プロローグ
※この小説は横読み推奨です。
少女は一瞬、何が起きたかわからなかった。
両手に重く響く感触。寸分の狂いなく急所を貫いた確信。
そう、この人に教わった通りに。
呆然としたのは一瞬。
自分が何をしたかに気づき、頭が真っ白になる。
体中がガタガタと震え、涙が滲み始める。
それでも、ねじ込んだ刃物を握る手の力を緩めることはしなかった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、男は眼を見開いて自分の横腹に刃を突き立てる少女の顔を見つめていた。
数瞬ののち、苦しげに顔をしかめて目をきつく閉じると、白く染まり始めた土の上にどっと膝をついた。
せわしなく白い息を吐き出しながら呻く。
「……何という………ことを………」
少女の両目からさらに涙があふれ、嗚咽が漏れる。
その通りだ。…本当に、本当に、自分は何ということを。
なぜこんなことになってしまったのだろう。
この人のことを嫌いではなかった。たぶん、好きだった。教えられたことを上手くできたら褒めてくれたし、いろんなところへ連れて行ってくれた。
内緒だけれど、ほんの少し、もし父さまがいたらこんな感じかな、と思ったこともあった。でも。……でも。
「………ごめ……なさい……」
耐えきれずに、俯く。
しかし腕には渾身の力をこめ、限界まで刀身を押し込む。
顔が熱い。噛みしめた唇が破れ、涙が沁みる。
頬をとめどなく伝う雫が地面に落ち、うっすらと積もった雪を溶かしていった。
「……お前……わかっているのか。無事ではすまないぞ……お前も……アーシェも……なんという……ばかなことを……」
「…………ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………でも」
我慢、できませんでした。
その嗚咽混じりの言葉を最後まで聞くことはなく、歴代随一と誉れ高かった王は、静かに瞼を閉じた。
「…っ…ふっ……ぅ…」
静まり返った血の海の中で、少女は一人、泣き続けた。