悲しき良妻賢母
西暦2620年、アンドロイド製造メーカー、N社の社長室でマネージメント部の部長は強く社長に進言していた。
「以前から申し上げていますように我が社も他社と同じように良妻賢母型のアンドロイドを製造すべきです」
「それはダメだ」
「何故です。我が社のアンドロイドは壊れないと評判です。これで売れ筋の良妻賢母型アンドロイドを製造すれば業界トップになる事は間違いありません」
2500年を境にアンドロイドの製造技術は格段と向上した。
人間と同じ思考回路を持ち、きめ細やかなサービスを提供できる製品が次々と発売され、中でも良妻賢母型は一番の人気モデルとなっている。
そして高価な物なので一般家庭には出回っていないが上流家庭ではすっかり必需品となっていた。
「良妻賢母か……」社長のマサルは窓の外に視線をやると母の姿を思い浮かべた。
マサルの父は近所でも有名なほど厳格な人であった。
家の近くには百段階段と呼ばれる階段があったので近所の主婦は皆、ネットスーパーで買い物を済ませていた。
だが父は母にそれを許さなかった。
「ちゃんと目で見て良い食材を選べ、それが妻の仕事だろ」父は冷たく言い放った。
母はジリジリと夏の太陽が照りつける中、重い荷物を持ちながら階段をのぼった。
やがて近所の人々は母を良妻賢母と褒め称えるようになった。
そして凍てつく冬のある日、母は階段から転げ落ちた。
皆、事故だと思っていた。
だが母の帰りを待ち侘びて窓から外を見ていたマサルは知っていた。
母はわざと階段から落ちたのだ。
マサルはそれを誰にも言わなかった。
子供ながらに隠さなければいけないと感じていたからだ。
大怪我をしたが一命を取り留めた母は傷が癒えると退院して帰って来た。
そして何事も無かったかのようにマサルたちとの生活を再開させた。
マサルはそんな母の横顔を不安げにみつめていた。
結局、母は七十五歳で亡くなるまで百段階段をのぼり続けた。
窓の外を見ていたマサルだったが部長に視線を移すと尋ねた。
「君は我が社のアンドロイドが壊れないと評判なのは何故だと思う?」
「それは他より優れた物だからでしょう」
「違うよ」
「え?」
「残念だが特別に優れた製品じゃない」
「じゃあ、何故、評判なのですか?」
「これから言う事は誰にも言ってはいけないよ。多分、良妻賢母型アンドロイドは自分で自分を傷つけている」
「え?」
「だから我が社では作らない。そして他社の良妻賢母型が勝手に壊れてくれれば、我が社のアンドロイドは壊れないと評判が上がるんだ」
「……」
「どうしたんだい?」
「自分で自分を傷つけているなんて、とても信じられません」
「でも確かだよ。身近にいたから僕には分かるんだ。何が良妻賢母だ、あんな情けない事をして。辛くても子供の為に我慢するのが母親のすべき事だろう」
冷たく言い放つマサルの横顔は亡き父に瓜二つであった。




