第19話 幸せになる権利
「それは……」
「あのね、アリーシャ。百歩譲って恋人同士でないとしても、セインさまはどう見てもアリーシャのことが好きよ。そんなの、町中の人間が知ってるわ。アリーシャ、あなたの気持ちはどうなの?毎日毎日一緒にいて、優しくされて、何も感じないの?」
ターニャに冷静に問い詰められ、アリーシャは困惑した表情を隠せなかった。
「……わたしは……」
黙ってしまったアリーシャに、ターニャとメリーベルは顔を見合わせて溜息を吐いた。
「アリーシャ、別にあんたを苛めたいわけじゃないのよ。あたしたちみんな、あんたのことが大好きだもの。でもね、あんなに毎日健気にあんたを手伝って、あからさまに好意を寄せながら報われないセインさまが不憫でしょうがないのよね……」
憐憫の表情を浮かべるターニャに苦笑しながら、メリーベルが言う。
「と、いうのは建前……まあ半分本音だけど。もう半分は、じれったいのよね、要するに。嫌いなら、きっぱりと手伝いを断る。それが親切だと思うわ。でも好きなら、思い切って付き合っちゃってもいいと思うの。彼、お祭りまでって言ってるけど、アリーシャがお願いしたらお祭りが終わっても留まってくれると思うわ。付き合って、もし最終的に結婚ということになったら、彼の国に嫁げばいいことだし。寂しくなるけど、アリーシャの幸せのためだと思ったら、我慢できる」
ターニャが真剣な表情で、メリーベルの言葉を引き継いだ。
「メリーの言う通りよ。アリーシャ……おせっかいかもしれないけど……。あんたにこんなにはっきり好意を示した男性って、今までいなかったじゃない。だから嬉しいのよ。アリーシャが、幸せになれるかもしれない機会が巡ってきて」
メリーベルがアリーシャの両手をぐっと握った。
「アリーシャがニース村と、この町を好きなのは知ってる。わたしたちもアリーシャのことが大好きよ。でもね、一生今みたいな危険な仕事を続けていくわけにはいかないでしょう?やっぱりいつかは好きな人を見つけて、結婚して、子供を産んで育てていくっていうのが、幸せな人生っていうんじゃないかと思うの。……愛する人とずっと一緒にいるって……すごく幸せなことなのよ」
メリーベルの言葉には感情がこもっていた。きっとナイジェルのことを思い浮かべているのだろう。
「セインさまは、アリーシャのことを大事にしてくれると思う。あの頑固な親爺どもの眼鏡にかなったのよ。……アリーシャは……セインさまのこと、どう思ってるの?」
しばらく黙ってから、アリーシャは口を開いた。
「…………セインさまのことは……好きだよ。……正直、ただ人間として好きなのか恋愛として好きなのかわからないけど……一緒にいると楽しいし、いなくなったら……きっと寂しい」
2人が身を乗り出す。
「じゃあ」
「でもね。……でもやっぱり、セインさまと、恋人同士には……なれない」
「何でよ!?」
「うーん……わたしが、セインさまに……ふさわしくないから、かな」
アリーシャは自分の過去を忘れたことなどない。
その罪の重さも。
2人の言葉はとても嬉しかったけれど、それでも自分には幸せになる資格などない。
……絶対に。
メリーベルが泣きそうな表情で言い募る。
「そんなの……そんなことないよ、何でそういう風に思うのか知らないけど、恋愛にふさわしいとかふさわしくないとかないよ。それは、アリーシャが決めることじゃない」
「うん、わたしもそう思うけど……でも、無理なものは、無理なんだよ」
3人の間に沈黙が落ちる。
重くなった雰囲気を誤魔化すように、アリーシャは明るく言った。
「でも、2人の気遣いは本当に、本当に嬉しかったんだよ。ありがとう。わたしも2人のこと、大好き。シェルダンさんも、ジェイさんも、ニース村の村長さんも、みんな大好きだよ。……セインさまには、次に会ったときにもうお手伝いはいいですって言うね。メリーのお祖父さんの酒場も忙しくなってきたし、いい機会……」
「わかったわ、アリーシャ」
アリーシャの言葉は、メリーベルによって唐突に遮られた。
「……メリー?」
「いいの、わたし、もう決めたから」
「……何を?」
「わたしにはアリーシャが何でそこまで意地になるのかわからない。好きなら好きでいいじゃない、何が問題だって言うの?」
「いや、意地っていうか」
「だから、もうアリーシャの意見は聞かない。もしアリーシャがセインさまのこと嫌いなら、わたし反対するつもりだったの。でも好きなら、いいわよね」
「……何の話?」
困惑する2人に向かって、メリーベルはきっぱりと言い放った。
「お祖父ちゃんの酒場の2階の宿屋ね、ミモザ祭の観光客で満室になりそうなの。だから、もしできればセインさまに出てもらって、アリーシャの家に滞在してもらえないかなって言ってたのよ。セインさまはアリーシャに聞いてみないとって難色を示してらしたけど、相思相愛なら問題ないわよね。今から村に帰って、お祖父ちゃんにいいって言ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、メリー!」
鼻息荒く席を立って出口に向かい始めたメリーベルと慌てて彼女を追いかけ始めたターニャの背中を、アリーシャは呆然と見つめた。