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第17話 不器用な気遣い

それからきっかり30分後、セルフィエルは2頭目のシカイノシシを仕留めるのに成功した。つがいらしく、2頭同じ場所にいたのが幸いだった。


(さて……)


獲物を担いでアリーシャと別れた場所に戻る。当然のことながら、彼女の姿はまだそこにはなかった。

数秒考え、アリーシャを手伝いにいくことにする。2頭のシカイノシシを地面に横たえ、鳥や獣が嫌う匂いの薬草をその上に散りばめてから、セルフィエルはケナガ鳥の群集地に向かった。


(…………あ、いた)


森の中から、茂みを抜けたところにある開けた岩場に、アリーシャが立っているのが見えた。何も遮るものがなく明るい彼女の立ち位置と違い、こちらは薄暗い森の中だ。彼女はまだこちらに気づいていないらしかった。普段の穏やかな笑みは消え、真剣な表情で上空を見上げている。

セルフィエルが声をかけようとしたその時、アリーシャが突然右手を大きく振りかぶった。


(ん?)


そのまま勢いをつけ、びゅっと何かを真上の空に放つ。数拍置いて、何かがぼたっと落ちてくるのを、アリーシャが受け止めるのが見えた。


「……!!」


目を凝らすと、それは一羽のケナガ鳥だった。ぐったりはしているが、小さく痙攣しているのが見てとれることから、死んではいないようだ。

その後もアリーシャは、足元の小石を拾い、目にもとまらぬ速さで上空に投げ、そして落ちてくる獲物を受け止めるという動作を淡々と繰り返した。

その的中率、百発百中。一度として空振りはない。

そんな異様な光景に、セルフィエルは呼吸も忘れて見入った。


やがてアリーシャは、弓矢を一度も使わず瞬く間に30羽を落とすのに成功した。おそらく10分もかかっていない。彼女は一度太陽を見上げると、まだ集合まで時間があると判断したのだろう、獲物を籠に入れ、残りのタマゴダケを探しながら徐々にセルフィエルから離れて行った。


セルフィエルはしばし呆然としたのち、ようやく我に返る。


(……何だ今の……え、ということは……)


考えるまでもなく明らかだった。

つまり、セルフィエル同様、アリーシャも実力は見せず、手加減していたということだろう。

笑いがこみあげてくる。純粋に、可笑しかった。

どうやらとんでもない誤解をしていたらしい。


「……っ、ははっ……」


アリーシャが完全に姿を消したのを見届け、堪え切れずに声を漏らす。


遠隔戦では自分の方が上?

大空を予測不可能で飛び回る的を本気で狙ったら、自分が8割、アリーシャが6割?


……とんでもなかった。


アリーシャの的中率は間違いなく10割だろう。弓を使っても小石を使っても、それはおそらく変わらない。それに比べ、セルフィエルは弓を使用して8割、小石だったら、たぶん5割に届かない。

そして何よりも驚くべきなのは、その力加減だった。30羽のケナガ鳥、そのすべてを殺さず、気絶だけさせて落とすなど、人間技ではない。

そういえばアリーシャに、鳥を落とす時には極力殺さず捕らえるだけに、と言われていた。できるだけ鮮度を保つため、生け捕りにしたまま買い手に売り渡すのが理想らしい。

もっとも当のアリーシャが気絶させたり殺したりとむらがあったのでセルフィエルもあまり気にしていなかったが、あれも十中八九、故意にやっていたのだろう。


(このぶんだと、剣の方も認識を改めないとなぁ……)


なぜ隠したのか。アリーシャはセルフィエルの素性を知らない。とすれば、理由は単純かつ明白だ。


おそらく、気を遣ったのだ、セルフィエルに。


想像するに、アリーシャは護身術程度と言いつつ基礎がしっかりとしたセルフィエルを見て思ったのだろう。


自分の身を守るためだけにではなく、かなり真剣に剣術に取り組んでいるようだ。

そんな彼が、女のくせに剣術も弓術も彼より上な自分を見たらどう思うだろう。

きっと、気を悪くするに違いない。

せっかく手伝ってもらっているのに、不愉快な思いをさせるなんて申し訳ない。

もしかしたら、怒って手伝いをやめてしまうかもしれない。


そして、セルフィエルの自惚れでなければ。

彼女は彼がいなくなることが、寂しかったのだ。


それは、なんの計算もないただ純粋な、人間らしい気持ち。

嫌われたくないから、気を遣う。ごく当たり前の機微。


ここ半月毎日一緒にいたせいで、あまり感情を面に出さないアリーシャの心の動きが何となくわかるようになってきた。


思わず苦笑とともに呟く。


「……ばかだなぁ……」


普段町や村の人々と接するのを見ていても思うが、彼女は。


「……他人のこと、気にし過ぎなんだよなぁ……」


その性格は多分、身寄りのない彼女がここで生きていくための処世術。

不思議なことに、全く腹は立たなかった。

それどころか、その不器用な気遣いが微笑ましくすら思えてくる。


「……はは、」


また笑い声が漏れた。そして心の中で、自分自身に両手を挙げた。


(……仕方ない、いいよ、認める)


いい子なのだ、あの娘は。


過去のことはさておき、今だけを見れば。

いや、何があったか知っているから、余計にか。

あんなことがあったにもかかわらず、彼女は暖かく、純粋で、そして要領が悪くて。


(戦闘能力は申し分なく、協調性も悪くない。……まったく)


こんな状況でなかったら、是非とも王室師団に欲しい人材だった。





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