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第31話 食堂会議

その日夜明けとともに王宮に帰ったセルフィエルは、少し仮眠を取って兄に帰還の報告をした後、久しぶりに王室師団の訓練に参加して汗を流した。


食堂でザフィエル、ジャクリーン、そしてヴァージニアと共に夕食を摂った後、内密の話があるからとセルフィエルは室内にいた給仕係を全員下がらせた。

4人だけになると、ジャクリーンの淹れたお茶を飲みながらザフィエルが珍しくわずかな微笑みを浮かべて弟の帰還を歓んだ。


「……とりあえず、無事に戻ってくれて何よりだ、セルフィエル」


「本当に。おかえりなさい、セフィ兄さま」


長兄に続いて末の妹であるヴァージニアも微笑んで声を掛ける。美人だが少々気が強く、加えてとんでもなく理想が高いので、2人の兄にとって彼女の結婚相手探しは頭痛の種だった。

セルフィエルは目を細めて答える。


「ただいま、ジーナ。一カ月ぶりだね。元気だった?」


「ええ、ジャクリーン義姉さまにまた新しい小説をお借りしたの。今度は長編で、騎士と姫君のロマンスなのよ。今王都中の女性が夢中になっている傑作だそうで、わたしも続きが気になって仕方がないわ」


その金色の瞳が輝き、頬も薔薇色に紅潮している。勝気ではあるがヴァージニアは素直で純粋、そして非常に夢見がちな性格だった。ジャクリーンを実の姉のように慕っている。おっとりとしたジャクリーンとてきぱきとした口調で話すヴァージニアは正反対の性格だが、だからこそ逆に相性がいいらしい。実際、金髪のジャクリーンと小麦色の髪のヴァージニアが仲睦まじく話している様子は本当の姉妹のようだった。

ジャクリーンは興奮気味に喋るヴァージニアを笑みを浮かべて見つめ、セルフィエルに視線を移した。


「おかえりなさいませ、セルフィエルさん。2カ月の予定でしたのに、ずいぶんお早いお帰りでしたのね。そういえばドーラムのミモザ祭りは今週だったかしら?ご覧になっていらしたの?」


「ええ……昨日でした。天候が心配されましたが当日は快晴で、黄色いミモザの花で町中が埋め尽くされる様子は壮観でしたよ」


「まあ……わたくしも是非一度拝見してみたいわ」


朗らかにジャクリーンは笑ったが、その瞳には若干の憂いが見えた。この ひと月の間に何があったかを尋ねたいのだろうが、迂闊に切り出せず迷っている目だった。兄を見れば複雑な表情を浮かべている。考えていることはジャクリーンと同じだろう。

何となく気まずい沈黙が下りたが、それはすぐにヴァージニアの能天気な声によって破られた。


「そういえばセフィ兄さま、1カ月も王宮を空けてどこに行っていたの?各州を視察にまわられていたとか?」


「……え?」


驚いてザフィエルを見つめる。目が合った兄は小さく首を振って答えた。どうやらヴァージニアには何も話していないらしい。そういえば彼女は母の遺言を聞いた後も、兄2人に任せると言って部屋に戻ってしまったのだった。

セルフィエルは深呼吸をした。予想外だったが、いい切っ掛けを作ってくれた妹に感謝する。


「兄上、義姉上。ご心配おかけしましたが、例の件でお話したいことがあります。ジーナ、お前にも聞いてほしい」


神妙な面持ちで居住まいを正す兄夫婦と、きょとんとセルフィエルを見返す妹。3人の顔を順々に見つめてから、セルフィエルは話し始めた。

母の遺言を果たすと言って出掛けたが、本心では父の仇を自らの手で葬ってやろうと思っていたこと。彼女により深い絶望を与えるためと親しくなって理由を聞き出すために、彼女の仕事を手伝うことにしたこと。彼女の口から聞いた10年前の顛末。先王を刺した理由。

