女神よ くそくらえ
その世界で彼女は悪役令嬢だった。
産みの母にも、その母を愛しぬいた父親にも顧みられず一人ぼっちだった彼女に手を差し伸べた唯一の人間は、後妻として現れ、跡取り息子を産んだ女だった。
優しい言葉で彼女を操り、
我がままで傍若無人、人を人とも思わず、
自分が一番で、要求が通らなければ暴れる。
そんな女になるよう育てられた。
そして、どこに行っても後ろ指を指される彼女に与えられた婚約者は、見目麗しく優しいと評判の男だった。
彼女はそんな婚約者を愛した。その愛を求めた。
求めて、求めて、求めて、彼女は男に好かれようと努力した。
けれど婚約者はほかの女を愛していて、誰もが二人の行く末を見守っていた。
だからこそ皆、男とその想い人を憐れみ、彼女を攻撃した。
手に入らないのだと絶望した彼女に、後妻が耳打ちする。
男の愛する人間を消してしまえばいい。
これを、と、小さな小瓶を渡された。
彼女はそれに従った。
そうして、男に断罪―――殺された。
死んだ彼女は、岐路にあった。
右には光り輝く世界、左は真っ暗な……深淵の世界。
その分かれ道の間に立った女神は、言った。
かわいそうな娘。
お前にもう一度機会を与えよう。
その心根を正し、彼らに贖罪するのだ。
そうすれば、お前にも真実の愛を与えよう。
女神の言葉に、彼女は眉を寄せた。
とても不快そうに。
そして、言った。
「お断りだ」
と。
女神はため息をつく。
まったくお前は死んでも自分のことばかりだ。
他の人間がお前のせいでどんなに苦しめられたか、
お前の卑劣さが、お前が狙ったあの娘も……
彼女は笑った。
心から可笑しそうに、大声を上げて笑った。
あぁ、女神様。
何故、何故、私が悔い改めなければならない?
私があの世界でしたことは、
婚約者の好きな女を害したことは、本当に私が悪いのか?
私が卑劣なのか?
私が彼らに謝る必要が本当にあるのか?
私ばかりにそんなこと言うお前は、やり直すことが本当に私の為だと言うのか?
母の死に嘆かず、
父の無関心に耐え、
後妻の言葉に従い、
婚約者の義務に一喜一憂し、
そこには初めから何もなかったのに。
勝手に裏切られたと絶望して、
何も知らないまま、知ることすらできないまま、罪を犯した。
直接の罪は、そうだ。私のせいだ。
罰を受けるのも分かる。
けれど、そこまでの経緯まで覆すのは違うだろう。
私が私になったのは、
母親が私を残して死んだこと。
父親が私を顧みなかったこと。
後妻が私をこうなるように育てて、
そして、婚約者が優柔不断だったからだ。
婚約を打診されたときに恐れず愛を語ればよかった。
婚約なんてしないと私の、そして自分の父や母に言えばよかった。
私なんか愛していない、愛せないと、私を叩きのめせばよかった。
誰も彼も、私に中途半端な希望を与え、そして奪った。
女神様、貴女もだ。
誰もが受け取れるはずの小さな、ほんの少しの愛さえ、奪った。
変わるための機会さえ与えなかった。
私は知る機会も、それがあることさえ知らなかった。
あの日、誰からも愛され、婚約者から守られ、なんのてらいもなく微笑むあの女を見て、私が何を思ったか、女神様にも分かっているはず。
初めて知った、光あふれる世界。
何もない自分の世界と全く違う、美しい、綺麗な世界は、ずっとずっと見ないふりをしていた自分の中の絶望をも照らし出した。
もう、どうでもよくなった。
自分も、婚約者も、未来も、過去も。
馬鹿な女が、どうやってそんなものを手に入れたのか、誰も聞かなかった。
そうしてただ排除された。
なのに、彼らは一人も罰せられず、私だけに心根を入れ替えろと言う?
私はそんなに性悪だろうか?
後妻の方がずっと性悪だろう。
あの女がいなければ、私は少なくともごく普通に育っていた。
父が顧みなくとも、使用人たちが私を教育しただろう。
傍若無人を良しともしなかったろうし、あの男の婚約者にもならなかった。
女神様が、その御手であの女の毒をほんの少しそぐだけでもよかった。
父に慈悲の心を持たせるだけでもよかった。
貴女は何もしなかったのに、この期に及んで私にばかりそれをしろと言う。
私の心根が真実悪でないのなら、彼らにこそ、私を正しく育てなおさせるべきだろう。
何故、私が私を変えて、彼らを変えなければならないのか。
だから、
「お断りだ」
彼女はそう言い捨てると、女神の制止も聞かず、闇に向かって歩き出した。
その世界は、幾度も繰り返してきた。
虐げられた少女が、時戻りをして世界を救い、幸せになる。
そうすることで、その世界は成り立っていた。
だから女神は、彼女もまた今までに選ばれた少女たちと同じように、自らの行いを反省してやり直すことを望むと思っていた。
生きたいと、幸せになりたいと、そう願うと思っていたのだ。
通り過ぎる彼女に、女神は叫んだ。
戻って来い、と。
女神は彼女の絶望を知っていた。
その闇が、女神の衣を裾から黒く染めていく。
あと一歩。
姿が消える瞬間、彼女は振り返った。
そして、言った。
「くそくらえ」
女神の世界は、滅んだ。
やり直し系のイライラへの個人的発散 ……
アルファさんにも投稿
最後まで読んでくださりありがとうございました。
評価、イイネ、ブクマもありがとうございます。
ヒューマンで4位→2位!!!!!!になってしまいました。
たくさんの感想もありがとうございます。
スミマセン……こんな話で。なんかコワイ……
女神様にもあやまっておきます。スミマセン。
ジャンルあってます?
悪役令嬢になりそこねた少女たちの物語シリーズに入れたけど、
まごうことなき悪役令嬢でしたね。彼女……失敗。
引き続きもしよければひとことください。
よろしくお願いします。




