第13話 武器屋のターニャ
薬局に行くと、薬屋の主人のジェイにもシェルダンと全く同じ反応をされた。
「だ……だんな!見ない顔だけど、アリーシャとどういう関係だい!?」
「はじめまして、風土学者のセインです。いえ、彼女の仕事に大変興味がありまして。祭りまで手伝いをすることになったんです」
「……本当に、それだけ?」
薬屋の主人の狐のように細い目がセルフィエルを凝視する。
「……本当に、それだけです」
セルフィエルも真面目な顔をして返す。
「……そうかい。ま、とりあえず信用するが……アリーシャ、何かされたら、すぐに俺たちに言うんだよ」
何かって、何だ。
セルフィエルは思わず心中で突っ込んだ。アリーシャは主人に薬草を渡しながら苦笑する。
「あはは、そんなことあり得ませんから大丈夫ですよ。でも何か困ったら相談に来ますね」
……あり得ないのか。まあ、あり得ないけど。
薬屋の主人はそれでやっと安心したのか、アリーシャから薬草を受け取って代金を手渡す。
「いつでも訪ねてきていいからね。あ、それから今回は何も頼まなくてもよさそうだ。明後日町に来た時に寄ってくれるかい?その時には何か要用かもしれないから」
「もちろんですよ。では、また明後日」
これで、今日の仕事は終わりだ。身軽になった2人は、ときどき大通りに面した店に立ち寄りながら、目的なくドーラムの町を歩き回った。、道すがらアリーシャは頻繁に声をかけられ、その度に同じ説明を繰り返した。
「……すみません、みんな珍しいんです。わたしが若い男性と歩いていることなんて今まで滅多になかったので……」
「いや、むしろ嬉しいよ。俺は別に勘違いされたままでもいいんだけど、それだと君が困るからね。それにしても、アリーシャは人気者なんだなあ」
アリーシャは俯いて、幸せそうに笑った。
「……みんな、本当によくしてくれるんです。……子供の頃にここに来てからずっと。まるで本当の子供みたいに可愛がってくれて……本当に、感謝しています」
(……それは、ここの人たちは君の過去を知らないからだ)
胸に黒い感情が湧き上がりそうになり、咄嗟にセルフィエルは話題を変えた。
「……俺、武器屋に行きたいんだけど、案内してもらってもいいかな?」
「あ、そうでした、武器を見るんでしたね。どうぞ、こちらです」
ちょうど差し掛かった十字路を右に曲がると、アリーシャは他と比べて少し大きめで頑丈な造りの店の前で立ち止まった。
「ここです。……こんにちは、ターニャ、久しぶり」
アリーシャが店に入りながら声をかける。セルフィエルもあとに続いて店内に足を踏み入れた。四方の壁はぐるりと様々な種類の武器に覆われ、真正面の長机には、アリーシャと同じ年頃と思われる少女が座っている。癖っ毛の赤毛を三編みにした少女の大きな緑色の瞳がアリーシャを捉えると、嬉しそうに見開かれた。
「アリーシャ!最近来ないから寂しかったよ!」
「ごめんねターニャ、仕事が忙しくて。今日は、この人に武器を見繕って欲しいんだけど」
少女―――ターニャの視線が初めてセルフィエルに注がれる。興味深げにじろじろと眺めると、にやにやと笑みを浮かべながらアリーシャに聞いた。
「………誰この人。アリーシャの恋人?」
「違うよ。風土学者のセインさま。お祭りまでニース村に滞在して、この辺りの自然や動物の生態を調べるんだって。わたしがミモザ祭前は忙しいって聞いて、手伝ってくれることになったんだ」
今日1日でさすがに慣れ、アリーシャも答えに淀みがない。
「へー、ふーん、そう」
にやにや笑いを一層深くしながら、ターニャはセルフィエルに向き直る。
「はじめまして、セインさま。あたしはここの店主のターニャ。アリーシャはああ言ってるけど、本当にそうなの?」
「うん、その通りだよ、今のところはね」
わざと含みを持たせて答える。アリーシャの困惑したような視線を感じた。
「あはは、そっかそっか、今のところは、か。良かったじゃんアリーシャ、見込みありそうだよー。あんたずっとそういう話とは無縁でさ、メリーと一緒に心配してたんだから。それがやっと」
「ターニャ、違うってば。セインさまも、冗談言わないでください」
「冗談じゃないよー。俺はもっと親しくなれたらって本気で思ってるよ」
「セインさま……」
「はいはーい、ごちそうさまー」
ターニャは嬉しそうに笑うと、店内を見渡した。
「さて、セインさま。どういった用途で武器がいるの?」
「うん、実は昨日アリーシャと一緒に山に入った時に、シカイノシシを相手にして怪我をしてしまってね。今後はそんなことにならないよう、護身用に何か欲しいんだけど」
「なるほどね。確かに山に入るんじゃ丸腰じゃ危ないからね……アリーシャも一通り持ってるし。どんな種類の武器がいい?剣?弓?斧も最近在庫が充実してきたんだけど」
「そうだな……剣がいいかな」
セルフィエルは王室師団長として、剣も弓も国内では五指に入る腕前だ。しかし剣の方が若干弓よりも得意であり、そのため微妙な力加減が可能だった。つまり、少し護身術を習った程度、という演技を、弓よりも容易にできるのである。
「へえ……ま、弓は獲物にあたらなきゃしょうがないし斧は重いからね。結局剣が一番かもね……わかった、予算はどれくらい?」
セルフィエルが希望の額を提示すると、ターニャは店の壁から何本かを見繕ってくる。その中から一番細身のものを選ぶ。
「まいどありー。それは見かけは細いけど丈夫だから、手入れをきちんとすれば長い間使えるよ。それじゃあセインさま、怪我には気をつけて。アリーシャもね。また顔出してね。何も買わなくていいからさ」
「うん、ありがとう、ターニャ。またね」
武器屋をあとにする。アリーシャがセフィエルに微笑みかけた。
「これでもう怪我をする心配はありませんね。迷わず剣を選ばれましたけど、セインさま、剣術の経験がおありなのですか?」
「うん、故郷で少し、護身術程度だけどね。……そうだ、アリーシャ、今度時間のある時に、軽く打ち合ってくれないかな」
アリーシャが現在どのくらいの実力なのかを、見ておきたかった。アリーシャは一瞬答えに詰まったが、笑顔で了承した。
「……ええ、いいですよ。でも怪我が治ってから、ですからね。……セインさま、他に寄りたいところあります?もしないようでしたら、材料を買って帰って、昼食はわたしが何か作りますよ」
「本当?嬉しいなあ」
「何か食べたいものはありますか?」
「そうだな……アリーシャの得意料理は何?」
「得意……と言えるかはわかりませんが、よく作るのは、キノコと木の実のシチューですね」
「じゃあそれで」
「わかりました。……あ、でもその料理だとお肉がないですね。何かいいお肉があったら買っていきましょうか」
市場で買い物を済ませたセルフィエルとアリーシャがニース村に帰りついたのは、正午をだいぶ回った頃だった。