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第22話 焦りと苛立ち、それから


「では、おやすみなさい」


「……おやすみ」


アリーシャが枕元のランプの灯を吹き消す。そのまま寝台に横たわり、セルフィエルに背を向け、動かなくなった。


「…………」


寝入ったアリーシャの背中を、セルフィエルは暗闇でじっと見つめる。


アリーシャの家で夜を過ごすようになって2週間が経ち、ミモザ祭りはいよいよ3日後に迫っていた。

最初はセルフィエルが気になってうまく眠れない様子のアリーシャだったが、初日以来家の中で必要以上に接近してこないセルフィエルに安心した様子で、ここ数日は床に入ると同時に眠りについているようだった。

同じ部屋で眠るようになって気付いたが、一度寝入ってしまったらアリーシャは目覚めるべき時間まで起きない。もちろんはっきりと物音がすれば目を覚ますが、セルフィエルが寝返りを打ったりそっと水を飲みに台所に立ったくらいでは熟睡したままだ。

長い間山の獣のみを相手にしてきたせいで人間に対する感覚が鈍ったのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。


ある夜、彼らが床に就いた後に来客があった。

明かりを消してほどなく経った頃、アリーシャが音もなく身を起こした。

まだ眠っていなかったセルフィエルが驚き「どうしたの?」と声をかけると、「お客さんです」と返された。しかしセルフィエルには何も聞こえない。「気のせいじゃない?」と言おうと口を開いた瞬間ノックの音が聞こえ、扉を開けると申し訳なさそうな顔で村長が立っていた。次の日の昼までに必要な山菜を頼むのを忘れたシェルダンからの伝言を持ってきたらしい。


「なんでわかったの?俺何にも聞こえなかったんだけど」


村長を見送った後、そう聞いたセルフィエルにアリーシャは扉を閉めながら返した。


「坂を上ってくる足音が聞こえましたから」


「でも……夜中、俺がちょっと物音立てても起きないよね?」


眠っているふりをしているとは思えなかった。

寝台に戻りながら、アリーシャが答える。


「セインさまのことは、家の一部として認識していますから。多少身動きされても大丈夫ですから、気を遣わないでください」


その身体はすでに布団に入っており、寝直す準備は万端だ。


「……家に近づいてくる村長の足音には気付いて目を覚ますのに、家の中で俺が立てる音では起きないの?」


自分の発言の矛盾がわかっているのだろうか。

訝しげなセルフィエルの視線に、アリーシャがやや面倒そうに眉をひそめる。こころなしか 半分閉じられた瞼が眠たそうだ。


「……ですから、セインさまの気配はこの部屋の一部分として把握しているので、セインさまがわたしに害意や敵意を抱かない限り目を覚ますことはありません。存在は知覚していますが、覚醒することはありません。でもそれ以外の生き物の気配には、それがどんな種類のものであっても気付いて、目が覚めます」


早口に言い終わると、セルフィエルの返事を待つように じっと見つめる。


「…………わかった、けど」


黙り込んだセルフィエルに一つ頷くと、アリーシャは彼に背を向けて さっさと布団に潜り込んだ。


「それでは改めて、おやすみなさい。セインさま、よい夢を」


「……うん、アリーシャも」


セルフィエルが呟いた時には、彼女はすでに深い眠りに就いていた。



(……なんか、アリーシャ……雰囲気、変わった?)


その時の彼女の言動を思い出しながら、セルフィエルは考える。


(……寝惚けていたのだろうか?)


考え難いが、そうかもしれない。

今までのアリーシャなら、少なくともああいう発言は控えたはずだ。……ああいった、常人の範疇を超えた能力をほのめかすような発言は。

寝息は聞こえないが、向こうをむいたアリーシャの背中がわずかに規則正しく上下するのが見える。


2週間前のあの日、夕日に照らされたアリーシャに思わず魅入ってしまったあの時から、アリーシャのセルフィエルに対する態度が再び変化した。

ただし、以前とは違った方向に。

素を出すようになったというか、良い言い方をすれば取り繕わなくなり、悪い言い方をすれば雑になった。

それまでは常に穏やかな笑みを浮かべて柔らかな態度を崩さなかったが、どことなく肩の力が抜け、自然体で過ごしているように見える。


(……いいこと、なんだろうか……)


彼女の中でどのような心境の変化があったのかはわからない。

しかし今は、はっきり言って彼女よりも自分の感情の移り変わりにセルフィエルは戸惑っていた。

2週間前のあの日から、彼女に会う度に胸中に嫌な感覚がくすぶるようになったからだ。

最初は憎悪が増幅されただけかと思った。彼女の笑顔を見て、過去を忘れ平和な暮らしの中で笑っている彼女に対する嫌悪感だと認識した。

だが、それだけでは説明がつかないことにすぐに気が付いた。

彼女の笑った顔を見る度、一瞬胸が暖かいもので満たされる。しかしその直後に襲ってくる、手足が冷えるような感覚。

ひんやりとした、吐き気にも似た感情。苛立ち。ちぐはぐな感じ。脳の命令が身体にうまく伝わっていないような。歩き出そうとする足を踏み止まらせるために力を込め、結局がんじがらめになって動けなくなっているような。様々な感情が混じり合って、自分にもよくわからない。

しかし、一番強いのは焦燥感だった。渇くような焦り。

混沌としている中で、しかし これだけは はっきりしていた。


このままでは、まずい。この状態を長く続かせることは、非常に良くない。


(……明日)


ミモザ祭りまであと3日。

自分の感情がうまく説明できず、ずるずるとここまで来てしまったが、もう時間がない。


(……明日、アリーシャに手合わせを申し込もう)


生死をかけて、本気で勝負をしよう。

そうすれば、彼女に対する自分のこの曖昧な気持ちが何なのか、答えが見つかる気がした。



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