第2話 メリーベルのお願い
「……こうして生活ができるのも、グリエルさまとおばあさまのおかげ……」
家に帰りつき、州都に向かうための荷造りをしながら、アリーシャはこの10年、数えきれないほど口にした言葉を呟く。
誰にも裁かれない自分への断罪のように。
犯した罪を、片時も忘れないための、戒めのように。
物心つくまえから自分を鍛え、一流の戦闘能力を身につけさせてくれたグリエル。アリーシャの罪を被り、アリーシャのかわりに処刑された祖母のアーシェ。
2人とも、アリーシャが殺した。
5年ほど前までは、何度も死を考えた。
しかしその度、アリーシャが生き延びることを願って死んでいった祖母の顔が頭をよぎる。
そうして結局、アリーシャは消極的に生を選んだままここまで来てしまった。
かたく目を閉じる。外から村の子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
目を開き、荷物を持って立ち上がる。
それでも最近、やっと前向きに生きられるようになってきた気がする。
このままここで、お世話になってきた村の人たちに少しでも恩返しができたら。
コンコン。
入口の扉を控え目に叩く音がする。
「はーい?」
あわてて駆け寄り、戸を開ける。
「あ、おはよう、アリーシャ。ごめんね。もう出るところだったよね?」
そこには頬を少し染め俯き加減の幼馴染のメリーベルが立っていた。
「おはようメリー。ううん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「あの……あのね……」
もじもじと落ち着きなく視線をさ迷わせるメリーベル。アリーシャは黙って次の言葉を待った。
「あ、あのね、アリーシャ。ドーラムの州立図書館の隣に、レスランカの布専門の織物屋さんがあるでしょう?で……でね、明日、その、……ナイジェルの誕生日なの。それで欲しい膝かけがあるんだけど、前回行った時はお金が足りなくて買えなくて、でも今日は私どうしても弟たちの面倒をみなくちゃいけなくて、お店まで行けないの。だからアリーシャ、代わりにお店から膝かけをもらってきてくれない?」
そこまで一気に喋ると、メリーベルは必死の形相でアリーシャの顔を見つめた。
ナイジェルは村長の息子で、メリーベルの婚約者だ。村で子供たちに文字を教えている。温厚で聡明な青年だが生まれつき足が悪く、いつも杖をついて歩いている。春になりかけたとはいえ、朝晩はまだしっかりと冷え込む。
そんな彼を気遣っての贈り物なのだろう。
メリーベルの気持ちを思い、さきほどまでの暗い気分が消え、胸に温かいものが広がる。
ほんとうにこの村の人々には数えきれないくらいたくさんのものをもらった。
アリーシャは微笑んで答える。
「もちろんいいよ。帰りは鐘が4つ鳴るのを少し過ぎるくらいだと思うけど、大丈夫?」
メリーベルが満面の笑みを浮かべ、何度も首を縦に振った。
「うん、うん、平気!じゃあそのころ取りに来るね!あ、これお金!お釣りはとっておいてね!本当にありがとう、アリーシャ!」
慌ただしくお礼を言いながら50レニール紙幣を渡して去っていくメリーベルに手を振りながら、お釣りで彼女に何かお土産を買っていこうと思うアリーシャだった。