアは躊躇いながらも口を開いた。


「ええ……というか、そんなに重大なことでもないのかもしれないけれど、ちょっと気になることが」


口籠る妹に、セルフィエルは真剣な眼差しを向けた。


「言ってくれ、ジーナ」


兄の眼を見つめ、ヴァージニアは神妙な顔で話し出した。


「……そのアリーシャという娘は父上を一撃で殺したのでしょう?なのにどうして、母上が発見した時お父様の身体には複数の刺し傷があったの?」


「……あ」


言われてみればおかしい。セルフィエルは胸の動悸が速まるのを感じた。自分の感じた違和感の正体はこれだろうか。

ザフィエルも眉根を寄せて顰め面を作る。


「……脇腹と胸、そして喉に一突き、だったか?母上の記憶によると」


ジャクリーンが驚いたように夫を見返す。


「王太后さまは、どこを刺されていたかも覚えていらっしゃったの?お辛かったでしょうに……気丈な方でしたものね」


義母の心中を想像するように顔を悲痛に歪めた。ザフィエルがその繊手の上にそっと自分の手を重ねる。


「母の国は当時のエストレア以上に戦の絶えない国だったからな……。嫁いでくる前には母も負傷兵の治療に参加していたというから、どこに何箇所、どう刺されていたか目に焼き付いたそうだ。だから思ったらしい。ああ、おそらく少女は不意をついて脇腹を刺したあと、倒れた父上の胸と喉に止めを刺したんだと」


兄の言葉を聞きながら、セルフィエルの頭にも母の言葉が蘇る。……めった刺し。きっと怖くて、胸だけじゃ安心できなくて喉にも刺したのね……。

背筋を冷たい汗が伝う。

黙っていたヴァージニアがやや青白い顔をして恐る恐る口を開いた。


「……ということは誰かが……娘が気絶してから乳母に発見されるまでの間に、お父様に近付いて止めを刺した……ってこと?」


セルフィエルは冷たくなっていく両手を握りしめながら兄に問う。


「……城の内部の者で、10年前父と対立していた者などはいなかったのですか?」


「俺は城を離れていたからな……当時の細かい力関係などは……」


「では俺たちが不在だったあの時、もし父がいなくなったら誰が実権を握ることになったんですか?」


「それは宰相のノーワンだろう。…………まさか」


ザフィエルは即答したが、すぐに戸惑いの表情を浮かべて考え込む。


「いや……そういえば俺が王位に就く前、あいつは父と意見が対立して宰相職を下ろされそうになっていたという話を聞いたことがある。かなり父の政治に不満を持っていたようだ。……でもまさか、そんなことがあるだろうか」


セルフィエルはこめかみを指で押さえながら低い声でで兄に答える。


「しかし、想像してみてください。……彼は王の考えと違うせいで今にも職を追われそうだった。何とかして留まらなければいけないと考えたでしょう。そんな状況の中、偶然にも王の育てていた暗殺者が王を刺して気を失っているという事態に遭遇した。王は気絶はしているようだが誰も見ていない。ここで王に止めを刺しても、犯人は暗殺者の娘。……彼にとっては千載一遇の、それこそ神の与えた機会に思えたかもしれない」


「落ち着け、セルフィエル。確かに辻褄が合わないが、ノーワンが関わっているというのは我々の推測に過ぎない。それにこの想像が間違っているか正しいか、確かめる術はもうない。この件はすでに……10年前に決着がついてしまっている。……たとえ濡れ衣だったとしても、一人の人間が処刑されているんだ」


苦しげに顔を歪める兄を見つめ、セルフィエルは落ち着いた声で言った。


「……俺がノーワンと話をしてみます。もし無関係であっても、当時のことを一番よく知っているのは彼です。何か有益な情報が得られるかもしれない」



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