……そして自分のアリーシャへの好意と、今なおその気持ちに変化がないこと。

最後の部分は手元のティーカップを見ながら努めて淡々と告げた。


「…………」


セルフィエルは顔が上げられなかった。しかしあまりに周りが静かなので、おそるおそる視線を上げる。

すると三者とも目と口を見開いて、ぽかんとセルフィエルを眺めていた。

セルフィエルは再び俯く。これが当たり前の反応だ。

数秒ののち、最初に口を開いたのはやはりヴァージニアだった。


「……セフィ兄さま……間抜けなの?」


「……ジーナ」


自覚はあったが、他人に言われると腹が立つ。

ヴァージニアは慌てて口許を押さえた。


「あら、ごめんなさい。……でも兄さま、本気なの?惚れさせようと思ったら逆に惚れちゃったということ?」


「……ああ」


「何で……そんなことになるのよ」


「……俺にもわからない」


苦々しく正直に告げると、ヴァージニアは何やら納得した顔になった。


「……まあ……そうよね、わからないわよね。恋っていうのは気付いたら落ちているものだって、昨日読んだ本にも書いてあったわ」


妙にしみじみと言う。そこでザフィエルがようやく我に返った。


「……セルフィエル。ヴァージニアがすでに聞いてしまったが……その、本当なのか?本心から、その娘に……」


「はい、兄上。自分でも何度否定しようとしたかわかりませんが……認めるしかありませんでした。俺は、あの娘が……アリーシャのことが、好きです」


真っ直ぐなセルフィエルの瞳に、ザフィエルはまたしばし硬直した。……まさかこんなことになるとは。弟の精神や生命の心配などいくつか懸念は持っていたが この事態は想定していなかった。混乱しつつ口を開く。


「そうか……。それで、お前はどうしたいんだ。まだその娘を殺したいと思うのか?」


「……いえ……正直なところもう彼女の命を奪おうという気は失せてしまいました。しかしだからといってこのままというわけにもいかず、恥ずかしい話ですがどうすべきか判断に迷い一旦兄上方に相談しようと、こうして戻ってきたわけなのです」


「ふむ……そうだな、どうしたものか……」


ザフィエルは腕を組んで天を仰いだ。そんな夫の様子を見て、今まで黙って見守っていたジャクリーンが口を開いた。


「あの……ならばその娘……アリーシャといいましたかしら?彼女をお嫁さんにもらったらいいのではありませんか?」


――――――きっかり3秒間、食堂を気味の悪いほどの静寂が支配した。


「そうだわ!さすがジャクリーン義姉さま!何も悩むことなんてないわよね!大切なのは今よ!素敵。騎士と姫君の物語のよう……セフィ兄さま、私、全力で応援するわ!」


ヴァージニアの歓声が響き渡る。

瞳をきらめかせて見つめられ、セルフィエルは動揺した。


「…………」


揃って渋面を作る兄弟を尻目に、義理の姉妹は身分違いの恋の魅力について語っている。


「……いや、ジャクリーン、事はそんなに簡単ではないと」


ザフィエルがやんわりと2人の間に割って入った。ジャクリーンが夫に向き直って微笑む。


「どうして?理由は聞いたのだから、残る王太后さまの遺言は娘を国外に逃がして自由に生きられるようにしてあげること、なんでしょう。別に国外でなくても、彼女が幸せに暮らせるのであれば遺言に背いたことにはならないのではないかしら」


おっとりとしたジャクリーンの物言いにセルフィエルが弱弱しげに反論する。


「でも……それじゃあ父を裏切ったことになりませんか」


「お父様もあなたの幸せが一番ですわ。あなたが父上への敬意を失くしたわけでもないですし、許して下さいます」


慈愛に満ちた微笑み。まるで聖母のようだ。この笑みに見つめられると、教会で懺悔をしているような気分になる。

セルフィエルは一つ溜息を吐いてから言った。


「……わかりました、とりあえずこの件は保留にします。兄上、実はもう一つ気になることが」


「なんだ?」


問われ、セルフィエルは考え込みながらゆっくりと言った。


「……アリーシャの告白を聞いた時から……わずかな違和感が消えないのです。何かが引っ掛かる。アリーシャの話と王太后の話のどこかに、齟齬があるような気がしてならないのです」


兄は弟をじっと見ると、大きく頷いて言った。


「わかった。もう一度、母上が亡くなる前に言ったことを細かく思い出してみよう」



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