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第21話 不測の事態



「…………ねえ」


ざくざく。


「……ねえ、アリーシャ」


ざくざくざく。


「……何で無視するの」


ざく。足音が止まる。セルフィエルの前方を無言で歩いていたアリーシャがゆっくりと振り返り、にっこりと笑った。


「何でしょうか、セインさま」


2人の手には今日の収穫、ブタとウサギが抱えられている。今は山1つ越えた狩り場から村へと戻る途中である。時刻はそろそろ空が赤く染まり始める頃だ。

セルフィエルが小走りにアリーシャに追いつき、横に並んだ。


「あのさ、一昨日のことを怒ってるんなら、悪かったから。アリーシャがあんまり警戒心がないもんだから、つい心配になって」


「それはそれは、実践を交えたわかりやすいご講義、どうもありがとうございました」

 

声に皮肉がこもっている。


「いや、俺もやり過ぎた……とはあんまり思ってないけど、まあでも怖がらせちゃったことは謝るよ。ごめんね」


全く誠意が感じられない謝罪に、アリーシャが思わず声を荒げる、


「怖がってなどいません!……ただ、……その、口で説明して下さればいいでしょう。わざわざあんなことをしなくても……」


口籠るアリーシャに、セルフィエルが淡々と返す。


「うーん……でも、ただ力じゃ敵わないんだから気をつけろって言っても、アリーシャは聞かなかったと思うよ。心の中では自分が負けるわけないって思いながら、笑顔で はいって返事をして終わり。それじゃ何にも変わらないでしょ」


アリーシャは思わずぐっと言葉に詰まった。……悔しいが、その通りだっただろう。

見透かされていることが不本意で、その表情を隠すように彼に背を向け また歩き始めようとするが、小さく聞こえた声に再び狼狽する。


「……だけど、アリーシャも悪いよ。反応があんまり可愛いからつい いじめすぎて、危うく止められなくなるところだった」


「……っ……そういうこと、言わないでください……っ」


赤面して睨みつければ、予想外に真剣な瞳と目が合い、どきりとする。思わずふいと視線をそらし、一つ深呼吸をした。

昨夜は宿屋から布団を1組借りてきて、セルフィエルは床の上で、アリーシャは寝台で眠った。彼は一昨日の夜がなかったかのようにあっさりと寝入ってしまったが、アリーシャは彼が気になってなかなか寝付けなかった。


……どうも一昨日の夜から調子がおかしい、とアリーシャは思う。

彼の顔をまともに見られない。ちょっとしたことで心拍数が上がる。

こんなに自分の感情の制御に苦労するのは初めてだった。

何とか切れ切れに抗議する。


「……セインさまは……慣れていらっしゃるのかもしれませんけど……。……こういうの、やめてください……」


「なんで?」


余裕に満ちた楽しそうな声が、真正面から聞こえる。

……いちいち間近で顔を覗き込むのは、この人の癖なのだろうか。


(……なんか……ずるい……)


アリーシャはだんだんと腹が立ってきた。悔しい。なぜ自分はこんなに動揺しているのだろう。

ここ数年、たいして怒りを覚えることもなく穏やかな日々を過ごしてきたアリーシャは、自分があまり感情の起伏がない人間だと思ってきたし、そんな自分に満足していた。

しかしそれは間違いだったらしい。

メリーベルとターニャは彼が本気でアリーシャのことを好きなのだと言った。だが、少なくとも本気で好意を持っている相手にこんな意地悪はしないと思う。


黙り込んだアリーシャを見下ろしながら、セルフィエルは顔がにやけるのを抑えられなかった。


まず間違いなく、アリーシャは自分を意識している。


今までも嫌われてはいないと自負していたが、決定的だったのは2日前の夜。

ある意味賭けに近い強引な手段だったが、予想以上の成果を挙げることが出来た。

あの夜から、アリーシャの態度が目に見えて変化した。

まったく、機会を作ってくれたアリーシャの友人と酒場の主人には感謝しなければならない。

さらに、セルフィエルは思いがけず気持ちが高揚するのを感じていた。わずかだがこの状況を楽しんでいる自分がいる。

予想外だったが納得はできた。様々な女性の性格や経験を考慮してやり方に変化を加え彼女たちの心を陥落させていく過程には、どんな状況であれ快感を覚える。

とりわけアリーシャは、セルフィエルの嗜虐心を煽るのが上手かった。


「……アリーシャ?…………どうして?」


俯いた彼女の反応に気を良くし、さらに顔を近づける。

しかし、その直後に真っ赤な顔で上目遣いにきっと睨んできたアリーシャを目にした瞬間、セルフィエルの顔から余裕の笑みが消えた。


「……かっ……勘違い、してしまいます……から……」


「…………」


顔を上げた勢いに頼って始まった発言は、だんだんと尻すぼみになる。それに従って、せっかく上げた視線もだんだんと下がっていく。

それをセルフィエルは真顔で見つめた。

いつもの平然とした彼女の顔からは想像もつかない、紅潮した頬、情けなく下がった眉。

心なしか、瞳も自信なさげに潤んでいるように見える。


(…………あれ?)


彼女の動揺が移ったのだろうか。

セルフィエルの心臓の鼓動が、わずかに速まる。


そんなセルフィエルの様子には気付かずに、俯いたアリーシャは一度目を閉じ、深呼吸をした。


彼女の肩から、ふっと力が抜ける。

そして諦めたように一つ溜息を吐くと、ゆっくりと彼を見上げ、照れ臭そうに微笑んだ。



「……勘違いして……本気にしちゃいますから。……だから、あんまりからかわないでください」


「…………っ」


どくん、と心臓が大きく一つ脈打った。

決まりが悪そうに苦笑する彼女の顔から、目が離せない。

黙ったまま静止するセルフィエルとは対照的に、アリーシャは何かがふっ切れた様子で空を振り仰いだ。


「あー、なんか……お腹空きましたね。早く帰りましょう。急がないと、日が暮れてしまいますよ」


セルフィエルを置いて再びざくざくと歩き始める。

その後ろ姿を見ながら、セルフィエルはしばらく動くことができなかった。




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